聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

666 反論の権利は誰のもの

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 ブロッカ商会長がコンティオラ公爵家から巻き上げようとしたお金に関しては取り戻すことが出来たものの、それ以前のお金に関してはどうしたのかとラジス副団長が威嚇交じりに聞くと、どうやら既にナルディーニ侯爵家に献金された後らしいことが分かった。

「本家に溜め込まれているだけなら、カルメル商会や他の商会にも返せるかも知れませんね」

 あるいは土地買収や宝石購入での資産化をされていたとしても、相場による含み損程度で返せる可能性が高い筈。

 私の言葉にラジス副団長も賛同するように頷いた。

「そうだな。少なくともカルメル商会に関しては、ギルド長も副ギルド長も心配をしているから、何が何でも資金は回収しようと動くだろうな」

 フラーヴェク商会に関しても、子爵である領主に〝痺れ茶〟を盛ったと言うのが事実であるならば同情の余地は大いにある。
 ただ、娘可愛さで商人としての基本を疎かにしたと思われるチェルースト商会に関しては、厳しい部分はあるかも知れないと、ラジス副団長は言った。

 その辺りは一連の首謀者と思われるナルディーニ侯爵令息から話を聞かないと何とも言えない、とも。

「それと聞いていれば、フラーヴェク商会長を陥れるのにクヴィスト領のヒチル伯爵家が手を貸している疑いがあるっぽいよな?ちょっと、自警団の副団長ごときでは手に余る気がするんだよなぁ……」

 アズレート副ギルド長あたりと交代するか?などと、ラジス副団長が口元に手をやりながら考えこんでいる。

 リーリャギルド長が出てくると、それこそ強権発動で伯爵領への物資の流入が、一時的にせよ総止めになるくらいの強気な処置が取られかねないと言う。

 まだ副ギルド長の方が、最初のうちくらいは常識的な対応をするだろうからと言うことらしい。

 姉御肌全開のリーリャギルド長の性格諸々を考えれば、思わず頷いてしまう話だ。

「いや、副ギルド長は資金回収に回る方が良いか……いっそ義理のじーさんが貴族だって話のイフナースを来させるべきか?」

「!」

 多分ラジス副団長はそれほど深く考えずに口にしたのだろうけど、私はそれもアリかも知れないと、軽く目を瞠った。

 王都商業ギルド不動産部門長であり、将来ギルド長を目指すことが結婚の条件とされたイフナース・クインテン青年は、何と言ってもテオドル大公殿下の孫婿だ。

 大公サマの娘も孫も既に臣籍降嫁していて、特に孫は高位貴族ですらないとは言っても、背後に大公殿下の影が見えることは、今回に関しては有利に働く可能性があった。

「なあ家令さんよ、ちょっと人を借りても良いか?王都商業ギルドに遣いをやって、ギルド長にお伺い立ててみるわ。場合によっては、俺は交代する」

 コンティオラ公爵家家令イレネオは困惑したように、この場では公爵家の権限を実質預かるヒース君に目線でお伺いを立てた。

 イフナースの素性を知らないとは言え、ヒース君としても特に反対する理由はないと思ったんだろう。

 黙ってイレネオに向かって頷いて見せた。


 ――その結果、拘束されたナルディーニ侯爵令息らが王都に連行されて来られるであろうタイミングを見計らって、ギルド側はイフナースと交代することが決まった。

 どこまで資金を取り戻せるか、ナルディーニ侯爵令息との次第と言うことで、力押しの自警団よりも事務方が良いだろうとの話になったのだ。

 立場上土地がらみの揉め事に立ち会うこともあるイフナースであれば、騙し取られた資金が既に他の資産に化けていたとしても、何とかするだろうと思われた……と言うか、事実上「何とかしてこい」とギルド長から念押しをされたようなものだった。

 もしかすると、その成果によっては彼自身が地方都市のギルド長から新たなキャリアをスタートさせる可能性があり、本人もそんな空気を感じたのだろう。

 結果として、やる気か精神的な殺る気かに満ち溢れたイフナースを、コンティオラ公爵家は後ほど迎え入れることになったのだ。


*         *         *


 しばらくすると、王宮からの差し入れだと言う大量のサンドイッチと共に、私が王宮のエドヴァルド宛にしたためた経過報告に対する返書が、コンティオラ公爵家宛に届けられた。

 そこには、ナルディーニ侯爵令息を王宮牢に入れてしまうと、要らぬ憶測を呼んでナルディーニ侯爵家本家に話が洩れてしまう可能性があるからと、当面コンティオラ公爵家での軟禁を指示する内容が書かれていた。

 ギーレンの間者やサレステーデの王族たちで手いっぱいで、面倒が見きれないと思ったんじゃ――なんてことは口には出さないでおく。

 逆に下っ端は使があるから、しかるべき担当に引き取りに行かせる、などと怖いコトが書いてあるのも……深く考えたくないので無視スルーで良いですか、エドヴァルド様。

 ベルセリウス将軍たちが戻って来たら、その担当者にも同席させてやって欲しいと、その手紙は最後締めくくっていた。

「フォルシアン公爵令嬢。イデオン宰相閣下に食事の御礼をお伝え下さいますか。本来であればこの邸宅やしきの者として、私が気を回さなくてはいけなかったものを……」

 そう言って恐縮しきりのヒース君に、私は慌てて両手を振った。

「いえいえ!お昼にサンドイッチと言うのは、最近閣下が手軽に昼食が取れると好んで食していらっしゃるんです。きっと場が慌ただしくなることを察して、気を配って下さったんだと思います」

 凝ったコース料理などもってのほかだし、立食パーティーの様な形にするにしても準備時間ゼロでは、やりようもない。

 王宮とコンティオラ公爵邸は位置的にも近い。
 エドヴァルドの采配は非常に有難いと言うべきだった。

「…………どうして」
「え?」

 その時、それまでほとんどずっと言葉を発することがなかったマリセラ嬢が、涙目と声で、キッとこちらを見上げていた。

「どうして、貴女なの⁉ 私は何年も前からお慕いしていて、あの方に相応しくあれと所作やダンス、勉強と努力したのに!」

「姉上!」

 鋭い叱責の声を発したのは、私ではなくヒース君だ。

「何よ、ヒース! たまたま今回上手くいかなかっただけでしょう⁉ 足りない部分を仰って下さるなら、今からだっていくらでも努力出来るわ! それを、いつもいつも話さえ聞いて下さらない! 媚びることしかしていない、オルセン侯爵令嬢と同じ扱いだなんて、あんまりだわ!」

「……うーん……」

 私は正直、何とも言えない気持ちになってしまった。

 確かに一定の努力を重ねてきたのであれば尚更、トゥーラ嬢と同列にされるのは私でもイヤだ。
 だけどこの令嬢ひとは、根本的なところを間違えている。

 それを言ってしまって良いのだろうか……と思っていると、ハタとヒース君とお義兄様ユセフと視線がぶつかった。

 いいから言ってやれ、とヒース君の目線は語り、お義兄様ユセフに至っては顎が軽く動いていた。

 まるで反論は私の権利だとでも言わんばかりだ。

 惜しまず努力を出来る人、と言うのは嫌いではないのだけれど、こればかりは仕方がないのかも知れない。

 私は軽く息を吸い込んだ。
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685 忘れじの膝枕 とも連動! 
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