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第三部 宰相閣下の婚約者
674 その花束に愛はない
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コンティオラ公爵家の護衛ウリッセの義妹は、アジーラと言う名前らしい。
「義兄さま……!」
ウルリック副長やベルセリウス将軍の傍をすり抜けた儚げ美女が、ウリッセの胸に飛び込んで、その胸にしがみついていた。
「義兄さま、義兄さま、どうして私なんかのために……!」
しかも両手でドンドンと、ウリッセの胸を叩いている。
「アジーラ……怪我は?」
「ありません! ちょっと疲れただけです! 私は義兄さまにとっての人質だからと、ずっと閉じ込められていただけでしたわ! ……ちょっと一瞬、何言ってるのか分からない方が部屋にいらして気持ち悪かったですけど、それもあちらの方々が助けて下さいましたし!」
「「「…………」」」
何を言っているのか分からない?
気持ち悪い?
もしかして、そこで項垂れている男のことだろうか……と、ウルリック副長に目線で問いかけてみたら、なかなかにステキな笑顔を返された。
「ちょうど我々がセルマの宿に踏み込んだ時に、二階の一室で滔々と三流舞台俳優の如く演説をぶっていた声が聞こえましてね」
もともとアンジェスには、高位貴族向けの芝居文化はあまり根付いておらず、むしろ定期的に、王都の噴水広場を利用しての大道芸や旅一座による公演が開かれているんだそうだ。
主に彼らはアンジェス国内を巡っており、市民層向けの娯楽要素が強いと言う。
確かに一流もいれば二流三流もいるだろう。
で? と思ったのが顔に出たのかも知れない。
ウルリック副長は、その時の様子を詳しく思い出そうとするかの様に、口元に手をやって考え込んだ。
「正室はもう決めているが、キミのような清楚な美人も私は大歓迎だ……でしたか。私の家はそれなりに高位だし、何不自由のない暮らしをさせてあげられるぞ! とも言ってましたかね。まあ……花畑在住令嬢でなければ、普通に聞けば『コイツ何言ってんだ』になるのでは? 自分の功績で稼いだ金ではなく、親の地位と金とコネで出来た花束をドヤ顔で差し出しているようなものですし」
前半の、恐らくはナルディーニ侯爵令息の発言と思われるそのナルシーな中身にもドン引きだけど、後半のウルリック副長のぶった切りにも驚いた。
「……そ、そうなのね」
と言うかウルリック副長の方が、劇作家にでもなれそうな表現力を持ってはいまいか。
どうやらウリッセの義妹さんは、しばらく捕まっていたからと言って、偽勇者に対して「吊り橋効果」を覚えるようなことにはならなかったらしい。
「くそっ……私はナルディーニ侯爵家の嫡男だぞ……私は……」
親指の爪を嚙みながらブツブツと呟いているナルディーニ侯爵令息には、果たしてこちらの声は届いているのだろうか。
「副長……アレ、壊れてませんか?」
言外に「話が聞けるのか」と仄めかす私に「大丈夫ですよ」と副長は微笑んだ。
「ああいう手合いは、ちょっと本人のプライドをくすぐれば、すぐに意識がこちらに向きますから。今は好きなだけ落ち込ませておけば良いですよ」
「……ソウデスカ」
「レイナ嬢、深く追求せぬ方が良いぞ! ケネトのやることをイチイチ気にしていたら、胃に穴があくからな」
私とウルリック副長のやりとりを聞きながら「ははは……!」と笑うベルセリウス将軍に「将軍は気にして下さい」と副長はピシャリと返していた。
もっとも双方特に含むところはなく、これが通常運転ではあるのだが。
「――要はアジーラ嬢にとっては、ナルディーニ侯爵令息の言動はいちいち気持ちが悪かったと言うことです」
「あはは……」
おかっぱワカメ。
肩までの長さのワンレンウェーブ。
形容詞は何でも良いけど、どうやらアジーラ嬢にとっては、その容姿は魅力的には映らなかったらしい。
「アジーラ……」
そんなこちらのやり取りは、いやでも耳に入る。
困惑も顕わに義妹を見下ろすウリッセを、アジーラ嬢はキッ!と見上げた。
「義兄さま! もちろん、捕まってしまった私が言えたことではないのですけれど、どうして邸宅に許可のない者を引き入れてしまわれたのです⁉ お義母さまは、あれほど真摯に奥様にお仕えしていらしたのに……!」
アジーラ嬢の血縁上の母親は、先代エモニエ侯爵の後妻だと言う話だけれど、どうやらアジーラ嬢にとっての「母」は、ヒルダ・コンティオラ公爵夫人の乳母を長年務めていた、ウリッセの実母にあたる女性の方であるらしかった。
「相手の立場が上だと思われたなら、もっと周りの方々を頼れば宜しかったのでは⁉ 義兄さまの周りには、知恵でも力でも、貸して下さるような方は一人もいらっしゃらなかったのですか⁉」
「それは……」
グッと唇をかみしめるウリッセに、近くにいたヒース君が、その通りだと言わんばかりの視線を向けていた。
「そうだな、ウリッセ。私はここ何年も学園の寮にいた。邸宅に誰か間者がいるかも知れないと思って話しづらかったのなら、私に話してみて欲しかったと思うよ。母が乳母を信頼していたのは、私の目からも明らかだった。来てくれれば最善の策を考えただろうと思うが……遅きに失したな」
「……っ」
護衛の立場からすれば、主家の人間に相談を持ち掛けると言うのは、実際にはそう簡単なことではない。
だけど今回は、どう考えても軽い人生相談レベルで済む話じゃなかった。
ヒース君の器があれば、ちゃんと正面から向き合ってくれたのではないだろうか。
それは多分、昨日今日顔見知りになった私なんかよりも、よほどウリッセが分かっていなければならなかったことだ。
唇をかみしめて俯いたウリッセから、アジーラ嬢は静かに離れた。
離れてそして――こちらに向かって深々と頭を下げた。
「実際の血のつながりはどうであれ、私の家族は兄ウリッセと亡き母の二人です。兄の罪は私の罪。亡き母に将来顔向けの出来る生き方を貫くためにも、私は兄と共に裁かれることを覚悟しております」
「‼」
ウリッセと乳母が家族だと断言をするアジーラ嬢は〝カーテシー〟の礼を取らなかった。
だけどその姿はこの場の誰よりも誇り高く、輝いて見えた。
「義兄さま……!」
ウルリック副長やベルセリウス将軍の傍をすり抜けた儚げ美女が、ウリッセの胸に飛び込んで、その胸にしがみついていた。
「義兄さま、義兄さま、どうして私なんかのために……!」
しかも両手でドンドンと、ウリッセの胸を叩いている。
「アジーラ……怪我は?」
「ありません! ちょっと疲れただけです! 私は義兄さまにとっての人質だからと、ずっと閉じ込められていただけでしたわ! ……ちょっと一瞬、何言ってるのか分からない方が部屋にいらして気持ち悪かったですけど、それもあちらの方々が助けて下さいましたし!」
「「「…………」」」
何を言っているのか分からない?
気持ち悪い?
もしかして、そこで項垂れている男のことだろうか……と、ウルリック副長に目線で問いかけてみたら、なかなかにステキな笑顔を返された。
「ちょうど我々がセルマの宿に踏み込んだ時に、二階の一室で滔々と三流舞台俳優の如く演説をぶっていた声が聞こえましてね」
もともとアンジェスには、高位貴族向けの芝居文化はあまり根付いておらず、むしろ定期的に、王都の噴水広場を利用しての大道芸や旅一座による公演が開かれているんだそうだ。
主に彼らはアンジェス国内を巡っており、市民層向けの娯楽要素が強いと言う。
確かに一流もいれば二流三流もいるだろう。
で? と思ったのが顔に出たのかも知れない。
ウルリック副長は、その時の様子を詳しく思い出そうとするかの様に、口元に手をやって考え込んだ。
「正室はもう決めているが、キミのような清楚な美人も私は大歓迎だ……でしたか。私の家はそれなりに高位だし、何不自由のない暮らしをさせてあげられるぞ! とも言ってましたかね。まあ……花畑在住令嬢でなければ、普通に聞けば『コイツ何言ってんだ』になるのでは? 自分の功績で稼いだ金ではなく、親の地位と金とコネで出来た花束をドヤ顔で差し出しているようなものですし」
前半の、恐らくはナルディーニ侯爵令息の発言と思われるそのナルシーな中身にもドン引きだけど、後半のウルリック副長のぶった切りにも驚いた。
「……そ、そうなのね」
と言うかウルリック副長の方が、劇作家にでもなれそうな表現力を持ってはいまいか。
どうやらウリッセの義妹さんは、しばらく捕まっていたからと言って、偽勇者に対して「吊り橋効果」を覚えるようなことにはならなかったらしい。
「くそっ……私はナルディーニ侯爵家の嫡男だぞ……私は……」
親指の爪を嚙みながらブツブツと呟いているナルディーニ侯爵令息には、果たしてこちらの声は届いているのだろうか。
「副長……アレ、壊れてませんか?」
言外に「話が聞けるのか」と仄めかす私に「大丈夫ですよ」と副長は微笑んだ。
「ああいう手合いは、ちょっと本人のプライドをくすぐれば、すぐに意識がこちらに向きますから。今は好きなだけ落ち込ませておけば良いですよ」
「……ソウデスカ」
「レイナ嬢、深く追求せぬ方が良いぞ! ケネトのやることをイチイチ気にしていたら、胃に穴があくからな」
私とウルリック副長のやりとりを聞きながら「ははは……!」と笑うベルセリウス将軍に「将軍は気にして下さい」と副長はピシャリと返していた。
もっとも双方特に含むところはなく、これが通常運転ではあるのだが。
「――要はアジーラ嬢にとっては、ナルディーニ侯爵令息の言動はいちいち気持ちが悪かったと言うことです」
「あはは……」
おかっぱワカメ。
肩までの長さのワンレンウェーブ。
形容詞は何でも良いけど、どうやらアジーラ嬢にとっては、その容姿は魅力的には映らなかったらしい。
「アジーラ……」
そんなこちらのやり取りは、いやでも耳に入る。
困惑も顕わに義妹を見下ろすウリッセを、アジーラ嬢はキッ!と見上げた。
「義兄さま! もちろん、捕まってしまった私が言えたことではないのですけれど、どうして邸宅に許可のない者を引き入れてしまわれたのです⁉ お義母さまは、あれほど真摯に奥様にお仕えしていらしたのに……!」
アジーラ嬢の血縁上の母親は、先代エモニエ侯爵の後妻だと言う話だけれど、どうやらアジーラ嬢にとっての「母」は、ヒルダ・コンティオラ公爵夫人の乳母を長年務めていた、ウリッセの実母にあたる女性の方であるらしかった。
「相手の立場が上だと思われたなら、もっと周りの方々を頼れば宜しかったのでは⁉ 義兄さまの周りには、知恵でも力でも、貸して下さるような方は一人もいらっしゃらなかったのですか⁉」
「それは……」
グッと唇をかみしめるウリッセに、近くにいたヒース君が、その通りだと言わんばかりの視線を向けていた。
「そうだな、ウリッセ。私はここ何年も学園の寮にいた。邸宅に誰か間者がいるかも知れないと思って話しづらかったのなら、私に話してみて欲しかったと思うよ。母が乳母を信頼していたのは、私の目からも明らかだった。来てくれれば最善の策を考えただろうと思うが……遅きに失したな」
「……っ」
護衛の立場からすれば、主家の人間に相談を持ち掛けると言うのは、実際にはそう簡単なことではない。
だけど今回は、どう考えても軽い人生相談レベルで済む話じゃなかった。
ヒース君の器があれば、ちゃんと正面から向き合ってくれたのではないだろうか。
それは多分、昨日今日顔見知りになった私なんかよりも、よほどウリッセが分かっていなければならなかったことだ。
唇をかみしめて俯いたウリッセから、アジーラ嬢は静かに離れた。
離れてそして――こちらに向かって深々と頭を下げた。
「実際の血のつながりはどうであれ、私の家族は兄ウリッセと亡き母の二人です。兄の罪は私の罪。亡き母に将来顔向けの出来る生き方を貫くためにも、私は兄と共に裁かれることを覚悟しております」
「‼」
ウリッセと乳母が家族だと断言をするアジーラ嬢は〝カーテシー〟の礼を取らなかった。
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