聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
671 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

681 商業ギルドの底力

しおりを挟む
 最後にコンティオラ公爵邸に現れた面々の中で、内二人は未就学児童。

 学園見学と王都滞在を純粋に楽しむつもりで、ナルディーニ侯爵領の領都から出て来ていた。

 父親が薬を盛られて臥せっていることも、どうやら知らされていなかったらしいけど、兄妹ともに年齢はミカ君よりも上。
 全てではないにせよ、理解が出来ない年齢と言うわけではなかった。

 妹は青い顔色で母親にしがみつき、兄の方は母親のドレスの裾をそっとつまんでいた。

「コンティオラ公爵夫人」

 ヒルダ夫人としても、気を失ってソファに横たわる娘が心配だったに違いないけれど、こちらは冷ややかな息子の視線と、物理的にはオノレ子爵の身体によって、それを阻まれていた。

「王都高等法院次席法院長クロヴィス・オノレが申し上げる。夫人とご令嬢は加害者ではないにせよ『加害者になるかも知れなかった』と言う点では事情聴取、証言ともに拒否権はないものと心得ていただきたい」

「……っ」

 ヒルダ夫人の顔色が、それまで以上に青く――白くなった様な気がした。
 ヒース君は何を思うのか微かに眉根を寄せただけで、言葉を発しない。

 詐欺の被害者とは言え、公爵家の名を利用されるかも知れなかったマリセラ嬢は確かにそうだろうけど、ヒルダ夫人は……と思っていると、しかるべき機関、人に訴え出ることをせず一人で動こうとしたことで、犯人あるいは情報の隠避を疑われても仕方がないのだと、オノレ子爵が言った。

 私とお義兄様ユセフがエリィ義母様に反射的に視線を向けてしまい……エリィ義母様は、扇を口元にあてたまま嫣然うっそりと微笑んでいた。

 セルマに押しかけようとしていたヒルダ夫人同様、ダリアン侯爵家に押しかけようとしていた淑女がここにいます、オノレ子爵。

 お嬢さんもよく聞いとけよ、なんて小声で呟いてるファルコ、足踏むよ⁉

「王都商業ギルドの方々とフォルシアン公爵家の方々は、今回のことで当事者たちと『交流』していたと言うよりは、独自に探りを入れようとしていたと拝察する。そちらに関しては、得た情報をこちらにも明かして貰うことを条件に今は拘束は控えよう。ただし情報を隠避したり新たな関係者を隠すなどの言動が少しでも感じられたなら、その時点で対応は切り替えさせて貰うので、そのつもりでいて貰いたい」

 これは誰が答えるのが礼儀なのかと思っていると、お義兄様ユセフがエリィ義母様に視線を向けていて、エリィ義母様もそれは当然とばかりに、微笑んで「承りましたわ」と答えていた。

 なるほど、日本の法定相続を考えると夫人が半分、残り半分を子供が分け合うわけだから、それに近い考え方なのかも知れない。
 この場合は、エリィ義母様の方が長子であるお義兄様ユセフよりも発言権があると言うことなんだろう。

「……そう言うことでしたら」

 まあ、高等法院と敢えて事を構える必要はないし……などと、若干物騒な呟きがその前に聞こえた気がしたけど、どうやら誰もイフナースにそれを突っこもうとは思わなかったようだ。

「もちろん、王都商業ギルドとして情報を隠すことはしないとお約束いたします」

 うっかり忘れたりするかも知れないが――なんて副音声がイフナースの笑顔に見えたのは気のせいだろうか。

 まあきっとオノレ子爵も、その程度のことは織り込み済みなんだろう……と、思うようにしておこう。

「では、あらぬ誤解を受けないよう予め、ギルドとして〝痺れ茶〟とやらの流通路を追いかけていることはお伝えをしておきます」

「……ほう」

 あ、うん。
 オノレ子爵がちょっと驚いたのはよく分かる。

 元々ギルドが情報を掴んだのは、投資詐欺の話が先であり〝痺れ茶〟の話はラジス副団長がここに来るまでは掴んでいなかったはずだ。

 明らかに、こちらが見ていないところでイフナースとラジス副団長が何かしら示し合わせて、入れ違いに戻って行った時点で報告をしたに違いない。

「茶葉の流通となれば、合法であれば銘柄そのものが、非合法であってもが流通した情報はギルドに残ります。今、王都商業ギルドからギルド長名で一斉の緊急連絡を飛ばして、情報を集めさせているところです」

 ギルドの手紙連絡システムがあるからこそなせる業だ。
 非合法なら非合法で「該当の品かどうかは不明だが、似たモノが通過あるいは裏で販売された形跡がある」くらいの情報は各ギルドの自警団が掴めると言うことらしい。

 それに返信の内容によっては、その茶葉の流通にがっつり絡んでいる汚職ギルドが地方に存在していると言うことも知れて、一石二鳥なのだとイフナースは微笑わらった。

「またポイント溜まりそうですねぇ……」

 うっかりそう呟いた私には、更に清々しい笑顔が返って来た。

「ちゃんと前向きに努力する姿勢を見せておきませんと、いつ『離縁だ』と言われるか分かりませんので……いい大人なのだから気にするなと思われるのかも知れませんが、やはり祝福はしていただきたいですし、信頼を裏切りたくもありませんのでね」

「なるほど……」

 結婚前の約束など無視してしまえば? と言う人もやはり一定数いるんだろう。
 だけどイフナースとしては、どうせなら大手を振って夫婦を名乗りたいのかも知れない。

 そしてきっとテオドル大公やユリア夫人も、ベルィフに暮らす大公の娘さん夫妻も、ギルド長になると言うその「過程」にイフナースの本気を見たいのであって、仮に副ギルド長あたりで止まってしまったとしても、無理に別れさせることはないような気がした。

 互いの誠意と信頼の上に成り立つ約束なんだろう、きっと。

「ユングベリ商会長にも、その茶葉の話はぜひ伺いたいと――ギルド長が。ラヴォリ商会の商会長代理も、今、会長がバリエンダール滞在中と言っていましたから、恐らく頼めばすぐに連絡はとってくれると思いますよ」

「それは……」

 ラヴォリ商会はアンジェス国内最大の商会で、バリエンダールへの販路も拡大しつつあるところだ。
 
 確かに、頼めばバリエンダールにおける〝痺れ茶〟の現状は確認してくれるかも知れない。
 ただ――。

「バリエンダールへの連絡は、もう少し待って貰えますか」

 そうお願いした私に、イフナースが「おや」と言った表情を見せた。

「私自身、バリエンダールの王都商業ギルド長との伝手があります。のギルド長は王太子殿下や宰相令息との繋がりが深い。どちらへの連絡が良いか、連絡後考えられる周囲の動きも考えて、イデオン宰相閣下の判断を仰ぎたいんです」

 ここでは言えないけれど、何せ三国会談を控えている。

 ミラン王太子が国内をするのに邪魔にならない動き方を考えなくてはならないし、そうなると話はこちらの手に余る。

 国策としてエドヴァルドが考えるべき話になるのだ。

「難しい話を丸投げ――と言うわけでもなさそうですね」

「単に〝痺れ茶〟の販路を潰して終わりにするつもりなら、とっくに動かれているでしょうからね。それを止めている『何か』がきっとあるんですよ。だとすれば、今の私に出来ることは『判断材料を増やす』こと。国と国とが絡む話になるわけですから、それ以上は越権であり傲慢だと思いますよ?」

 そう。
 エドヴァルドの役に立ちたいと言っても、物事には限度がある。
 あちこち首を突っ込んだ挙句、エドヴァルドの立場を悪くするようでは本末転倒なのだ。

 その見極めが出来ず、また誰も教えなかったのか――ジェイほたての漁場問題などと言う、外交の絡む話に手を出してしまったのが、マリセラ嬢だ。

 私は、そんな風にはなりたくない。

「なるほど判断材料を増やすこと、ですか……確かにいきなり隣国に連絡、と言うのは外交面から言っても問題――と言うよりは、慎重にすべきなのでしょうね」

 イフナースはどこまで私の考えを汲み取ってくれたのか、それでも一応は納得したように頷いていた。

「確かに、さすがにそれは私も控えて貰うようお願いしたいな」

 私とイフナースの会話を聞いたオノレ子爵もしかりだ。

「ぜひイデオン宰相閣下と話をして貰って、その後の方針は高等法院われわれとも共有をお願いしたいと伝えて貰いたいな」

 ――そして最終的には、エドヴァルドと話をして、彼が決めた方針を王都商業ギルドと高等法院にも伝えて欲しいと言うことで、話がまとめられてしまった。

「じゃあレイナちゃん、夕食はフォルシアン公爵邸でとりましょうか? さすがにもうコンティオラ公爵閣下はお越しにならないと思うけれど、イデオン公と夫は夕食をとりに戻るはずだから」

 多分、よほどのことがない限りはあの二人は戻って来るはずとエリィ義母様は言い、私は――思わず納得してしまった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

【完結】略奪されるような王子なんていりません! こんな国から出ていきます!

かとるり
恋愛
王子であるグレアムは聖女であるマーガレットと婚約関係にあったが、彼が選んだのはマーガレットの妹のミランダだった。 婚約者に裏切られ、家族からも裏切られたマーガレットは国を見限った。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。