聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
663 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

【防衛軍Side】ウルリックの謳歌(3)

しおりを挟む
「……おぉい、ちょっと待てケネト!もしかしてコレ、公爵邸にあった在庫全部じゃねぇのか⁉」

 馬の鞍の右と左に重しの如く袋状の「荷物」を引っかければ、さすがに量がおかしいと気付いたのか、ファルコが声を上げた。

「害獣除けの魔道具を使えるか?と私は聞き、ファルコがそれをナシオに伝えて、それが運ばれてきた。何か問題が?」

「そりゃ量を言ってなかったから、とりあえずと思ってナシオが全部持って来るのは分かるが、だからって普通全部載せるか⁉」

「セルマの宿の具体的な規模が分かっていない以上は、足りないより余るくらいでちょうど良い。ファルコが〝ブルクハウセン〟を堕とすのにも使おうと思うのなら、お館様に願い出れば良いのでは?こちらはもう発つが、そっちにはまだ時間もあるだろう」

「おまえ……あとでお館様に睨まれても助けねぇぞ……?」

「そこは何とかセルマで功績を立てて相殺して貰おうかと」

「……っ」

 ファルコも、時間的にあまり言いつのっていても仕方がないと諦めたのだろう。
 結局害獣除けはそのまま持たせてくれる形で、我々はセルマへと向かった。

 暗いうちに王都を出た甲斐もあってか、まだ世間では朝の時間が動き始めたばかりの頃に、セルマの街へは駆け込むことが出来た。

 伝言では、宿の名前は〝ベアータ〟だと言われていて、そのすぐ近くの食堂は、旅人の朝食のために既に開けられていた。

 五人でなるべく奥のテーブルを確保して、さも旅の途中であるかの様に軽食をそれぞれが食べ始める。

「――失礼。ベルセリウス様でいらっしゃるか」

 ここは市井の食堂だ。

 身なりを見れば将軍が貴族階級であることは、どうしたって否定しきれないが、それでも「侯爵」や「将軍」は論外だ。
 考えた末、相手は「様」付に落ち着いたのだと思われた。

「うむ。私に声を掛けてきたと言うことは、ゼイルスで合っているか?」

 濃い紫色の髪で覆われた顔の右半分、額から頬骨にかけて刀傷が残っているのが特徴的だ。
 事前にそのことは聞かされていた。

「はい、仰る通り〝青い鷲〟の長たるゼイルスです。食事が終わられるまで、裏口でお待ちします。裏口前の使用許可は取りましたので」

「なるほど。裏口で大丈夫なのか?目的の連中の出入りがあると出遅れる」

「宿の表と裏に私の配下を残してきていますから、ある程度は対応出来るかと」

 そう言って軽く頭を下げたゼイルスが、裏口の方へと姿を消す。

 食堂の主人がそれを咎めずに仕事をしているところから言っても、言った通りの許可はとったと言うことなんだろう。

 臨機応変に動けるようにと軽食にしておいたのもあって、我々はそう間を置かずにゼイルスの後に続いて裏口から食堂を出た。

「人質がいると聞いて来たのだが……?」

 裏口周辺、人払いが為されていることを確認したところで、将軍がゼイルスに問いかけている。

 状況によっては急いで突入した方が良いのではないか、との口ぶりにもゼイルスは動じず、淡々と状況を説明した。

「何かひどいことでもされていればそうするつもりでしたが、恐らく宿やその周辺の周囲の目も考えてか、ここに到着してからずっと召使的なことをさせているようだったので、今は様子を窺っているところです」

 それも、決して酷使している風には見せていないとのことらしく、それならばもう少し様子を見ようとの判断に至ったらしかった。

「ブロッカ商会を訪ねて来る者がいたら、くれぐれも失礼のないよう部屋に案内してくれと受付に言付けていたので、どうせならそれを待ってから――と」

「首謀者が来ると言うことか」

「恐らく今日明日の内に」

 ゼイルスの報告は簡潔であり、そして分かりやすい。
 それであれば、その首謀者の到着まで待つのが良いと思わせるのに充分だった。

「将軍、もう少ししたら宿を出立する客が多くなり、中の人数が少なくなってくる筈です。その時点で宿の主人に張り込みと罠の許可を貰いましょう」

 私がそう言うと、ゼイルスが「罠?」とやや怪訝そうな表情になった。

「詳しくは設置の際に説明させて貰うが、宿の敷地から一歩でも外に出れば反応するように置くつもりだ。今回、取り逃がし不可と言われているので、念には念を――とね」

 害獣除けを等間隔に複数設置しておき、人間が出れば、都度誰かが回収に行けば良い。

 害獣除けは、装置そのものを踏み抜くのが一番だが、半径50cmほどの円内を踏んでもほぼ同じ様な現象が起きると、ギーレンで使用経験のあるナシオからは聞いている。

「……罠が作動したら、もの凄い騒ぎになるのでは?」

 そうなれば、目立って仕方がないのでは?と、具体的にどんな罠かが分からない所為せいもあってか不安な表情を消せずにいるゼイルスに、私は極めて明るく笑い飛ばしておいた。

「なのでこの後、宿の主人に『害獣駆除の業者が入る』ことにして貰い、近所にもそう触れ回って貰うよう頼みに行くつもりだ。害獣駆除用の魔道具は、一般市民の間でもそう珍しい道具じゃないから、最初少し驚かれるだけで、それ以上の騒ぎにはならないだろう。そのどさくさで関係者全員縛り上げておけば良い」

 どこの宿でも食堂でも、野良猫やネズミ、それ以外にも害獣害虫はいて、駆除にはある程度の手間がかかっているのだ。

 の爆発音や暴風では、何か害獣がいたのだろうとしか思われない筈だった。

「何、害獣が実は人間だったなんて、違いでは?」
「「「…………」」」

 ……ゼイルスは分かるが、将軍やアシェルたちまで表情かお痙攣ひきつらせているのは解せないが。

 そして連泊の人間を除いて、宿にいた宿泊客があらかた出払った頃合いを見計らって、我々は宿〝ベアータ〟へと足を踏み入れた。

「すまぬがここの主人を呼んでくれぬか」

 打ち合わせ通りに将軍が身分証を兼ねている懐中時計を腰のポケットから取り出して見せる。

 よほどの小さな町の個人経営の宿でもなければ、懐中時計が示す身分と持ち主の名に気が付かない筈がない。

 案の定、受付にいた初老の男性は弾かれたように奥へと一度下がり、すぐさまもう一人同年代の男性を連れて、姿を現した。

「お待たせ致しました。宿泊施設『ベアータ』の主、ニルス・ドッテルにございます。本日はどのような――」

「すまぬが宿泊ではないのだ。どこか内密の話が出来る場所はないか」

 さすがに「罠をしかけたい」などと、軒先で堂々と告げるわけにもいかない。

 かと言って、用件の分からない宿主からすれば、すでに「何の用だ」と聞くことも躊躇われる状況だ。

 おずおずと「奥へどうぞ」としか答えることが出来なかったようだ。

 そして何を言われようと、自分は首を縦に振るしかないことも、既に察しているように見えた。









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


すみません、やはり収まりきらず――前中後編をやめて、数字に変えさせて頂きましたm(_ _)m
あと2話前後の予定です。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。