聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

【防衛軍Side】ウルリックの謳歌(4)

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 最初は宿の主も、害獣駆除用の魔道具を並べて置くことにさしたる驚きはなかったようだが、その量を見た時には、さすがに不安げな表情を垣間見せた。

「どうせ犯罪者どもを捕まえるのに、何も壊さぬとも確約出来んから、何かあれば補償はキチンとする、そこは安心してくれ」

 補償はするが壊さないとは限らない――相手が侯爵だからと言って、そんなことを言われて安心する人間はいないだろう。

 私は「骨董品があるなら、今のうちから避けておくと良い」と、追加で宿主に助言を入れておいた。

 実際にはレイナ嬢の口添えで、サレステーデへの迷惑料、賠償請求にちゃっかり上乗せする予定らしいと聞いてはいるが、それでも国宝級のテーブルを破壊した事実は、あの場にいた人々の記憶に残る。

 たとえお館様が氷柱を落としたことの方が話題となっていようと、氷柱はただのトドメに過ぎないのだ。

 これ以上物騒な噂が広がらないよう、被害額は少しでも少なくなるよう配慮しておくべきだった。

「――ゼイルス、宿用の馬車留めに『それらしい』ヤツが来ている。恐らくそう間を置かずにここに来る筈だ」

 家紋のない馬車ではあるが、造りが明らかに周囲とは一線を画した馬車が留められたとフォルシアン公爵家の護衛が言い、恐らくはそれこそがナルディーニ侯爵家の馬車だろうと、我々は顔を見合わせあって頷いた

 部屋の中に緊張の空気が満ちる。

「まずは何人か罠の設置に回って、もう何人かは連泊で今部屋にいる宿泊客を説得して、しばらくの間外に出ていて貰いましょう。害獣駆除の話をして、終わるまでさっきの食堂で好きなものを飲み食いして良いとでも言っておけば、大抵の人間は首を縦に振りますよ」

 むしろ拒絶した人間は、こちらが事前に把握できていなかっただけで、詐欺集団の仲間として潜り込んでいた場合も考えられる。
 そう言うと将軍も納得したように大きく頷いていた。

「うむ。もしそんなヤツがいたら、少しの間いて貰うとするか。万一本命の部屋に駆け込まれでもしては面倒だ」

「あと、不審に思われないように本命の部屋の連中にも声はかけましょう。まあ私がブロッカ商会長であれば、軟禁されている女性に護衛を一人付けて食堂へ出すでしょうね。今から来る首謀者と現状の擦り合わせをするのに、女性は邪魔でしょうから。その間に〝勇者〟が誕生する舞台を整えるのにもちょうど良いし、その間もし外が騒がしくなっても、害獣駆除の話だと誰も確認しに出てこないはずですよ」

「ならば労せず女性の方は保護出来るな」

 護衛の一人や二人であれば、こちらから誰をっても問題なく女性だけを保護出来るだろう。
 将軍も私も、そこは露ほども疑ってはいなかった。

「主人、ブロッカ商会の関係者が宿泊する部屋の近くをしばらく使わせて貰えるか。捕らえるために待機させて貰いたい」

 将軍の言葉に、宿『ベアータ』の主人はコクコクと首を縦に振るだけだ。

「私と将軍と……そうですね、ゼイルスでいったん待機しますか? 我々だけだと証言者の偏りを指摘する輩が現れるかも知れませんしね」

 たとえ盗み聞きでも、イデオン家、フォルシアン家双方の関係者が聞いたとなれば高等法院での取り扱われ方も変わってくる筈だ。

 ゼイルスもそれは危惧していたのか「そうですね」と納得した様に頷いている。

「――よし、では全員今言った通りに動け! 害獣用の罠も、配置と同時にもう起動して良い。くれぐれも一匹逃すなよ⁉」

 フォルシアン公爵家の〝青い鷲〟たちも、ベルセリウス「侯爵」――しかも防衛軍の司令官に対して、何かを言い返そうと言うつもりは微塵もないらしかった。

 地位だけでなく、そもそもが自分達よりも格上の存在であることは肌で感じているのだろう。

 将軍の発破に、我々と同じように「は!」と頭を下げていた。


*         *         *


 宿の主人には、ブロッカ商会を訪ねてきた貴族を部屋に通した後は、近所に「宿泊客からのクレームが出た」として、緊急の害獣駆除を行うと触れ回るよう依頼しておいた。

 追加で食堂には『ベアータ』の宿泊客が来たら、請求は宿に回すようにとも言いに行って貰う。

 何名か従業員も連れて行って貰えば、それなりの数は周知して回れるだろう。

 私と将軍、ゼイルスが隣の空き部屋で待機をしていると、外の廊下がややざわつきだしたのが聞こえてきた。

 さすがに何を話しているかまでは分からず、隣の部屋に入って、扉を閉めた音が微かに聞こえた程度だ。

「ではとりあえず私が中に声をかけ、従業員のフリをして害獣駆除の話を持ち掛ける傍ら、わざと扉は薄く開いた状態になるよう細工してきます。もし事前の情報の通りに中にナルディーニ侯爵令息がいるとなれば、侯爵閣下や副長は顔を知られていない保証がありませんし」

 そうゼイルスが言い、私も将軍もそこは頷くしかなかった。
 そもそも将軍の容貌は目立つ上に、私も将軍に付いて公式行事に参加することがままある以上は、どんな拍子に顔を覚えられているか分からない。

 三人で廊下の外に出た後は、ゼイルスが「本命」集う部屋に入り、再度外に出て来るのを待った。

 中からは死角になるよう様子を見ていると、ゼイルスは扉を閉めるフリをして、扉が閉まっているように見えて閉まっていないと言う、絶妙な大きさの石をサッと足元に置いていた。

 中から誰かが打掛錠を下ろしたとしても閉まってしまうと言う優れモノだ。

「副長の予想通りに、向かいの部屋にいる召使と護衛を食堂に行かせてやってくれと言われましたよ。ウチのカルフを向かわせますか?」

 声を落としつつ確認してくるゼイルスに、私も頷いた。

「すぐ連絡がつくなら、そうしてくれ。食堂に着いたら一般客に気取られないように二人を引き離して欲しい。こちら側の誰かを助っ人にしてくれて構わないから」

「承知しました。後々揉めないためにも、その方が良いでしょうね」

 手柄の独り占めだの何だのと裁判で話が脱線しないためにも、イデオン家とフォルシアン家で協力しあったところをなるべく色々なところで見せておかないといけない。

 ゼイルスの頷きで、すぐさま人影が現れて、隣の部屋へと入って行く。

 この辺り、さすが護衛組織と言ったところか。
 防衛軍の人間は、ここまで諜報能力には長けていない。



 既に建物の中は静かだ。
 少しずつ、中の人間の引き離しが成功しているのだろう。

 我々三人は、いっそ堂々と扉の傍に貼り付いて、中の会話に聞き耳を立てることにした。
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