聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
693 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

702 姐さんの真骨頂(ホンキ)(後)

しおりを挟む
「まあ、ボードストレーム商会の件はラヴォリ商会の商会長代理が来てからまた改めて話し合うとしよう」

 王都商業ギルドにおけるボードストレーム商会の見方と言うのは、あくまでラヴォリ商会の商売敵的立ち位置と言うことらしい。

 もちろんレイフ殿下直轄領を中心に商売をしていると言うことと、銀が主要取り引き材料であることは把握をしているだろうけれど、さすがにアルノシュト伯爵家と懇意かどうかまでは、認識の外にあるようだ。

 私自身は伯爵夫人の実家縁者がいると聞いたものの、王都商業ギルドからすれば、実際にその人が商会長であったりギルドに出入りしたりするような幹部だったりしなければ、それ以上従業員の一人一人までは把握をしていないのかも知れない。

 私としても、それ以上をここで話して良いことなのかが判断出来かねるので、今はそのままリーリャギルド長が話をするのに任せるしかなかった。

「もう少しタイミングが早ければ、カプート子爵にさえ連絡を入れれば流通の入口で押さえられたんだろうが……ここまで内地に入ってしまうと、寄り親であるナルディーニ侯爵を無視することは出来なくなるからね。領都のギルドに探りを入れるのがせいぜいと言う話になる」

 基本的に子爵と男爵は、領地はあっても侯爵あるいは伯爵の傘下に入っての納税と報告の義務を背負っている。

 侯爵あるいは伯爵家が、その傘下の下位貴族の報告をとりまとめて、常に各所属公爵へと報告している。
 
 アンジェスの高位貴族と下位貴族はそのように分類をされており、カプート子爵領がナルディーニ侯爵領下にあるとなれば、もともと定められた自治の範囲を超えるような振る舞いは、よほどのことがなければ上から潰されてしまうのがオチらしい。

 王都商業ギルドが、元ブラーガ領都商業ギルド長だった現カプート子爵に対しすぐさま連絡を入れなかったのには、その後ろにナルディーニ侯爵家の影が見え隠れしているからに違いなかった。

 もちろん確証さえあれば、基本は王以外に折れる必要のないリーリャギルド長は今すぐにでも動き出すのだろうけど。

「でも、タイミングが早ければ――とまで仰るからには、そのブラーガ領都商業ギルドというのはそれだけアンジェス国内の中でも力があるんですね」

 あるいはそれだけカプート子爵が優秀なのか。

 リーリャギルド長は「まあそうだね」と、どちらとも取れる言い方をした。

「アンジェスには、いずれ王都商業ギルド長を目指す者が一度は赴任をする三大地方商業ギルドがあってね」

 香辛料を扱うクヴィスト公爵領内クリストフェル子爵領の領都商業ギルド。
 海産物を扱うコンティオラ公爵領内カプート子爵領の領都商業ギルド。
 そして羊皮紙をはじめ羊毛製品を扱うスヴェンテ公爵領内ミクラーシュ子爵領の領都商業ギルド。

 この三つの商業ギルドは国内でも別格と見做されているらしい。

 何故ならクリストフェル子爵領はソヴェスラフ侯爵家を寄り親とし、カプート子爵領はナルディーニ侯爵家を寄り親とし、ミクラーシュ子爵領はヘルマン侯爵家を寄り親としている――すなわち下手なギルドより後ろ楯が大きく、扱う額もそれだけ大きいのだ。

 各侯爵の直接運営では権力が集中しすぎることに繋がりかねないからと、トーレン・アンジェス先代宰相の代に、侯爵家の次男あるいは三男を独立させて子爵家を立ち上げたのが、そもそものきっかけなんだそうだ。

 今の代になっても、寄り親たる侯爵家から非後継者がそこに婿入りをすることも珍しくはないらしい。

 実際一大羊産業を抱えるヘルマン侯爵家は、領内でもっとも多くの養羊場を抱えるミクラーシュ子爵領への婿入りの話も以前からあるらしく、一時期フェリクス・ヘルマンの名が挙がったこともあるのだと、私は後からエドヴァルドに聞いたくらいだ。

 そしてコニー・クリストフェル子爵令嬢が当時、いくらギーレンの国王に見初められたとは言え、大国の愛妾ではなく側室夫人たりえたのも、クリストフェル子爵家自体が元を辿ればソヴェスラフ侯爵家の血を持っていて、高位貴族として最低限の教育は為されていると見做されていたからだ。

 もちろんエヴェリーナ妃のや本人の努力によるところも大きかっただろうけど。

 閑話休題それはさておき
 今問題なのは、カプート子爵と領都ブラーガの商業ギルド、そしてナルディーニ侯爵家との関係であり、話だ。

「カプート子爵はシロだ。これは間違いない。問題は、領都商業ギルドとナルディーニ侯爵家が裏で手を組んで子爵を欺いてやしないか、ということを確認しないといけないね」

 そんな風に言葉を紡ぐリーリャギルド長に、私はちょっとだけ驚いた。

「リーリャギルド長は元領都商業ギルド長だったカプート子爵の方を、今のギルド長よりも信用されていらっしゃるんですね?」

「まあねぇ……そこまで器が小さいとは思いたかないが、今のギルド長は、同じギルド長だったはずが子爵家の婿に取り立てられたカプート子爵をちょっと妬んでいたフシがあったからねぇ……」

「お金なり地位なりに目が眩む可能性はゼロじゃない、と」

 返事の代わりにリーリャギルド長は軽く肩を竦めていた。

「今のカプート子爵とは、別の土地で一緒に仕事をしたこともあるしね。確かアズレートもそうさ。あのお人の有能さはアタシらもよく知っていてね」

「何かしら弱みでも握られて、今回のことに手を貸した可能性もゼロではないだろうが、あの人は多分そんなことをするくらいなら潔く身を引く人だ」

 隣でアズレート副ギルド長も頷いているからには、そのカプート子爵と言うのはかなり有能な人格者だと言うことなんだろう。

 婿入りの話がなければ、カプート子爵領のギルド長からいずれは王都に出てきたかも知れない人、ということにもなる。

「で、ユングベリ商会長。コイツはちょっと相談――と言うか、宰相閣下に持ちかけて貰いたい話になるんだけどね」

 トントン、と机に広げられた地図の上を指で叩きながら、リーリャギルド長がじっとこちらを覗き込んで来た。

「王都商業ギルドとして、この地図に書かれた流通路は責任を持って全て潰させて貰う。その過程で、カプート子爵やフラーヴェク子爵なんかの、ギルドと関わりのある爵位持ちおきぞくさまを何人か巻き込ませて貰いたい。目は瞑っておいて欲しい、とね」

「それは……」

「何をするのかは、ここでは伏せさせて貰うよ。知りたければ自らの足で聞きに来て貰いたいモンだね。まあ……結果として、一部の子爵男爵含め領主交代が必要になるかも知れんが、それも自業自得だろうし、そのあたり覚悟しておいてくれ、とね」


 商人には商人の戦い方があるのさ、とリーリャギルド長は不敵に微笑んだ。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。