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第三部 宰相閣下の婚約者

696 お茶会にまつわるエトセトラ

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 成形したクッキーとフィナンシェの生地を厨房に持って行って貰ったところで、今度は入れ違いにボウルが運び込まれた。

「レイナ、これは?」

「ああ、うん。前日煮沸しておいて貰った水を使って、花びらをそこに入れて火にかけて貰ってたの。沸騰したら30分ほど弱火で煮沸してね、ってお願いしておいたから、それが済んで粗熱も取れたってことかな」

 左様でございます、とセルヴァンが頷いている。

「ここにいても香りが溢れているわね」

 エリィ義母様がそう言いながら、ある程度しなった花びらを覗き込んでいる。

 私はエリィ義母様ではなくシーグに、やや細長く平べったい棒を「はい」と渡した。

「使うのは水だけだから、花びらは取り覗いてね? その後はろ過して細かいゴミも取り除きましょう」

 そう言った私は、木製の小さな茶こしを手にとった。

「……え、その『でんでん太鼓』から紐と玉を外したみたいなの、それ濾し器なの?」

 私の手元に視線を向けたシャルリーヌが、驚いた様に目を瞠っている。
 でんでん太鼓もどき――言い得て妙かも知れない。

 ただ、どう考えても日本独自であろう「でんでん太鼓」に、そもそも単語を聞き取りそびれたとばかりにエリィ義母様とシーグがポカンとしている。

 私の国の子供向けの玩具おもちゃの名前です、と一応断りを入れながらも、私は先にこの木製茶濾し器の出所をシャルリーヌに説明した。

「木製の子供向けの玩具を作っている領地で作られているらしいわよ? 厨房の料理人の故郷で作られてるとかで、個人で使ってたヤツをちょっと借りたの。ティーポットに最初から濾し器代わりの穴を開けている方が一般的だけど、磁器を買えない、あるいは割ってしまった時の一時しのぎとして、これはこれで需要ありそうよね」

 今のところは王都で取引をされるまでには至っておらず、イデオン家と同様に使用人たちの間でひっそりと使われているケースが多いらしい。

「面白ーい……」

 本当なら花びらだって、菜箸でもあれば取り出しやすい――と思うのは、恐らく私とシャルリーヌだけだろうから、ちょっと平べったい木の板で掬い上げて貰う手段を採ったのだ。

「で、花びらを全部取り出したら、この簡易型の漉し器で漉して、こっちも煮沸消毒済みのガラス容器に入れる……と。紅茶は飲んだらおしまいだけど、こっちは寝具を香らせたり、頭髪洗浄の出来ない時に、髪を綺麗にする効果もあったりするから、紅茶よりは長く香りを留めておけるんじゃないかな」

 シャンプーにすると言うよりは、目の粗い布をこのローズウォーターに浸して、それを櫛に刺した状態で髪をとくと言うスタイルだ。布に汚れが付着するため、綺麗になった上に髪に香りも付着すると言うわけだ。

 これにはシャルリーヌどころかエリィ義母様も、ちょっと喰いついていた。
 わたくしも「ロゼーシャ」の水を作ろうかしら……などと言っているのが聞こえた気がする。

 本当は化粧水もあったはずだけど、さすがに化粧水は学校の文化祭では作らないし、そこまでは作り方も知らない。

 誰かがリネンウォーターから発展させるのなら、それはそれで良いし、自分からは手を広げなくても良い気がしていた。

 いや、いずれシーカサーリ王立植物園でシーグに研究して貰うのもアリかと、そこは現段階ではアイデア止まりにしておこうと内心で思っていた。

「どう、イオタ? ひと通り作ってみたけど、分からないところとかあった?」

「いえ。多分大丈夫です」

「まあでも、この香り付きの水リネンウォーターも持続は二週間くらいだって聞いたことあるし、もちろんお菓子類の賞味期限はもっと短いわけだから、旬の時期以外はなるべく乾燥させた花びらの状態で保存しておくのが良いんじゃないかな」

「あ……なるほど、そうですね」

 リネンウォーターを瓶詰めしている間に、クッキーとフィナンシェが焼き上がったらしく、それぞれが食堂に運び込まれてきた。

 ローズティーにローズクッキーにローズフィナンシェ。
 結果的に「ローズなお茶会」となって、最後締めくくられようとしていた。

 これはこれで、ユングベリ商会が本格開業した後、待ち時間なんかに店舗で楽しんで貰っても良さそうに思うのだけれど、その辺りはエリィ義母様が「これらもレイナちゃんのお茶会の名物にすればどう?」と提案をしてくれたため、三国会談が片付いたところでエドヴァルドとイル義父様に相談をしてみようと、ここは預かり案件になった。

 その後せっかくだから……とのエリィ義母様の一言で、出来上がったモノはシーグだけでなくヨンナたちにもその場で振る舞われることになり、皆がワイワイと感想を言い合うなか、シャルリーヌがこっそり私の傍へと近付いてきた。

『……ちょっと日本語で聞くんだけど』
『うん』
『近々、に招待されてない?』
『――っ』

 日本語にせよ、ド直球ストレートな質問をいきなりぶつけられた私は、その場で思わずクッキーを喉に詰まらせそうになってしまった。

 皆の大丈夫か? と言う視線を、お茶を流し込んで慌てて躱しながら、私もシャルリーヌの方へと、より近づく。

『シャーリーは、誰からそれを?』
『…………陛下』

 もの凄く言いにくそうになったところをツッコんで聞いてみれば、少し前に「近々多くの国内貴族や国外の賓客を王宮に招く予定がある」と聞かされて〝転移扉〟の稼働確認と魔力の補充を頼まれて、王宮に赴いたと言うのだ。

『招待状は改めて送ると言われているんだけど、レイナも呼ぶから安心して良い、みたいなことを仄めかされたものだから、一応聞いておこうかと』

『うわぁ……』

 そもそも、国王名での招待と言う時点で拒否権など存在しない。
 シャルリーヌとしても、自身の精神安定上の問題として聞いておきたかったに違いなかった。

 とは言え私も条件反射的に顔をしかめてしまい、シャルリーヌの表情筋も不安げに痙攣ひきつらざるを得なかった。

『やっぱり何かあるのよね⁉ おかしいと思ったのよ! 正妃どころか婚約者もいない陛下主催の、夜会でも晩餐会でもない「お茶会」って! 具体的な何か聞いてるのね⁉』

『違う、違う! 私もそこまで具体的には聞いてないから! ただ政略的な目論見が何かしらあるみたいで、単に陛下がそこに観客ギャラリーを欲しているだけなのよ!』

『……それって「だけ」で済ませられる話なの……?』

 全くもってその通りだけれど、私ごときが何を言えようはずもない。
 そして〝痺れ茶〟茶会などと、この場で言えるはずもなかった。

『もう、そのお茶会にまつわるエトセトラは当日日本語で愚痴らせてよ……』
『当日、って言うことはやっぱりレイナも参加なのね?』
『…………』

 察してくれ、と無言になることしか私には出来なかったけど、勘のいいシャルリーヌにはそれで十分だった。

 黙り込んだシャルリーヌに代わって、いったい何語で何を話しているのか気になりだしたらしいエリィ義母様の意識が、どうやらこちらに向いた。 

 なので私としてはそれ以上を話しづらくなったのも、無言になった理由としては大きかった。

「それはひょっとして、レイナちゃんの故郷の言葉?」
「えー…あー……はい。シャルリーヌ嬢も話せるので、時々」
「まあ!」

 シャルリーヌが知っている、と言うところに主にエリィ義母様は驚いていたものの、意外なことに「教えて欲しい」とは言われなかった。

「ふふ。確かに知りたくないと言ってしまったら嘘になるけれど、気兼ねなく話せる環境も相手も必要でしょうから、わたくしは聞かないでおくわね?」

「エリィ義母様……」

 わたくしの悪口でないと良いのだけれど、と片目を閉じるエリィ義母様がとても輝いて見えました。はい。














◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【年末年始休載について】

いつも読んで頂いてありがとうございますm(_ _)m

話数が多くなってきている弊害なのかも知れませんが、一部登場人物の行動や性格について厳しいご指摘を頂いております。(その部分は申し訳ありませんが非公開とさせて下さい)

あまり完璧に何もかもこなしてしまうよりはと思ったのですが、ご指摘そのものはひとえに筆者の表現力、実力の不足もあろうかと思います。


とは言え正直なところ、少し折れてしまったところもあり……この年末年始をいい機会と思って、明日から少し連載をお休みさせて頂きたく思います(._.)


12/28は連載開始から丸二年の記念となりますので、1本閑話を入れたいと思いますが、通常連載の部分は1/4~5あたりまでお休みさせて下さいm(_ _)m

なるべくそれまでに浮上出来るよう自分でも再度読み直しながら、もしかしたら小さな修正はかけるかも知れませんが、エタるつもりはもちろんありません。

ただただ、少しだけお時間下さい。

どうか引き続き宜しくお願いしますm(_ _)m
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