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第三部 宰相閣下の婚約者

【防衛軍Side】ウルリックの謳歌(3)

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「……おぉい、ちょっと待てケネト!もしかしてコレ、公爵邸にあった在庫全部じゃねぇのか⁉」

 馬の鞍の右と左に重しの如く袋状の「荷物」を引っかければ、さすがに量がおかしいと気付いたのか、ファルコが声を上げた。

「害獣除けの魔道具を使えるか?と私は聞き、ファルコがそれをナシオに伝えて、それが運ばれてきた。何か問題が?」

「そりゃ量を言ってなかったから、とりあえずと思ってナシオが全部持って来るのは分かるが、だからって普通全部載せるか⁉」

「セルマの宿の具体的な規模が分かっていない以上は、足りないより余るくらいでちょうど良い。ファルコが〝ブルクハウセン〟を堕とすのにも使おうと思うのなら、お館様に願い出れば良いのでは?こちらはもう発つが、そっちにはまだ時間もあるだろう」

「おまえ……あとでお館様に睨まれても助けねぇぞ……?」

「そこは何とかセルマで功績を立てて相殺して貰おうかと」

「……っ」

 ファルコも、時間的にあまり言いつのっていても仕方がないと諦めたのだろう。
 結局害獣除けはそのまま持たせてくれる形で、我々はセルマへと向かった。

 暗いうちに王都を出た甲斐もあってか、まだ世間では朝の時間が動き始めたばかりの頃に、セルマの街へは駆け込むことが出来た。

 伝言では、宿の名前は〝ベアータ〟だと言われていて、そのすぐ近くの食堂は、旅人の朝食のために既に開けられていた。

 五人でなるべく奥のテーブルを確保して、さも旅の途中であるかの様に軽食をそれぞれが食べ始める。

「――失礼。ベルセリウス様でいらっしゃるか」

 ここは市井の食堂だ。

 身なりを見れば将軍が貴族階級であることは、どうしたって否定しきれないが、それでも「侯爵」や「将軍」は論外だ。
 考えた末、相手は「様」付に落ち着いたのだと思われた。

「うむ。私に声を掛けてきたと言うことは、ゼイルスで合っているか?」

 濃い紫色の髪で覆われた顔の右半分、額から頬骨にかけて刀傷が残っているのが特徴的だ。
 事前にそのことは聞かされていた。

「はい、仰る通り〝青い鷲〟の長たるゼイルスです。食事が終わられるまで、裏口でお待ちします。裏口前の使用許可は取りましたので」

「なるほど。裏口で大丈夫なのか?目的の連中の出入りがあると出遅れる」

「宿の表と裏に私の配下を残してきていますから、ある程度は対応出来るかと」

 そう言って軽く頭を下げたゼイルスが、裏口の方へと姿を消す。

 食堂の主人がそれを咎めずに仕事をしているところから言っても、言った通りの許可はとったと言うことなんだろう。

 臨機応変に動けるようにと軽食にしておいたのもあって、我々はそう間を置かずにゼイルスの後に続いて裏口から食堂を出た。

「人質がいると聞いて来たのだが……?」

 裏口周辺、人払いが為されていることを確認したところで、将軍がゼイルスに問いかけている。

 状況によっては急いで突入した方が良いのではないか、との口ぶりにもゼイルスは動じず、淡々と状況を説明した。

「何かひどいことでもされていればそうするつもりでしたが、恐らく宿やその周辺の周囲の目も考えてか、ここに到着してからずっと召使的なことをさせているようだったので、今は様子を窺っているところです」

 それも、決して酷使している風には見せていないとのことらしく、それならばもう少し様子を見ようとの判断に至ったらしかった。

「ブロッカ商会を訪ねて来る者がいたら、くれぐれも失礼のないよう部屋に案内してくれと受付に言付けていたので、どうせならそれを待ってから――と」

「首謀者が来ると言うことか」

「恐らく今日明日の内に」

 ゼイルスの報告は簡潔であり、そして分かりやすい。
 それであれば、その首謀者の到着まで待つのが良いと思わせるのに充分だった。

「将軍、もう少ししたら宿を出立する客が多くなり、中の人数が少なくなってくる筈です。その時点で宿の主人に張り込みと罠の許可を貰いましょう」

 私がそう言うと、ゼイルスが「罠?」とやや怪訝そうな表情になった。

「詳しくは設置の際に説明させて貰うが、宿の敷地から一歩でも外に出れば反応するように置くつもりだ。今回、取り逃がし不可と言われているので、念には念を――とね」

 害獣除けを等間隔に複数設置しておき、人間が出れば、都度誰かが回収に行けば良い。

 害獣除けは、装置そのものを踏み抜くのが一番だが、半径50cmほどの円内を踏んでもほぼ同じ様な現象が起きると、ギーレンで使用経験のあるナシオからは聞いている。

「……罠が作動したら、もの凄い騒ぎになるのでは?」

 そうなれば、目立って仕方がないのでは?と、具体的にどんな罠かが分からない所為せいもあってか不安な表情を消せずにいるゼイルスに、私は極めて明るく笑い飛ばしておいた。

「なのでこの後、宿の主人に『害獣駆除の業者が入る』ことにして貰い、近所にもそう触れ回って貰うよう頼みに行くつもりだ。害獣駆除用の魔道具は、一般市民の間でもそう珍しい道具じゃないから、最初少し驚かれるだけで、それ以上の騒ぎにはならないだろう。そのどさくさで関係者全員縛り上げておけば良い」

 どこの宿でも食堂でも、野良猫やネズミ、それ以外にも害獣害虫はいて、駆除にはある程度の手間がかかっているのだ。

 の爆発音や暴風では、何か害獣がいたのだろうとしか思われない筈だった。

「何、害獣が実は人間だったなんて、違いでは?」
「「「…………」」」

 ……ゼイルスは分かるが、将軍やアシェルたちまで表情かお痙攣ひきつらせているのは解せないが。

 そして連泊の人間を除いて、宿にいた宿泊客があらかた出払った頃合いを見計らって、我々は宿〝ベアータ〟へと足を踏み入れた。

「すまぬがここの主人を呼んでくれぬか」

 打ち合わせ通りに将軍が身分証を兼ねている懐中時計を腰のポケットから取り出して見せる。

 よほどの小さな町の個人経営の宿でもなければ、懐中時計が示す身分と持ち主の名に気が付かない筈がない。

 案の定、受付にいた初老の男性は弾かれたように奥へと一度下がり、すぐさまもう一人同年代の男性を連れて、姿を現した。

「お待たせ致しました。宿泊施設『ベアータ』の主、ニルス・ドッテルにございます。本日はどのような――」

「すまぬが宿泊ではないのだ。どこか内密の話が出来る場所はないか」

 さすがに「罠をしかけたい」などと、軒先で堂々と告げるわけにもいかない。

 かと言って、用件の分からない宿主からすれば、すでに「何の用だ」と聞くことも躊躇われる状況だ。

 おずおずと「奥へどうぞ」としか答えることが出来なかったようだ。

 そして何を言われようと、自分は首を縦に振るしかないことも、既に察しているように見えた。









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


すみません、やはり収まりきらず――前中後編をやめて、数字に変えさせて頂きましたm(_ _)m
あと2話前後の予定です。
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