聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

673 たのもうー!

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「た―のもう――‼」

 不意に聞こえた聞き覚えのある掛け声に「なぜ今、それ⁉」と、私が椅子からずり落ちそうになり、ファルコがガクッと右の肩を落としていた。

「ちょっと、ファルコ……」

 どう考えても他にいないだろう、と言う元凶ファルコにちょっと責めるような視線を向けると「今言うか、普通……ここ他人ひとだろ……」と、とてもバツの悪そうな声が返ってきた。

 目線もこちらから逸らされている。

「そう言うわけでファルコ、お返事」
「いや、元はと言えば――」
「お・へ・ん・じ」

 笑顔で圧をかけると、この件では元から不利なファルコが、片手でガシガシと頭をかきながら立ち上がって、コンティオラ公爵邸の応接間ドローイングルームの扉を開けた。

「あー、はいはい〝どうれー〟?」

「……新手の合言葉か何かか?」

 恐らくと言うか確実に「たのもう」も「どうれー」も、この部屋にいるファルコ以外の面々は誰も聞いたことのない単語だ。

 眉をひそめたお義兄様ユセフに、私は「私の居た国で、屋敷の主人への取り次ぎ、案内を頼みたい場合にかける声と、それに答える声の型通りのやり取りです」とだけ説明しておいた。

 ベルセリウス将軍の声で聞いたら、やっぱり道場破りだな……と思ったのは、自分一人の胸にしまっておく。

「きっと私の国の習慣が、ベルセリウス侯爵のお気に召したんでしょう」
「…………そうか」

 現代日本においては、もはや時代劇の上でしか聞かないくらいだけれど、それも説明すると長くなるので、もう無理矢理話をまとめた。

 どうやらキヴェカス事務所でエリィ義母様と話をしていたことは、右から左に抜けたらしいお義兄様ユセフは、聞いても無駄と判断したんだろう。それ以上根掘り葉掘り聞いて来ることはなかった。

「お嬢さん、どうすんだ?まさか全員中に入れねぇだろ?」

 扉を完全に開ききる前にそう聞いてきたファルコに、私は一瞬考えて、とりあえず「うん」と返した。

「ただ命じられただけっぽい下っ端は、この邸宅おやしきの牢にまとめて放り込んで貰ってるから、誰かに案内して貰って?この部屋には……セルマの宿に居た中での取りまとめ役と、ナルディーニ侯爵令息と補佐がいれば、充分話は聞けるんじゃないかな――あ、あとウリッセの義妹さん? 無事な姿をお義兄さんに見せてあげないとね」

 この邸宅で雇われている〝影の者スクゥーガ〟とイデオン家の〝鷹の眼〟とフォルシアン家の〝青い鷲〟は、自分たちで何とでも考えるだろうと、敢えて指示は出さなかった。

 コンティオラ公爵邸の中庭を手合わせで破壊するでも何でも好きにすれば良いと思う。

 イデオン公爵領防衛軍の面々がいれば、オノレ子爵も彼らに話を聞けば充分と考えるだろうし。

「――レイナ嬢! 我らが貴婦人! 息災ですかな‼」

 そんなことをつらつらと考えている内に、いつの間にやらベルセリウス将軍が大股に部屋の中へと入って来ていた。

 ひ……っ、なんて声が聞こえたのはマリセラ嬢かデリツィア夫人か、あるいはその両方か。

 ベルセリウス将軍も公式な式典には出る筈だから、初対面と言うことではない筈だけれど、あの大声と威圧感は、びっくりするなと言う方が難しいのかも知れない。

 さらに将軍を追いかけようとする足音と、こちらにとっては聞き慣れた声が、耳へと飛び込んでくる。

「将軍! ここはイデオン公爵邸ではないのですから、その無駄な威圧を少しはお控え下さい! 皆が皆レイナ嬢の様に肝が据わっているわけではないのですよ⁉」

 ……ウルリック副長、それ、褒めてます?

 うっかり190cm越えのベルセリウス将軍を見上げてしまった為に視界から洩れていたのだけれど、将軍は後ろ手に縛られた男を一人、無理矢理前を歩かせていた。

(…………おかっぱワカメ)
 
 目線が完全に下を向いてしまっているため、表情が窺えない。
 服装と髪型からすると「チャラ男」と言いたくなるような雰囲気だ。

 まあだけど、ベルセリウス将軍が規格外なので、それなりの身長はありそうだけれど、それ以上の印象が埋没してしまっていた。

 ナルディーニ侯爵令息――で、良いんだろうか?と思っていると、そのすぐ後ろに、今度はウルリック副長がちゃっかりと儚げ美人のエスコートを請け負う形で姿を現した。

 なるほどそのために、将軍からやや遅れて部屋に入ってきたのか。

 とにもかくにも、私はソファから立ち上がって、将軍に向かって〝カーテシー〟を披露する。

「ベルセリウス侯爵閣下。今回はこちらからの無理難題を快くお引き受け下さって有難うございました。王宮のイデオン宰相閣下もさぞ喜んでいらっしゃるかと存じます」

「なに、そう畏まって貰わずとも良い。いつものように『将軍』と呼んでくれて構わぬしな!むしろ久々の全力の遠駆けと、我らも良い実地訓練になったと思っている!」

 楽しかった!と言わないところがせめてもの救いなんだろうか。

 恐らく手も足も出なかっただろうから、ちょっとした運動扱いされた時点で、ゴロツキ連中の自信もプライドも、今頃粉微塵になっているだろう。

「ええ、まあ、概ね私も将軍には賛成しますよ」

 ……そして普段なら、何が「ちょっとした」だとか、不謹慎だとか言いそうなウルリック副長が、今回に限ってはそれを止めなかった。

「イデオン公爵領防衛軍が武闘派のうきん一色に染まらないためにも、定期的な頭の体操は必要だと思っていますので、今回は私も良い準備運動をさせて貰いましたよ。欲を言えばもう少し歯ごたえが欲しかったですが、何であっても、求め過ぎは己の足元を掬われかねませんしね。今回はこの辺りで引いておくべきか……と思っていたところです」

「…………なるほど」

 アシェル以下防衛軍の部下三人、何なら将軍までがそこかしこに視線を逸らしているので、その辺りは、何か聞いてはいけない攻防があったのかも知れない。

「――アジーラ!」

 じゃあ、どこで誰が口火を切って話を聞くべきか……と思っていると、部屋の隅で項垂れていた筈のウリッセが、入って来た一行を見て弾かれた様に顔を上げて立ち上がっていた。
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