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第三部 宰相閣下の婚約者

714 楽屋トークかロビー活動か

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 イル義父様からの紹介があったとは言え、基本のマナーとして私が声を出すわけにはいかない。

 まずは〝カーテシー〟で無言の挨拶を披露する。

 するとエリィ義母様と似た雰囲気を持つ壮年男性の方が、私を見て頷いた。

「ダリアン侯爵家領主ユーホルトだ。隣にいるのが弟のレンナルト。我々もエリサベトからの手紙で話を知ったばかりで、正直言うとまだ少し戸惑っている。折を見てまた別に時間を設けさせて貰えると有難い」

「初めまして、レンナルト・ダリアンです。普段は領地で兄の補佐をしていますので、なかなか顔を合わすことも少ないかと思いますが、可愛い姪が出来たことを嬉しく思います」

 線の細そうな、少し神経質そうな容貌のダリアン侯爵に比べると、ウルリック副長か〝鷹の眼〟イザクくらいの年齢に見える弟さんの持つ雰囲気は柔らかく、社交的に思える。

 事務処理能力のほどは知らないまでも、ある意味「二人で領主」とするにはいい組み合わせであるかのように見えた。

「このたびフォルシアン公爵家の養女むすめとなりました、レイナです。義理と申しましても、義父ちち義母ははも既に我が子として良くして下さっています。お二方とも今後の密な交流をお願い出来ればと存じます」

 私がそう挨拶をする傍らでエドヴァルドのこめかみが微かに痙攣ひきつっていたけれど、そこは敢えて見て見ぬふりを通し、イル義父様は咳払いを一つして、それを窘めた。

「レンナルト殿は私の執務室に案内させよう。もう少しすればエリサベトも来るだろうから、この会が終わるまでは姉弟水入らずで話をしながら待っていては貰えまいか」

 どうやらイル義父様は、相手が義弟だからなのか「自分以外の男性とお茶など……!」とはならないらしい。

 私の内心が表情かおに出ていたのか、イル義父様は私の耳元で「何、話がどう転ぼうと後で私がそれ以上にエリィに済む話だからね」などと赤面ものの呟きを落として下さったわけなんだけど。

 より小声だったとは言え、それはエドヴァルドやダリアン侯爵兄弟には筒抜けだったらしく、エドヴァルドは舌打ちしながらそっぽを向き、ダリアン侯爵の弟さんの方は困ったように表情かおを強張らせていた。

 唯一ダリアン侯爵だけが「未だ妹を大事にして下さっているようで、感謝申し上げる」などと生真面目にイル義父様に頭を下げている。

「私は見た目や家格だけで『ダリアン侯爵令嬢エリサベト』を伴侶にと望んだわけではなかったからね。もしも未だに彼女を戻すことに未練があるのなら――」

 見た目に国宝級イケメンアダルト部門ぶっちぎり、物腰も柔らかいイル義父様ではあるけれど、敵認定した人や組織への容赦のなさは、実はエドヴァルドにもそうは劣らない。

 ここでイル義父様の目が笑っていないことに気付かなければ、お茶会以前に何かが終わるような気がしたくらいだったけど、さすがにダリアン侯爵もその不穏な空気は感じ取ったようだった。

「今回、ヤードルード鉱山の件でご迷惑をおかけしたことも考えれば、やはり私は侯爵家をまとめるのには向いていないと思うのですが……だからと言って妹の幸せまで壊すつもりはありません。その辺りも含めて、あとでお時間を頂ければ幸いです」

 ダリアン侯爵の言葉に、弟さんの方が顔を顰めているところを見ると、既に領地にいた段階から、何かしらの言葉の応酬はあったのかも知れない。

「ふうん……?」

 イル義父様がやや不信感を漂わせながら眉根を寄せていたけれど、今はそこまで時間がないこともあって「承知した」と短く頷いていた。

「どのみちエリサベトが話をしたいのはレンナルト殿だけではないようだから、改めて頼まれるまでもない。では後ほど私と執務室までお付き合い願おう」

「「…………」」

 兄弟二人して若干怯えているように思えるのは気のせいだろうか――と思ったものの、ここは空気を読んで何も言わないことにした。

 どうせきっと私も連れて行かれる気がする。

 では護衛騎士に執務室まで案内させよう、とイル義父様は軽く片手を上げ、目礼を残して弟さんの方が場を離れて行くと、あとは決して打ち解けてはいない空気だけがそこに残った。

 もうちょっと弟さんに残っていて貰っても良かったんじゃ……なんて思っても、あとの祭りだ。

「あの……今回私が呼ばれたのは……陛下へのご説明と言うことでしょうか……?」

 さすがに複数の貴族の目が向いている中、具体的なことは言えないと思ったのか、微妙にぼかした言い方をダリアン侯爵はした。

「エリサベトからの手紙で、私に監督不行き届きの面があったと言うことは理解したのですが――」

「――ユーホルト殿、今はその辺りで。こちらを見ている多くの目があることをお忘れなく」

 ただ、それすらもイル義父様はピシャリと遮っていた。

「私とて陛下のご意向を重んじたまで。仔細は茶会の場で明かされるだろうよ」

 ああ、はい。今ここでネタばらしをすれば、どこかの国王陛下の「楽しみ」が中途半端になってしまって、きっと機嫌を損ねる――と言うコトですよね。

 多分五公爵の間で「陛下にある程度やりたいようにやらせる」方向に舵を切ってしまったんだろう。

(いや、ホントにどんなお茶会……?)

 案の定、心当たりがあるのかないのか、こちらの会話に耳を澄ませていた数名の「招待客」が、詳細が分からずに表情かおを歪めている。

 もう私もこの「輪」から抜けてもいいだろうか……と思わず遠い目になっていると、不意にエドヴァルドの真後ろから「お館……ごほん、失礼致します、閣下」と、かけられた声があった。

 エドヴァルドは慣れているのか特段の驚きは見せずに「フィトか」と同じく小声で答えている。

「アルノシュト伯爵をお連れしました。ご挨拶を――とのことなのですが、その前にどこか他に声が届かないところまでご移動願えませんか」

「先にか」

「ええ。確実に、伯爵にお会いになる前にお伝えしておきたい情報です」

 見れば「月神マールの間」の入口付近に佇みながら、こちらの様子を窺っている爬虫類トカゲ顔――もとい、アルノシュト伯爵の姿がある。

「フォルシアン公爵」

 エドヴァルドがチラとイル義父様を見やると、イル義父様は「分かっている」とばかりに頷いていた。

「レイナちゃんには、私が付いているよ。緊急の用があるならそちらを優先するといい」

「…………不本意だが仕方がないな」

「近未来の義父ちちに酷い言い草だな」

 敢えて軽い口調で肩を竦めるイル義父様の真意は察しているだろうに、エドヴァルドは不機嫌な表情のまま「すぐ戻る」とだけ言い置いて、身を翻していた。

 多分〝鷹の眼〟だけの特殊な報告の仕方でもあるんだろう。

 フィトは口元を隠すようにしながら、声は絶対にこちらまで洩れて来ないレベルの声でエドヴァルドと話をし始めた。

「…………何?」


 そしてエドヴァルドの唇は確かにそう動いていて――愕然とした視線が、私へと向けられた。

 それはどうやら、アルノシュト伯爵領でも「何かがあった」と言っているようなものだった。
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