聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

680 逆らえません

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「イデオン公爵閣下の婚約者となられた方が……王都学園にご用がおありか?」

 不思議そうに首を傾げたオノレ子爵に私は慌てて片手を振りながら「ユングベリ商会案件で、ちょっと」と答えた。

「学園の食堂メニューの事で話があると、ご令嬢経由でボードリエ伯爵に伝えさせて頂いていて。近いうちにお時間を……と言うところで止まっていたんです。可能であればナルディーニ卿のご子息が学園見学をされていらっしゃる間に概略だけでも話させて頂けたら、と思いまして」

 正直「シャルリーヌ宅でのお泊まり女子会」が、エリィ義母様の言うような「シャルリーヌをフォルシアン公爵邸に招いてのお茶会」に変わってしまうと、焼きうどん風な夜食を作ったり、ボードリエ伯爵に学食メニューの提案をするどころじゃない。

 いっそ食事だけ招いてもいいのかも知れないけど、学園理事長が大っぴらに一つの公爵家のみを訪ねるとなると、それも憶測を呼ぶ。

 後でも良いだろうと言われてしまえばそれまでだけれど、時間があるならぜひ有効活用したい。

 私の言葉にもオノレ子爵の表情は変わらず、眉間に皺が寄ったままだった。

「主旨は分かるが、それはそれで貴女の商会が学園に売り込みをかけることを認めてしまうと、他も断りづらくなるだろうな。朝な夕なに商人が出入りをし始めて、学生の勉強の妨げになっても困る。王都商業ギルドやキヴェカス法律事務所に関しては、無断で行くことさえ控えて貰ったらそれで構わんが、王都学園に関しては、今回のこととは別にしても、見合わせて貰うべきだろうな」

「そうですか……」

 確かにユングベリ商会にだけ出入りを認めてしまうと、こんどはボードリエ伯爵がフォルシアン公爵家に来る場合とは逆に、癒着を疑われかねないと言うことか。

 なかなか思うようにボードリエ伯爵とは話が出来ないな、と残念に思っていると、そこへイフナースが「そう言うことなら」と、別の案をこちらに出してくれた。

「王都学園に備品や食品を納入しているのはラヴォリ商会です。何か考えていることがあるなら、カール商会長代理も交えて王都商業ギルドの会議室で打ち合わせをされると言うのも一つのですよ。それならば理事長業務の一環として、誰も咎めだてしないはずですよ」

「ふむ……それであれば、こちらにも不都合はないか……」

「ギルドもそうですが、ラヴォリ商会にもそれなりにユングベリ商会への借りがあるようですしね。協力要請をしても断らないと思います」

「仲立ちは頼めるのか?」

「閣下の取り調べの場にこの後も立ち会わせていただけるのであれば、そのように」

 高等法院の重鎮に向かって「取り調べた情報をこちらにも流して欲しい」はさすがにナイと思ったに違いない。

 ならばとイフナースは、情報収集のための立ち会いを望んだんだろう。
 の同席であれば、情報漏洩にはあたるまい――と。

「それと先ほど、ギルド側が考える罰則案にも耳を傾けて下さると仰った。ぜひその機会を頂戴したい」

 言質とまでは言わないまでも、イフナースはオノレ子爵が何気なく口にした、その「機会」を逃すような真似はしなかった。

「うむ。それは構わぬよ。同じ事件を追ったとしても、ギルド側からすれば我々とは違った視点での考察もあろうし、別途掴んで来る事実もあろう。我々は平等に、公正に、それぞれの主張をすくい上げて判断をするだけのことだからな」

 ……どうやらそんなこんなで、私を置いてきぼりのまま学園訪問案は棄却されてしまい、ギルドでの話し合いと言う形に内容なかみが変わっていた。

「ではユングベリ商会長、カールフェルド商会長代理には、私の方から連絡を入れておきますよ。カルメル商会がどうなるか、資金は戻って来るのかと、色々気にされていらっしゃったのでね。ボードリエ学園理事長への伝言は、お任せしても……?」

 あくまでにこやかに、だけど拒否権があるとは思えない声色で話しかけてくるイフナースに、私は頷くことしか出来なかった。

 これはお義兄様ユセフに手紙を預けて、臨時案内人となるであろうアストリッド・カッレ侯爵令息経由で渡して貰うしかなさそうだ。

(まぁでも、これはこれで「養父が食堂メニューに悩んでいるようだ」と言っていたシャルリーヌの顔も立てつつ、お茶会もしつつ――で、良いのかな?)

 お泊まり会でも良いかどうかだけ、あとでエリィ義母様に聞いてみよう。

「…………レイナちゃん?」
「はいっ⁉」

 そこへ突如としてエリィ義母様からの冷ややかな声が降り注いだ。

「結果的に行く必要はなくなりましたけれど、それ以前に女の子一人で学園を訪ねようなどと言うのは、淑女としては0点。イデオン公に叱られても助けてあげられませんよ?」

「えっ」

 時間を有効活用したくて飛びついてしまったけど、本来であれば淑女としては最大級のダメ出し案件らしい。

 学園に出入り出来るのは、教師と生徒以外は基本、家族と委任状のある三等身以内の親族とされていて、例外的措置で清掃業者と商人が裏門からの出入りが許可されているのみなんだそうだ。

 そう言えば語学の家庭教師の話を以前にした時にも、学園での受講は渋られていた。
 ボードリエ邸への派遣と言う形で先生を探して貰っていた。

「あ……えっと……」
「レイナちゃん」
「はい」

 思わず背筋を伸ばしてしまった私に、エリィ義母様はにこやかな淑女の笑みを向けた。

「いいことを思いつきました。ボードリエ伯爵令嬢にお越しいただく際、レイナちゃんの淑女教育のお手本になっていただきましょう」

「⁉」

「聞けば隣国ギーレンの王妃教育を、ほぼ終えられておいでとか。我がフォルシアン公爵家が腕によりをかけてカカオ料理とチョコレート入りのデザートを用意しますから、ぜひ教師としていらして? と、伝えていただけるかしら」

「お、お義母さま……」

「ボードリエ伯爵家さえよければ、我が家に泊まっていって下さっても構いませんから。ええ、そうしましょう!」

 ぱんっ、と両手を合わせているエリィ義母様は、こちらの話を聞く気ゼロだ。

 そしてこの件では、お義兄様ユセフもまったくあてにならない。
 母に逆らう気はまったくない、とばかりにそっぽを向いている。
 
「刺繍もその時までとっておきましょうか。楽しみだわ、早く今回の件決着しないかしら」

「「――――」」


 無言のお義兄様ユセフの唇が「諦めろ」と、動いた気がした。
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