聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

682 淑女の兄たち

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 事件への関係度合いから言って、ティスト君が学園見学に行くことは問題ないだろうと言うことになった。

 現段階ではナルディーニ侯爵一族から罪人が出るとは言え、今はまだ公に出来る状況にはない。

 となれば、当初の予定通りに動いて貰わないと、どこから怪しまれるか分からないと危惧されたのだ。

 成人前の貴族令息の集まりとは言え、目ざとい者、頭の切れる者はいつの代、学年にもおり、誰一人不審に思わない保証はないとオノレ子爵は言い、お義兄様ユセフも賛同するかの様に頷いていた。

「では、キヴェカス法律事務所に立ち寄ってアストリッド――いえ、カッレ侯爵令息に話をして、学園に行って貰います。終わり次第またこの公爵邸に戻って貰う形で宜しいですか、閣下」

「うむ。ただカッレ侯爵令息には、少年が今回の件で何かしらうっかり口にすることのないよう、なるべく学園のことのみに会話を終始させるよう伝えてくれるか。上手く誘導するように、と」

 さすがに11歳12歳となれば空気を読みそうな気もするけれど、念を押しておくにこしたことはないと言ったところか。

 オノレ子爵の言葉に、お義兄様ユセフも「分かりました」とシンプルに答えていた。

「お義兄様、私はボードリエ伯爵令嬢に宛てて手紙を書きます。元々、彼女と話をしていたこともありますので……『一度お時間を頂きたいのですが詳しくは令嬢にお聞き下さい』とだけ、理事長への言伝ことづてをお願いしても?」

「あ、ああ。承知した。その程度ならカッレ侯爵令息も伝えられるだろう」

「お義兄様は行かれないのですか?」

「私がカッレ侯爵家とナルディーニ侯爵家の関係者を連れて学園に行くなどと、不自然の極みだろう。学園同期のカッレ侯爵令息だけだからこそ、コンティオラ公爵令息の体調不良で代理を頼まれたとでもなんでも、言い訳が立つのだからな」

 そして、そのお義兄様ユセフは学園見学が終わるまで、キヴェカス法律事務所に留まるつもりらしい。

 ヤンネが既に裁判準備に入っている以上、助手必須と思ったに違いない。

 どうやら睡眠時間の減少を買って出てくれたようだ。

 ありがとう、お義兄様。
 そのまま吹雪の楯も宜しくお願いします。

 心の中でそう呟いていると、そのやり取りとお互いの表情を見ていたエリィ義母様が「あら」と、ちょっと意外そうな顔を見せていた。

 言いたいことの想像はついたけど、ここは私もお義兄様ユセフも何も言わない。

 私は私で、お義兄様ユセフお義兄様ユセフで、今はそれどころじゃないと空気を読んだ形になっていた。

「……ではそろそろ、関係者は高等法院こちらで引き取らせて貰って宜しいか? 王宮の牢と分散して収監することにはなるが」

 オノレ子爵がそう言って、会話の切り上げにかかってきたからだ。

 これにはイフナースが「カルメル商会長もですか?」と、やや眉をひそめている。

「さすがに誘拐の実行犯や詐欺の主犯と同じ扱いをするつもりはないがね。監視付の宿での軟禁くらいは受け入れて貰いたいところだ」

「……まあ、それであれば」

 さすがに「おかみのご意向完全無視」はマズいと、彼も思ったのかも知れない。

 監視付きとは言え宿であれば、ギルド側からも必要な時に情報は聞けるだろう――と。

「王都警備隊には恐らく監視に関しての協力依頼が行くだろう。王宮の牢は護衛騎士が担当するが、今回は何せ人数が多い。既に常にない人数が牢にいる事もある。高等法院や王都内の各公爵邸の監視に関しては手が回らないだろうからな」

「……わかった、隊長、伝える」

 キーロとて王宮警備隊の総意と言うよりは、レヴの頼みを受けて来たようなものだから、この場では頷けないのも道理だ。

 最後に、とオノレ子爵はエリィ義母様とヒルダ夫人へと視線を向けた。

「コンティオラ公爵家からエモニエ侯爵家、フォルシアン公爵家からダリアン侯爵家への接触は、当面の間お控えになることをお勧めする。両侯爵家には一両日中に王宮からの召喚状が送られる予定と聞いている。口裏合わせの疑いを抱かれかねん」

「「!」」

 そしてこれにはエリィ義母様とヒルダ夫人が目を瞠っていた。

「……キヴェカス卿からがいく分には構いませんかしら? わたくしもう、兄を問い詰めるべく動き出しておりましたわ」

 エリィ義母様の予想以上の早い動きに、オノレ子爵はちょっと困ったような表情を見せたものの、表立っての非難はしなかった。

「出来れば、それに慄いて証拠隠滅を図るようなことがなければ良いのだが……」

「大丈夫ですわ。領都には弟もおります。もし兄がそんなふざけたことをするようなら、あの子が何とでもしますわ」

 ダリアン侯爵家の現在のパワーバランスがどうなっているのか、若干気になったけれど、まあ近いうちに王都に侯爵が来るとの話なら、エリィ義母様経由で確実に会うことになるだろうから、今はこちらは無視スルーしておくしかなさそうだった。

「とは言え、兄も多少内気で寡黙なだけで、侯爵家の名を貶めるほど愚かな人間ではないはずですから、脇が甘いと喝を入れる程度で済むのではと思っておりますけれど」

「……なるほど」

 どうやらオノレ子爵と言えど、エリィ義母様の笑顔の迫力には押されてしまうらしい。

 やや顔を痙攣ひきつらせながら、再度エリィ義母様からヒルダ夫人へと視線を向ける。

 自信と迫力に満ちたエリィ義母様の声とは対照的に、わたくしは……と、呟いたヒルダ夫人の声は、多分に困惑交じりのものだった。

「そもそも父が亡くなってよりこちら、エモニエ侯爵家とはまったく連絡をとっておりませんでしたので……何を唆すことも……」

 どうやら後妻、つまりは義理の母であるアレンカ夫人の輿入れの経緯を聞いていた今の侯爵とヒルダ夫人は、侯爵領内で穏やかに過ごさせてやりたいとの父親の意思を尊重して、敢えて積極的な交流は図ってこなかったとのことだった。

「兄は恐らくそのお茶の話にも漁場の話にも全く絡んではいないと思いますわ……良くも悪くも、アレンカ様の為されることに一切の口出しをせずにきましたから……」

 たとえ父親が「好きにさせてやれ」とでも言葉を遺したとして、その通りに実行するのにも限度はある。

 当代エモニエ侯爵は、義母の動きにはまるで無頓着だったと言うことか。
 それはそれで、王都に出て来た後の国王陛下フィルバートの反応が怖い気もした。

「それとクレト・ナルディーニ卿の安否についてだが、こちらは当代ナルディーニ侯爵の王宮召喚の際に確認と保護に動くことになろう。そもそもこれまでの経緯を思えば、この家とだけは裏で連絡を取り合うこともないだろう。一応と言うことで説明しておく」

 オノレ子爵の最後の言葉は、恐らくデリツィア夫人に余計な不安を抱かせないための一言だろう。

 後で二人、この邸宅やしきの公的な監視員として派遣すると言い残して、オノレ子爵はコンティオラ家を後にして行った。

 そしてそれに付随するように、お義兄様ユセフがティスト君を連れてコンティオラ公爵邸宅を出た。
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今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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