聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

671 それって御礼ですか?

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 イフナースの後ろに付いて入って来た年配の男性が、恐らくはカルメル商会長なんだろう。

 公爵家の応接間は、一般的なそれよりもかなり広いと思われる。

 とは言え、今この部屋には関係者やら護衛やら高等法院関係者やら、人数だけで既に圧迫感を感じる様な状態にあった。

「ある程度副団長経由で聞いてはいましたが……これはまた壮観ですね」

 さすがのイフナースも僅かに眉を動かしていたし、カルメル商会長にいたっては完全に顔色を変えて、こめかみ辺りをひくつかせていた。

 素早く辺りを見回したイフナースは、私に気付くと軽く目礼だけを行い、そのままヒース君の方へ歩み寄って一礼した。

 恐らくは聞いていた年齢と背格好から、すぐに判断をしたんだろう。

 そのあたりは、さすが商業ギルド職員と言ったところだろうか。

「王都商業ギルド不動産部門の部門長を務めておりますイフナース・クインテンです。この度は不躾な訪問を快くお引き受け下さって感謝しております。ギルド長リーリャ・イッターシュに代わって御礼申し上げたいと存じます」

「コンティオラ公爵家嫡男のヒースです。このたびの件にギルドの立会いが必要だと言うのは理解をしています。礼儀作法の遵守を必要以上に強要するつもりはないので、重要なのは経緯の整理と追及と、割り切って貰って構いません」

「次期公爵閣下の寛大なお言葉、ギルドとしても大変に有難く受け止めております。どうぞこれからも良き関係を続けていければ幸いに存じます」

「そうであれれば有難いですね」

 慇懃無礼、と言う単語が実にしっくりとくる話し方だった。それもお互いが。

 ギルド長が膝をつくのは国王陛下のみ、その下に付く部下たちに関しても、必要以上に貴族階級に遜らなくても良いとされているためのイフナースの話し方。

 ヒース君も、相手がギルド、自分はまだ学生と言うことを考えながら、必要以上に居丈高にならない会話を心掛けた。

 その結果が、互いが互いの立場を守っているのだと言うことを仄めかす形になったのだ。

 お義兄様ユセフやオノレ子爵は、それも当然とばかりに表情を変えていないものの、その他の面々は、この居心地の悪い空間にそれぞれが微妙に顔を痙攣ひきつらせていた。

「コンティオラ公爵令息、もうすぐこの場にブロッカ商会とシャプル商会を都合よく動かした者が到着すると聞き及んでおります。まずはその場への同席を請うてもよろしいですか」

 都合よく動かした、のところに含みを感じたのは気のせいだろうか。

 いや、ブロッカ商会長を始めとする関係者の肩がそれぞれ一瞬跳ねあがったので、気のせいじゃなかったみたいだ。

「もちろんです、クインテン殿。ではこちらからも、に何人かが話を聞く許可をいただけますか? そちらカルメル商会の商会長と拝察していますが」

「もちろんです。商会と商人の保護はギルドの義務ですが、隠しごとや庇いだてと、それは同義語ではありませんので。――ただ、その前に」

 そう言ったイフナースは、おもむろに隣の男性の肩に手を置くと、私の方にそっと押し出した。



 あくまでも王都商業ギルドにとっては、私は「レイナ・ユングベリ」であることを強調する形で、イフナースは私に話しかけてきた。

「全ての点を線で繋いだのは貴女だと聞きました。ギルド長からは、いずれまた場を設けさせて欲しいと伝言を預かっていますが、まずはギルドとして、カルメル商会長から頭を下げさせるのが妥当との判断で、今日はこちらへ」

「…………えっと?」

 確かラジス副団長からは「資金回収のメドが立ったことへの礼」と聞いたように思うのだけれど、イフナースの口調や態度はどうも微妙にずれている気がする。

 多分無意識に眉根を寄せていたんだろう。
 イフナースは微かに口角を上げていた。

「その……御礼を言われるほどのことはしていないと言うか……頭を下げるのであれば、むしろ先に下げなくちゃいけない人がいるのでは?と言うか……」

「フォルシアン公爵令嬢?」

 ハッキリしない私の話し方に首を傾げたのは、ヒース君だ。
 とは言えお義兄様ユセフやオノレ子爵も、ちょっと怪訝そうだ。

「ユングベリ商会長は謙虚ですね。額はともかく、資金回収のあてをつけられたのでは?」

「とある高位貴族の邸宅やしきにある家財道具でも何でも、売り払って間に合わせれば良いと思っているだけですよ。巻き上げた土地なら返せば終わりですし、宝石に変えているなら再度売れば良い。相場の含み損くらいは今回の『授業料』だと呑み込んで貰ったら、それで話は終わりでしょう」

 勝手にナルディーニだのエモニエだのと口にするわけにもいかないので、さすがにそこはぼかしておくけれど、今回の件に少しでも携わっていたら、そこは言わずとも分かる筈だ。

「授業料……ですか」

 カルメル商会長の肩に手を置いたままのイフナースの表情は、妙に笑顔だ。
 もう、含みがあると言わんばかりだ。

「――だ、そうですよカルメル商会長」

 イフナースの声に、カルメル商会長の身体が僅かに反応している。
 あれ、小刻みに震えてたりなんかしないだろうか。

「……イフナースさん」
「何でしょう、ユングベリ商会長」
「もしかしてここへ来るのに……私の名前を利用して、で来ていませんか?」
「おや。なぜ、そんな風に?」

 顔色の悪いカルメル商会長とは対照的に、イフナースの表情は変わらなかった。

 周囲も、私が次に何を言わんとしているのか見ているだけで、誰も割って入ってこないので、どうやらこのまま話し続けるしかなさそうだった。

「確かカルメル商会への投資詐欺に関しては、ブロッカ商会の存在を仄めかせながらシャプル商会が現われたことで、信用して資金を渡している。コンティオラ公爵家の家庭教師に関しては、この家に出入りしていたカルメル商会がそもそもは相談をされていたのに、実際に紹介をしたのはブロッカ商会関係者。ブロッカ商会長は元ビュケ男爵家の人間。カルメル商会はビュケ男爵領に本店を持つ商会。……果たしてカルメル商会は、純度百パーセントの被害者だと言えるのか」

「「なっ……⁉」」

 驚いているのは、お義兄様ユセフやヒース君。
 オノレ子爵は興味深げに表情筋を僅かに動かしただけで、肝心のイフナースは、何の動揺も見せていなかった。

「ビュケ男爵家に恩があるのか弱みがあるのかは知りませんけど、その縁者であるブロッカ商会長が法に反することを行っていると知りながらも、止めることをせずにコンティオラ公爵家に紹介をしたんですから、これもある意味片棒担ぎだと思いますけどね」

 片棒、を強調したところでマリセラ嬢の表情が痙攣ひきつっているのが視界の片隅に見えているけれど、フォローをする気には、もちろんなれない。

「イフナースさんも、アズレート副ギルド長の事情聴取を聞きながら、そんな風に思ったんじゃないんですか? そしてこの邸宅おやしきに来て、その辺りも含めた今回の事件の全容解明に、もしも自分が加わることが出来れば、ギルド内においてのポイント加算に色が付くんじゃないかと思った」

 実際、この件で上手く立ち回れれば、地方都市のギルド長としての道筋が立つんじゃないかとラジス副団長も言っている。

「もちろん、ギルドに詐欺被害を訴え出られたくらいなんですから、渡した資金は相当な額だったんでしょうし、多少なりとお金が戻りそうだと聞いて安堵した部分はあるんでしょうけれど――私にお礼、ります?」

 むしろビュケ男爵家との関係を問われた時点で、何か情状酌量を訴えたいがために巻き込みたいのでは?

 そう言って首を傾げた私に、イフナースは微笑わらったまま、すぐには答えなかった。
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