聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

683 商人は商人同士で?

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「それじゃあ、レイナちゃん。一度フォルシアン公爵邸に戻りましょうか?」

 エリィ義母様は、まだここに来てそれほどの時間は経過していなかったけど、あとは王宮側に話を預けるくらいしか出来ることはない。

 そうですね、と頷いた私はベルセリウス将軍たちとイフナース、それぞれに御礼を言って頭を下げた。

「いやいや! 我々はいい運動になったし、これまで接点のなかった他の公爵邸の護衛らとも顔見知りになれた。総じて損はしておらぬゆえ、気にせんでくれ!」

 呵々かかと笑うベルセリウス将軍の隣で、ウルリック副長は軽く片手だけを上げた。

 イフナースはと言えば、若干「消化不良」と言った表情を見せている気がした。

「王都商業ギルドとしては、ギルド所属の当該商会の手元にはまだ資金は一切戻っていませんし、くだんの〝痺れ茶〟の流通ルートを探るのも現在進行形。今日の収穫は、とりあえず投資詐欺はこれ以上広まらないと言うことがハッキリした――くらいですからね。まだまだ諸手を挙げては喜べない」

 王都とセルマの街にいたブロッカ商会関係者は全て捕らえた。
 シャプル商会はもともと名前のみの商会で、場合によってはブロッカ商会の従業員が二役を担っていたようなので、関係者は全員捕らえられたとみて良いだろう。

 恐らくあとはナルディーニ侯爵家内にカロッジェ・ナルディーニ侯爵令息あるいはコジモ・ナルディーニ侯爵の意を受けて動いている者のみが残っているはずで、そちらは王宮サイドからの召喚時に、刑務部署の官吏らによって捕縛されるだろう。

 投資詐欺はこれ以上は広まらない。
 イフナースの判断は、間違ってはいまい。

「ユングベリ商会長。明日にでもギルドにお越し下さいますか。そうですね……午後であればある程度〝痺れ茶〟の情報が入ってきている筈ですよ」

「えっ、いいんですか⁉」

 私にその情報を渡すと言うことは、そのままエドヴァルドやイル義父様にも情報が渡ることにもなる。

 黙っていろと言われても、立場的に出来ないことはイフナースも分かっているはずなのだ。

 言外にその意味をこめて聞き返した私に、イフナースは「ええ」と短く答えた。

「黙っていても今日のような高等法院あるいは王宮刑務の担当者がきっと情報を求めてギルドに押しかけてくる。職員にしろギルドを訪れる者にしろ、まだ今回の事は公にはなっていないのですから、そうなれば商業ギルドとしての不正を疑われるかも知れないでしょう。いくら事実無根でも、噂などと言うものは、一度たてば静まるまでが面倒。であれば、先に貴女を通して王宮側に情報を渡す方がリスクが少ない。ギルド長や副ギルド長も納得するはずですよ」

 なるほど、ギルドに所属をする商会、商人が犯罪行為に手を染めることはままあれど、ギルド職員が法を犯したとなると話は別。場合によっては王都商業ギルドとしての権威が失墜しかねない。

 今回は無実であるからこそ、そんな疑いはかけられたくないと言ったところか。
 王以外に膝をつかないギルドとしては、そこは譲れないのかも知れない。

「それに今回のことでギルドもラヴォリ商会関係者もユングベリ商会にはかなりの借りが出来ていますから、ギルド長も話をしたがっています。そう言った意味でも、明日はぜひいらして下さい」

 こちらとしては、ユングベリ商会を憂いなくオープンさせるために動いているだけで、借りと言われても……と言うところはあるのだけれど、あまり遠慮をしすぎて、本店開業に差し障りが出るのも困る。

「では、商人同士そこは交渉で」

 商人? 商人で良いのか? などとファルコが呟いているのは無視スルーしつつ、にこやかにイフナースに笑いかけると、一瞬面喰らった表情を向こうも見せたものの、さすがは百戦錬磨のギルド職員、すぐさま不敵な笑みへと変貌を遂げた。

「伝えておきましょう」

 そう言ってイフナースは身を翻し、将軍たちも「南の館」に戻ると、コンティオラ公爵邸を後にして行った。

「――本当に」

 じゃあ馬車を……となったそこへ、ヒース君が私とエリィ義母様に向かって、深々と頭を下げた。

「フォルシアン公爵家の皆さま方には今回の件でご迷惑をおかけしてしまいました。この先、もしかしたら私ではないかも知れませんが、コンティオラ公爵家として、フォルシアン公爵家のお力になれるようなことがありましたら、どうかお声がけ下さいますよう――」

 自分ではないかも知れない。

 当主交代だけではなく、次期としての自分も無事とは限らないことを言外に匂わせつつ頭を下げるヒース君に、残る皆がやるせない表情を浮かべていた。

 現時点では誰もそれを否定して慰められないのだ。

 ソファの方ではヒルダ夫人も、両手を前で合わせる形で、息子同様に頭を下げていた。

 ここは私ではない気がする、とエリィ義母様に視線を向ければ、了解したとばかりに頷いたエリィ義母様が、二人へと向き直っていた。

「まだ何も解決しておりません。お詫びにしろ御礼にしろ、それは全てめどが立ってから改めて伺いたく思いますわ」

「フォルシアン公爵夫人……」

わたくしからは、今は王宮の夫やイデオン公、コンティオラ公に余すことなく全てお伝えになって、下手な保身はお考えにならず、判断を仰がれることをお勧めしておきますわ。監視がつくと言えど、皆さまがひとつ屋根の下で過ごされれば、どうしてもあらぬ疑いを持つ者は出るでしょうから」

 あらぬ疑い=証拠隠滅、保身のための口裏合わせ。

 オブラートに包んだその言葉の意味を、ヒース君もヒルダ夫人も正しく受け止めていた。

「姉と母との部屋の相互の出入りは禁じて、使用人にもそれは徹底させるつもりです。私も王宮側の判断に目処めどが付くまでは、学院の休学を検討しています。まだ父や理事長の許可は得ておりませんが……」

「そうですわね……日数の判断は仰がれた方が良いでしょうが、休学に関してはわたくしもそうされた方が良いと思いますわ」

 コンティオラ公爵は恐らく三国会談が終わるまでは公務にかかりきりになる可能性が高く、その間の家政に関しては現状家令や夫人では心許ないあるいは人選に問題があると言うべきで、公爵家内部の重しとして、ヒース君がいた方がいいとエリィ義母様も思ったんだろう。

 緊急あるいは予定外の事態が起きた場合にはフォルシアン公爵邸に連絡を――と言うことにして、私とエリィ義母様も(もちろん〝鷹の眼〟と〝青い鷲〟も含めて)フォルシアン公爵邸に戻ることになった。
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685 忘れじの膝枕 とも連動! 
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