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第三部 宰相閣下の婚約者

670 その指名は断りたい

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「お義兄様……この邸宅おやしき内で聴取を完結させてしまうのであれば、コンティオラ公爵夫人やクレト・ナルディーニ卿のお子さんたちにも戻って来て貰った方が……」

 と言うか現状どうなっているのかが分からず、不安に苛まれている可能性がある。

 見上げた私にお義兄様ユセフが答えかけたその先で、アシェルが「その件でしたら」と片手を上げた。

「私がこの邸宅やしきに向かったのと同様に、フォルシアン公爵邸にもあちらの護衛から一人、報告に向かっていますので、話は伝わっているかと」

「え、そうなのアシェル? あ……でも考えてみれば当たり前か」

 ナルディーニ家の小さな兄妹はともかく、ヒルダ夫人はずっと仕えてくれていたウリッセの義妹の話だ。伝えてあげる方が良いに決まっている。

 どうやらフォルシアン公爵家〝青い鷲〟には、気配りの出来る護衛がいたようだ。

「とは言え、こちらに来て貰うよう、迎えは出して貰った方が良いだろうな」

 やらかしているのはマリセラ嬢だけだとは言え、偽教師が来ることになったきっかけや授業の様子など、他の証言の補完的な意味で話を聞く必要はあるだろう、とお義兄様ユセフが後押しとばかりに口を開いた。

「ヒース殿。コンティオラ公爵家から、出来れば家紋のない馬車で誰か迎えにやって貰っても?」

「もちろんです。元々、貴家のご厚意に甘えて滞在させて頂いているに過ぎないのです。すぐに当家から迎えをやります。フォルシアン公爵夫人には、後日改めて御礼に伺わせていただきますので」

「…………そうか」

 うん。
 お義兄様ユセフの返事に間があったのは、ちょっと気持ちが分かりました。
 多分、エリィ義母様馬車に同乗して来そう――とか思いましたよね?
 ええ、私もです。

 もし護送されてくる連中の中に「シャプル商会」を名乗った人間がいたなら、明らかにコデルリーエ男爵家の内情とダリアン侯爵家の関与の有無を問い詰めそう。

 仮に全てがブロッカ商会、あるいはナルディーニ侯爵令息の指示だったとすれば、それはそれでエリィ義母様の怒りはそっちに向くだろう。

 下手をすれば「怒りの森の美女みたび」。
 でも今は皆の精神的な安定を慮って、口を噤んだ……と。

 私よりも親子歴が遥かに長いのだから、それは当然察しもつきますね、お義兄様。

 コンティオラ公爵家の使用人が部屋を出ていくのを見送った目が、ちょっと遠い目になってます。

「――イレネオ」

 そんな中、その使用人と入れ違いに、また一人別の使用人が外から姿を現し、今度は家令イレネオに何やら耳打ちしていた。

 ここ何日かのコンティオラ公爵家は、きっと近年でも稀にみる忙しさなのではないだろうか。

「フォルシアン公爵令嬢様、ラジス副団長様」
「あっ、えっ、私⁉」

 まるで予期していなかったタイミングで家令イレネオに呼ばれてしまい、うっかり貴族の子女らしくない声を上げてしまった。

 エリィ義母様に減点されそうだ、と思ったのを見透かしたかのように、お義兄様ユセフも軽く咳払いをしている。

「し……失礼。わたくしに何かご用かしら、イレネオ?」

 対して、家令と言うのはどこも無視スルー技術が磨き上げられているらしく、一瞬イデオン家のセルヴァンを彷彿とさせるかの様に、私の令嬢らしくないリアクションを華麗に無視スルーしていた。

 ラジス副団長はと言えば、私のリアクションにちょっと肩を震わせながらも、イレネオが何かを言う前に「イフナースが来たんだろう」と、彼自身の予想を口にした。

「仰る通りにございます、ラジス副団長様。王都商業ギルドから不動産部門長イフナース・クインテン卿と名乗っておられる方が、お二方をお尋ねです。――それと」

 ラジス副団長の予想を肯定しつつも、イレネオが思いがけない話をその後に続けた。

「カルメル商会の商会長様が同行されていらっしゃるそうです。どうしてもユングベリ商会の商会長様に会って御礼を申し上げたい――と」

「「え⁉」」

 イフナースとラジス副団長の交代の話しか聞いていなかったのは、どうやら副団長も同じだったらしく、二人して疑問の声を上げてしまった。

「……今、カルメル商会と言ったか?」

 当然イレネオのその言葉には、私とラジス副団長だけではなく、関係者全員の事情聴取を行いたい、高等法院次席法院長クロヴィス・オノレ子爵も反応する。

「フォルシアン公爵令嬢、ラジス副団長。横から口を出すようで悪いが、その彼らは中に招き入れて貰えまいか? カルメル商会とは、今回の詐欺事件の関係者、それも被害者の商会の一つだろう? ぜひ話が聞きたい」

「え……と、まだ彼らの資金おかねも回収出来ていませんし、御礼と言われると困惑してしまうのですが……」

「いや、目の前に資金の実物がなくとも、首謀者が目の前にいて、巻き上げた資金の行方を事情聴取出来そうだとなれば、それだけでも感謝には値するだろうよ。そちらの話が終わるまで口は差し挟まぬゆえ、頼みたいのだが」

 困ったな、とばかりに私が視線を泳がせると、お義兄様ユセフは許可を出せとばかりに頷いているし、ラジス副団長は「どのみち俺は交代しなきゃならん。屋外での引継ぎは勘弁な」と、肩をすくめていた。

「まあさすがにリーリャギルド長も、高等法院関係者がここにいることまでは予測してなかった筈だが、カルメル商会長とブロッカ商会長とを相対させたいんだろうとは思うぜ? 納得のいくようにさせてやれば良いんじゃねぇか?」

「ああ……一発くらいは殴らせてやれ、と」

「……俺はそこまで言ってねぇぞ」

「でも、そう言うことなんでしょう?」

「その辺はイフナースに確認してくれ。アイツの細腕じゃ、カルメル商会長が暴れたとしても多分取り押さえられん。リーリャギルド長から何を言われて来ているか……だな」

 もとよりカルメル商会長はガッツリ関係者だ。
 無関係、と追い返すのであればイフナースをそうするのが正しい。
 だけどイフナースは、ギルド長からの許可を得て、カルメル商会長を連れてこの場に現れた。

 ラジス副団長が引き上げるのだから、事実上イフナースがギルド側の代表者となる。

「……加害者側の逃げ場が多分ゼロになった、と言うことだけは分かりました」

 今こちらに向かっている面々(特にウルリック副長)に、オノレ子爵に、イフナース。


 居心地悪そうだなぁ……と思いながらも、こちらも観念して受け入れるしかなかった。
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