聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

686 そんな先触れ予告はいりません

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「あー……多分、明日の朝にでも王宮からレイナちゃんに招待状が届くはずなんだ」

 食事が運ばれてきている中、とてもバツが悪そうにイル義父様が口を開いた。
 エドヴァルドとの様子を見ていると、どうやらこちらが言いたくなかったみたいで、イル義父様が口を開いている、と言った感じだった。

「招待状、ですか?」

「まあ、ユングベリ商会の商会長と言うだけなら高等法院関係者に事情を聞かれるくらいで済んだと思うんだが、加えて今やエドヴァルドの婚約者と言う立場にもなったからね」

「あ……」

「ああ、聞いたかな? 高等法院で正式に婚約が認められた、と。まずは、おめでとう。三国会談が終わって落ち着いたら、皆でゆっくり食事にでも行こうか」

「はい。えっと……オノレ子爵がコンティオラ公爵邸にいらしたので、そこで。その……ありがとうございます」

 チラッとエドヴァルドを見れば、このうえなく満足げな笑みを返されてしまった。

「今更どこぞの馬鹿王子にする牽制もないが、国内貴族どもへのいい牽制にはなるだろう」

 誰に何を牽制するのかと思ったら、私のそんな表情を読んだのかイル義父様が「牽制は双方に対して意味があるだろうね」と視線の先で微笑わらっていた。

「公爵夫人と名の付いた椅子はこれで全て埋まってしまった。愛はなくとも椅子だけでも……と思う貴族はいたようだから、もうしばらく側室狙いはうるさいかも知れないがそれは別にエドヴァルドだけに限った話ではないからね」

 イル義父様もですか? と、聞こうと思った私は、なぜかそこから先声が出てこなかった。

 ふふ、と笑うエリィ義母様と目が合ってしまったからだろうか。

「レイナちゃんには、の追い払い方も教えていきましょうね」
「…………ハイ」

 エリィ義母様、ちょっとコワイデス。

「ま、まあ、それにレイナちゃん自身にもね。直接言われたことはないかも知れないけど、声をかけたがっている官吏はちょこちょこいたんだよ」

「えっ⁉」

「王宮内で目撃されるようになってくれば、聞こえて来る会話や晩餐会に出席した者たちからの又聞きで、ある程度の為人ひととなりは分かってくるからね。後を継ぐ必要のない貴族家の次男三男の官吏なんかは、変に貴族同士のしがらみのないレイナちゃんとなら、気を遣わず楽しく過ごせるんじゃ? なんて思っていたヤツらもいた――うわっ⁉」

 その瞬間、イル義父様の目の前にあったカップに突如ひびが入って、テーブルの上で二つに割れた。

 幸いなことに中身はこぼれてはいなかった。
 何故なら凍り付いて固形物になってそこに転がっていたので。

「エドヴァルド……」
「あとでまとめて名前を寄越せ」
「今更聞いてどうするんだ。もういいだろう。婚約したんだから」
「釘をさしておく」
「やめろ、シャレにならん。だったら次の茶会で着飾らせれば充分だろう」

 次の茶会、と言ったところでエドヴァルドの眉間に盛大に皺が寄った。

 その表情でかえって私は、イル義父様の言う「招待状」が、お茶会への招待状であることを悟らされた。

「王宮で昼食会、晩餐会……とかなら分かるんですが、お茶会なんですか?」

 お茶会と言うと、貴族女性が主催と言うイメージがある。
 今、王宮でそれが出来るのはレイフ殿下の正妃であるビルギッタ夫人かテオドル大公の正妃ユリア夫人くらいのはずだ。

 どちらにしても、それをイル義父様が告げるのは違和感がある。

 そう思っていると、イル義父様が困った様に微笑わらっていた。

「主催は陛下だよ。近頃茶葉をバリエンダールから入手されたそうでね。貴族の者どもに振る舞いたいらしい」

「――――」

「……多分、レイナちゃんとボードリエ伯爵令嬢は見ている『だけ』でいい筈だけどね」

 うっかり表情が抜け落ちてしまった私に、イル義父様が慌ててフォローをしてくれている。

 シャルリーヌもなのか、と思って聞いてみると、どうやらこちらとはその理由が異なっているらしかった。

「ああ。彼女の場合は、茶会の客を王宮に招くのと、その後の三国会談とで〝転移扉〟の魔力がかなり減るだろうから、その補充にどうしてもね。そんな用事で来て貰うのだから、モノを振る舞えるはずもないだろう?」

 変わった茶葉。
 おかしなモノ。

 どう考えても〝痺れ茶〟をメインにして茶会を開く気だ。今回の当事者たちを呼んで。

「陛下……」

 そもそも、どこから〝痺れ茶〟を調達するつもりなのか。
 ブロッカ商会は今回は投資詐欺の話で王都まで来ていたはずで、すぐに手に入る距離にはないはずなのに。

「あの……ちなみに、その茶葉はどこから……」

「ああ、まさかユングベリ商会に入手を命じられるとか心配しているかな? うん、一応それは大丈夫だよ」

 ちょっと表情かお痙攣ひきつらせた私を見たからか、イル義父様が苦笑いぎみに言った。

「各招待客の家に招待状を届けに行く際に、裏からこっそり押収してくるようにそれぞれの使者が命じられているから」

「え」

 それはそれで、結構な無茶ぶりだ。
 普通の者が使者に立てないと言うことになる。

「まあ、大きな声では言えないがレイフ殿下のところにも少しあったようでね。ただ、それを派閥貴族からの『献上品』扱いにして、中身まだ見ていなかったと言うていにする代わりに、あれこれ殿下に動いて貰うことになってね」

 そのなかのひとつが、元特殊部隊員に使者を命じること――だったらしい。

 なるほど、行くかどうかはさておいて、レヴやキーロなら確かに、使者の「ついで」にしれっと隠匿されているであろう茶葉を抜き取ってくるくらいのことはするだろう。

 王都警備隊、王宮護衛騎士の中にもそれなりの人数が「再就職」をしているらしく、臨時での使用を陛下の名前で認めると言うことらしかった。

 それはそれとして、やはりレイフ殿下のところにも既に茶葉が納められていたと言うのが、ちょっとぞっとする話ではあった。

 殿下のクーデターが起きなかったのは、ひとえにタイミングの違いでしかなかったんだと気付かされた気がした。

「殿下も殿下で、今回のことではなく、その後のほぼ恒久的なサレステーデ行きに関して、これで何も言えなくなった。誰を付いて行かせるかは、茶会を見て判断することになるだろうな」

 ほぼ恒久的、をエドヴァルドが強調しているからには、事実上の国外追放と言うことではあるんだろう。

 処刑しないだけマシ、むしろ甘い――くらいなことは言いたそうに見えるけど。

「万一はないと思うが、使者がすぐに〝茶葉〟を見つけられなかった時のために、ミラン王太子に連絡を取って、あちらの押収分を少し融通してもらうことになった。無論、タダではない。先代エモニエ侯爵の後妻夫人の情報と引き換えに、だ」

「!」

「今なら三国会談の打ち合わせと言うことがあるから、色々な書面の中に依頼文書が紛れていたとて、不審に思う者はいないからな。どうやらまだメダルド国王には知らせず、先代エモニエ侯爵の後妻夫人のことをどうするかについては、三国会談までに返事をすると、今は保留になっている」

 自分の「大掃除」に役に立つところがあるかどうか、考えたいのかも知れない。

 出された魚にナイフを入れながら、そうエドヴァルドは言った。

 食事中の話題じゃない――なんてことは、もちろん誰も言わなかった。
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685 忘れじの膝枕 とも連動! 
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