聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
662 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

【防衛軍Side】ウルリックの謳歌(2)

しおりを挟む
「おまえはどうするのだ、ファルコ」

 王都を出てコンティオラ公爵領に向かうにあたって、あるいはその逆の場合にも、多くの貴族や商人が休憩地として滞在をする街・セルマ。

 ただ、あくまで馬車移動を想定しての話であり、馬を思いきり走らせれば恐らく片道数時間の話にはなるだろう。

 ファルコあるいは〝鷹の眼〟の誰であっても同行出来ないわけではないだろうにと思っていると、同じように将軍も気になったのか、それを問いかけていた。

「ああ、コンティオラ公爵邸を囲んでる連中、王都中心街の宿〝ブルクハウセン〟と、それぞれに仲間がいるらしくてな。コンティオラ家、フォルシアン家の護衛連中総動員したとしても、手が足りねぇんだよ。ああ、いや、さすがに総動員っつっても、それぞれの邸宅やしきを空には出来ねぇから、ギリギリの人数を割いたとして、ってところか。だから俺は、何人か連れて〝ブルクハウセン〟を堕とすつもりだ」

 五人で行く方が連携取りやすいだろ?と問われた将軍は「ふむ……」と、口元に手をやりながら考える仕種を見せている。

「連携か……我ら防衛軍と〝鷹の眼〟とであれば、充分に取れるような気もするが……我らが貴婦人、あるいはお館様は、よほど念には念をとお考えなのか?」

 最少人員で効率良く事態を収拾すると言うよりは、それぞれの拠点に一分の隙もない戦力をぶつけようとしているかの様に見える。

 人質となっているらしい娘のことを考えれば、一刻も早く王都を発った方が良いのだろうが、最終的に「どうして欲しい」のかを確認しておかないことには、そこに至るまでの策も中途半端なものになってしまう。

 そういうところに本能で気付いてしまうのが我らが将軍であり、長年の付き合いでそうと察しているファルコも、ニヤリと口の端を歪めていた。

「お嬢さん曰く、詐欺ってヤツは一網打尽にしないと解決にはならないらしいぜ? 今回のやり口を覚えたヤツが一人でも姿をくらませば、今度はソイツがジェイをイセエビに変えて他で詐欺をしかけるだろうから、と」

「イセエビ?」

「知らねぇよ。何か魚なり貝なりの一種だろ」

「――要は品物だけを変えて、手口をマネする輩が出ると言う話ですよ、将軍」

 イセエビを気にした将軍より、それ自体はどうでも良いとばかりに肩を竦めたファルコの方が、実は反応としては正しい。

「なるほど、一人残らず捕らえる必要があるからこその布陣だ、と」

「ああ。下っ端だけ捕らえてアタマに逃げられるのも論外だが、今回に限ってはその逆も不可ってこった。お嬢さんがそう言って、お館様もそれを認めた。俺らは粛々と任務を遂行しなくちゃな?」

 敵の頭だけを押さえて降伏を迫るのは、戦い方としてはままある手法なのだが、今回は「一人も逃がすな」と、我らが貴婦人は言い、お館様もそれをお認めになった。

 その事実にすぐに納得をした将軍は「うむ」と大きく頷いていた。

ルーカスであればそんな手口に引っ掛かりはしないであろうが、対処自体が面倒だとブチ切れるやも知れんからな! いずれ手口を真似た輩が本部に押しかけて来たりせぬよう、一網打尽、承知した!」

 なぜ防衛軍内で対応に当たるようなことがあったとして、窓口が自分ではなくルーカス様なのかと言いたいところではあるが、そんなヤツが現れれば、ルーカス様を前面に出して、自分は別室で逮捕のために控えるだろう姿が目に見えるので、私としてもそこはツッコめなかった。

 そんな見え透いた詐欺の対応に時間を取られたと分かれば、ルーカス様がブチ切れるのもまた確かだからだ。

 とりあえず今は、セルマの詐欺グループ一網打尽に闘志を燃やしている将軍のヤル気は削ぐまいと、私は何も言わないことにした。

「まあ、こっちも〝ブルクハウセン〟から猫の子一匹逃がしゃしねぇから、そっちは頼むわ。セルマには先行してフォルシアン公爵家の護衛が何人か行ってる筈だから、宿の場所やら中の様子やらはそこで聞いてくれ」

「フォルシアン公爵家の護衛?」

 自分たちだけでセルマに行った後、どうやって犯人たちがいる宿を特定すべきかと思っていたら、その答えはファルコの方から提示をしてきた。

「二、三人しか回せなかったと聞いちゃいるが、その中の一人は護衛の長だ。突入だの救出だの、ある程度はアンタらと合わせられるはずだぜ?」

「なるほど、セルマの街に宿一軒ってことはないだろうから、どうやって探すのかと思っていたら、その長とやらが知ってるってことだな?」

「着いたら宿の近くの食堂で適当に何か食っててくれってことらしい。向こうから声をかけるっつってたらしいぞ」

 なるほど街中の食堂にいたとして、将軍のひときわ大きな体格は目立つだろう。
 こちらからフォルシアン家の護衛を探すよりは余程時間の短縮になるに違いない。

「うむ、承知した!」

「イデオン公爵領防衛軍の人間が、王都以外の他の公爵領に足を踏み入れることに関しては、お館様がコンティオラ公爵に許可を取ると仰ってた。合同訓練だの表敬訪問だの、理由は適当に考えておく、とのことらしい」

 なるほど、とファルコの最後のひとことに私は思わず頷いていた。
 将軍が暴れるのは良いが、そのあたりどうなっているのかは気になっていたのだ。

「それならば、今回の件は『演習の一環』とでもさせて貰いましょうか、将軍」
「そうだな、お館様にあまり手間を取らせないようにせねばならんだろうしな!」
「……そう思ってんなら、宿崩壊させるようなコトはすんなよ……?」

 私と将軍との会話を聞いた、ファルコの目が猜疑心に溢れている。

 正直、連れてきた三人の部下を含めた4人がかりでも、将軍一人を止められるかどうかは怪しいモノだ。

 特に犯人集団がもし人質にでも働こうとしていた日には、建物の無事まではとてもじゃないが保証しきれない。

「まあ、相手次第か……私個人としては、茶葉の件で実家が財政難になりそうだからと詐欺を思いつき、そのまま自分が勇者になって〝姫〟をお救いするのだ!などと妄想の翼をここまで広げた主犯の男にこそ興味がある」

 二つも三つも欲をかくことは、自分に自信があるにせよ、なかなか実行にまで移す者はそうはいない。

「あー……ケネト、まあ、ほどほどにな? 軍の新人相手とは違うからな?」

 ピクリとこめかみを痙攣ひきつらせた将軍に、心外だとばかりに私は微笑わらってみせた。

「無駄に高いばかりの若手のプライドを叩き壊すのも、年長者としては大事なことですよ、将軍?本来であれば他領のことには口も手も出しませんが、将来のもめ事を未然に潰しておくのも大切なことでしょうからねぇ」

 回りまわって、我らが貴婦人・レイナ嬢のためにもなるかも知れない。
 そう言うと、将軍もファルコも完全に黙り込んだ。

 元はと言えばコンティオラ「公爵」令嬢が、自分こそがお館様の隣に!とまとわりついていたのも原因のひとつだ。

 身分差だけでは覆しようもない差があると、あの令嬢は思い知れば良い。

「将軍は思い切りやって貰って結構ですよ。あとは私が何とかしましょう」


 ――イデオン公爵領防衛軍の、戦い方の真価と共に。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

【完結】略奪されるような王子なんていりません! こんな国から出ていきます!

かとるり
恋愛
王子であるグレアムは聖女であるマーガレットと婚約関係にあったが、彼が選んだのはマーガレットの妹のミランダだった。 婚約者に裏切られ、家族からも裏切られたマーガレットは国を見限った。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。