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第三部 宰相閣下の婚約者

705 浮上する従業員問題

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「しかし、こうなるとボードストレーム商会をラヴォリ商会が乗っ取る頃には――」

「――人聞きが悪いですね、イッターシュギルド長。我々はだけですよ。その言い方は誤解を生んでしまう」

 カールフェルド商会長代理の口調と表情が全く一致していない。

 さすが大商会の後継者と言うべきか、リーリャギルド長相手にもまったく怯んでいなかった。

「ま、ラヴォリ商会側の理屈から言えばそうなんだろうね。ただ、外側からどう見えるかって意識は常に持っておいた方がいいんじゃないかねぇ……」

 リーリャギルド長もギルド長で、目を眇めながら面白そうにカールフェルド商会長代理を見ている状態ではあったんだけど。

「……善処しましょう」

 これ以上の反論も無意味と思ったのか、カールフェルド商会長代理もすぐさま引き下がっていた。

 リーリャギルド長は口元の笑みを残したまま「話がそれたね」とこちらを見やった。

「まあ、要は〝痺れ茶〟とジェイの漁場詐欺がそれぞれひと段落すると、恐らく複数の商会が店をたたんで、複数のギルドが人事異動を余儀なくされる。中には責任者であるが故に無罪放免とはいかないところも出てくる。アタシやナザリオの坊やの話だけじゃなくね」

 少なくともシャプル商会の保証人として名義貸しをしたコデルリーエ男爵領の領都商業ギルドは懲罰の対象になるだろうし、今、ブロッカ商会が詐欺目的で商会を興したことを把握していたのか、エモニエ侯爵家と裏で繋がってはいなかったか、エモニエ侯爵領の領都商業ギルドが調べられている途中らしい。

 また、ナルディーニ侯爵家と癒着してはいなかったか、こちらの領都商業ギルドに関しても調査の手が入っているそうだ。

 そして、こちらから調査依頼をかけるまで茶葉の存在に気付いていなかった、あるいは弱みを握られて茶葉を通したと言う点では、フラーヴェク子爵領やカプート子爵領、領都ブラーガのギルドに関しては、懲罰とまではいかないものの、確実に次の異動の対象になるだろうと言う。

「いやはや、各地のギルドで定期異動以外これだけ人を動かさなくちゃならないとは、本当に前代未聞だよ。あとここに、廃業届を出してくるであろう商会の事務処理なんかを考えるとね。もう今から頭が痛いね」

 そう言って肩を竦めるリーリャギルド長に、アズレート副ギルド長も片手で額を覆っている。

 ここまでくると、だからこそ王都商業ギルド上層部は今、動かせないんじゃないのかと思ったものの、私がどうこう言うところではないので、迂闊な同意を示すことは避けておく。

「ああ、それで何が言いたいかと言うと、必要以上に商売上の空白地域を作らないためにも、ユングベリ商会には一刻も早く体制を整えて貰いたいわけさ。今はまだ本店の場所を決めたばかりで、従業員の話だってこれからだって言うのは分かっちゃいるけどね」

「……あぁ……」

 従業員。
 リーリャギルド長の言いたいことを察した私は天井を仰いだ。

 ギーレンの方は、店舗を持つかどうかはさておき、シーグがシーカサーリ王立植物園の中でやりやすいようにやってくれればいいな、と思っている。今のところ、植物園とシーカサーリの街での取引から規模を広げるつもりはないからだ。

 に関しては、チェルハ出版がシーカサーリの街から黙っていても広めてくれるだろう。……多分。

 そのくらいの規模なら、ブラコン兄リックだってエドベリ王子の側近職は下りないまでも、いくらだって妹に手は貸すだろう。

 サレステーデはサラと恋人のラディズ青年がいる。恐らく彼はバリエンダールのロサーナ公爵家を出て、サレステーデのバレス宰相家に婿入りするだろうからだ。
 と言ってもあの二人は国政に携わるつもりはないようだし、まずは二人でコツコツと店舗運営をしてくれれば良い。

 バリエンダールはイユノヴァ・シルバーギャラリーと場所をシェアするとして、北方遊牧民族イラクシ族のトリーフォン君に何とか頑張って貰おうかな、くらいには考えている。

 ひょっとしてコンティオラ公爵家から護衛のウリッセが出て、義妹のラジーラ嬢と義妹の実母の故郷バリエンダールに行くのであれば、勤め先として斡旋するのもアリかと思っているけれど、これはまだ私が勝手にお腹の中で温めている話で、今回の件が決着しないことには話を持ち掛けることも出来ない状態だ。

 考えてみればアンジェスの王都店舗だけが、自分がいるから……と思っていたせいで、まだほとんど話が具体化していなかった。

「急かしているのは分かっているからね。今回に限っては王都商業ギルドとしても最大限の便宜は図るつもりさ。焦らせておかしな従業員を雇われても、後々ウチだって困る。あくまで一時的な『赴任』であって、ランクアップのためのポイントも付けると言えば、まともな職員が名乗りを上げるだろうからね」

 私の表情から現状を察したのか、リーリャギルド長がそう付け加えてくれて、そこにカールフェルド商会長代理も「そうですね」と追随をしてきた。

「ボードストレーム商会の商業圏に関する限りは、我がラヴォリ商会の方から紹介あるいは人手をお貸ししますよ。今回の件が沈静化するまでの一時的なものとでも言っておけば皆頷くでしょうから。もちろん本人が恒久的な雇用を望むようなら、そちらに切り替えさせて頂いても良いですし」

 それ以外の場所はそれこそ越権に過ぎるし、ラヴォリ商会が非難をされるとカールフェルド商会長代理は苦笑いを見せた。

 確かに結局乗っ取りに見えるだろうね、とリーリャギルド長も一緒に笑っている。

「それと今回の件で廃業する商会が出た場合に、裁かれる人間バカは別として、自主的に退こうとする者や巻き添えで辞めざるを得ない者、つまり人としては真っ当な者がもしいたなら、ユングベリ商会として雇ってやって欲しいと言うのもあるね。このご時世、受け皿なんてモンは一朝一夕には湧いて出て来ない。ギルドに所属する商会として、協力をお願いしたいね」

「……なるほど」

 どうやらこの「協力」には、裏の意味はなさそうだ。
 もちろんここでの即答は求めていない、とリーリャギルド長も続けた。

「身元の不確かな者や、うっかりお金で旗色を変えそうな者なんかは当然紹介はしないが、それでも出資者宰相サマのご意向もあるだろうからね。まとめて持ち帰り案件にしてくれて構わないよ」

 分かりました、とここは答える以外になかった。
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