上 下
716 / 819
第三部 宰相閣下の婚約者

703 若旦那の意地(ホンキ)(前)

しおりを挟む
 恐らく、王都商業ギルドがこれからやることとなれば、今回名前の挙がった商会との取引停止を主な顧客に通達して締め出しを図りながらの、最終的には商業許可証の没収だろう。

 ラヴォリ商会を巻き込んでいるからには、最も手っ取り早く顧客に取引先の変更を持ちかけられる相手として選んでいるに違いない。

 国内最大手の商会であり、そこそこの規模の街や村であれば提携商会込みで問題の商会とすぐに交代が可能だろうからだ。

「遅れて申し訳ない」

 不敵に笑ったリーリャギルド長を見ながらそんなことを考えていると、かなり急いだんだろう、わずかに息のあがったカールフェルド・ラヴォリ商会長代理がギルド長室にそう言いながら姿を現した。

「いいや、カプート子爵の話をしながら、ボードストレーム商会の話を後回しにしていたところさ。ある意味ちょうど良かったんじゃないかねぇ?」

 空いたソファの一角を指し示しながら、リーリャギルド長がカールフェルド商会長代理に着席を促している。

「ユングベリ商会長には今更な話になったが、茶が出ないのは勘弁して欲しいね。アタシとアズレートとイフナースが席を外している時点で、通常業務を代行してくれている職員たちに『茶を淹れろ』なんて言えやしないからね」

 それもあるだろうけど、呑気にお茶なんか飲んでいられないと言うのが正直なところでもあるはずだ。

 私も早く〝痺れ茶〟の話を聞きたかったし、前回ここでカルメル商会長の取り調べに立ち会った時だってお茶が出た記憶はないわけだから、言われるまで気付かなかったと言うのが正確なところだ。

 もともと、一階の受付にいたら当然お茶なんて出ないだろうにと思ったけれど、このギルド長室にやって来るとなると、もしかしたら普段は対応が違うのかも知れない。

 あるいはラヴォリ商会に対しては、日頃から別対応だったか。

 当のカールフェルド商会長代理は、一瞬虚をつかれたみたいだったけど、すぐに「気にしておりません」と微笑わらった。

「天下の王都商業ギルド長に対して、訪れる度にお茶など要求しているのは商会長ちちくらいのものでしょう。それも代々のギルド長の器を見るための試金石にしているようなフシもあった。私如き若輩が、そんなことをマネできるはずもない」

 おこがましい――と、軽く肩をすくめている。

 あの海千山千の商会長であればそうかも知れないな、などと私もバリエンダール王都で会った商会長の姿を思い浮かべながら、思わず頷きそうになって、慌てて首を振った。

「どうぞ話を進めて下さい。カプート子爵にまつわる話はもうよろしいのですか?」

 そうだね、とリーリャギルド長の方はそう言っていたけれど、いい機会だから私はカールフェルド商会長代理にも、カプート子爵の印象を聞いてみることにした。

「カール商会長代理も、カプート子爵のことはご存知なんですか?」
「え、ええ」

 不意に横から問いかけられたカールフェルド商会長代理は、戸惑いながらもそこは肯定していた。

「王都からはもっとも離れているところですし、数えるほどしかお会いしたことはありません。ただ、私などが有能だなどと申し上げるのもおこがましくらいのお方ではいらっしゃいますね」

「そうなんですね……」

「それだけ、今回の件はどうしたものかと思っているのですよ」

 カールフェルド商会長代理がそう言ったところで「んんっ」と、リーリャギルド長の軽い咳払いがそれ以上の話を中断させた。

「それで、おまえさんの手にあるソレは、商会長からの返事が来たと言うことなんじゃないのかい?」

 リーリャギルド長の言葉にふと彼の手元を見れば、確かに巻物状に丸められた紙を手にしていた。

「ああ、そうでした。今ちょうど一階したに届いていたのを回収して、道すがら目を通してきたところです」

 そう言いながら、カールフェルド商会長代理はその手紙を胸元まで軽く掲げて見せた。

「多少他の商売上の話もあるので、ここで広げることはご容赦いただきたいのですが……結果としては、商会長からの許可は下りました。今回〝痺れ茶〟とやらに関わった商会の販路、一度全て我が商会でお預かりします」

「!」

 驚いて目を瞠ったのは私だけで、リーリャギルド長、アズレート副ギルド長、イフナースは事前に知っていたのか、それともギルド側からの依頼だったのか、むしろ納得したように三人ともが頷いていた。

「すまないね。ラヴォリ商会が大きくなりすぎると、王宮側に目をつけられちまうかも知れないが、そこはアタシの方からも王に説明しておくよ。それにあくまでも各領地の今後の見通しが立つまでの暫定措置。落ち着いたところで提携商会に業務譲渡するなり、これまで提携のなかった商会と新たな縁を結ぶなり、また相談させて貰うよ」

 今回〝痺れ茶〟の流通に関わった商会は潰す、とリーリャギルド長は言っていたけれど、どうやらただ潰すのではなく、ラヴォリ商会にその販路だけを掬い上げて貰うことで、市場全体の混乱を最小限に留めようと考えているらしかった。

 私がここへ来るまでに、彼らの間でそこまでの話し合いがあり、バリエンダール滞在中のマキシミリアン・ラヴォリ商会長に、ここから手紙で打診があったのだと推察することが出来た。

 カールフェルド商会長代理は「そうですね」と、リーリャギルド長に向かって数度頷いていた。

「ぜひ宜しくお願いします。商会長も、顧客側の混乱と不便を防ぐ為、あくまで一時的に販路を代行運営させて貰うと申しておりました。市場の独占は流通の停滞を生むと言うのが、そもそもの商会長の考えですから」

「そのあたりは、まあこちらもよく知っているさ。頑固親父は健在だね。何よりだよ」

 はははっ、と豪快に笑うのはリーリャギルド長だけで、あとは皆が反応に困っていた。
 まあ大商会の商会長らしく、威厳のある人だったなとは思うけど、私もさすがに頑固親父なのかと聞かれれば、そこまで素直には頷けない。

「恐らくですが……」

 チラリとこちらを見たカールフェルド商会長代理に、つられた皆の視線も動いた。
 何だか居心地の悪さを感じて、思わずふるりと身体をふるわせてしまう。

「商会長はどうやら今度の件で、ボードストレーム商会を完膚なきまでに叩き潰した後で、ユングベリ商会をその後継として育てていきたいと考えているようです。まだ本店の開業もこれからと言うのは承知の上で、人手でもノウハウでも遠慮なく貸し出すと言っています。その点、イッターシュギルド長のお考えも知りたい、と」

「⁉」

「その代わりボードストレーム商会の販路を全て吸収することに関しては、ラヴォリ商会に一任願いたい……とも申しておりました」

「⁉」

 言葉の出ない私をよそに、リーリャギルド長とカールフェルド商会長代理との間に意味ありげな視線が交わされる。

「それは……ラヴォリ商会と言うよりは、おまえさんにと言うことじゃないのかい」
「そうですね、そこはそう受け取っていただいて構いません。今更取り繕えませんので」

 何やらボードストレーム商会に対して積年の恨みがあるかのようなカールフェルド商会長代理の声と態度に、ふむ……と、リーリャギルド長は口元に手をやりながら考える仕種を見せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

意地を張っていたら6年もたってしまいました

Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」 「そうか?」 婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか! 「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」 その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。