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第三部 宰相閣下の婚約者
665 言わない方が良いこともある
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「お嬢さん、取り返した金はどうします?ここの家令に返してしまって良いんですか?」
外で捕り物の一部始終を見ていたハジェスが、中に戻って来てからそう聞いてきたため、私はいったんストップをかけた。
「あっ、ちょっと待って!それだとお金を渡したって言う証明にならない可能性もあるから、いったん包んであるそのままにして、こっちに持って来てくれない?」
家令に返さないからと言って、部外者が保管を請け負うのもいただけない。
一瞬考えて、この部屋で目の届くところ、つまりはヒース君に預けておくことにした。
「元の保管場所に戻してしまうと、お金を支払ったと言うことが、水掛け論になりかねないので、王宮からしかるべき人間が派遣されてくるまでは、どうかそのままで」
王都商業ギルド所属のラジス自警団副団長や、王都警備隊の隊士キリーロヴ・ソゾンがいれば、証言者としては手堅いところだとは思うけど、念には念をいれておく。
「なるほど……予め高等法院で相手に主張されかねない話に反論の予防線を張っておくんですね?」
参考になります、とヒース君が頷いた。
「起こり得る未来の事態を複数予想しつつ、手を打っておくのはまぁ……基本ですしね」
「先の事態を見越して手を打つ……いや本当に、昨日今日で学園にいただけでは教わりようもないことを立て続けに学んでいる気がします」
「学園での勉強も、基礎教育としては大事だと思いますよ?多分ですけど……大事なのは、そこに固執しないことなんじゃないかと」
日本でだって、学校での成績がよくても、社会人になってポンコツと化す人はそう珍しくないと聞く。
頭でっかちになるな、とはかつての恩師も口にしていた話だ。
お義兄様はちょっと修正が必要かも知れないと思うけど、まだ卒業前であるヒース君には、ぜひ頑張って貰いたい。
「――失礼いたします、フォルシアン公爵令嬢様」
どうにもまだ耳慣れないのだけれど、コンティオラ公爵家家令イレネオが、私に向かって不意にそう話しかけてきた。
「アシェル・カーラッカ卿と仰る方がこちら、お見えでいらっしゃいます。何でもイデオン公爵領防衛軍に所属されておいでとか……」
「!」
ハッと顔を上げた私に、周囲からの訝しげな視線が向く。
「あ……っと、セルマに向かった内の一人です!多分、向こうで動きがあったのかも――」
そう答えた私の後を引き継ぐように、この邸宅の人間として、ヒース君が家令に「通せ」と答えていた。
アシェルは名誉職としての貴族位を本人が持つ、爵位持ちだ。
カーラッカ家を代々の貴族とするためには功績や納税、婚姻など様々な条件が付加されてくるため、今のところは本人のみの一代貴族として資格を維持している。
今はこのコンティオラ公爵家内には〝鷹の眼〟も複数人いるため、そちらに声をかけて入って来ても良かっただろうに、己の持つ位を考えて、小細工抜きで正面から入って来たらしかった。
「――レイナ様」
そして軍の皆はベルセリウス将軍を筆頭に皆「レイナ嬢」だったけれど、場の空気を読んだのか「様」付けで、案内されてくるなり軽く胸に手を当てて頭を下げた。
場の空気が読めると言う点では、アシェルはウルリック副長よりなのかも知れなかった。
「アシェル! アシェルがここに来たってことは、セルマの方は制圧出来たってこと?」
「街ごと制圧したみたいに聞かれてしまうと、答えるのが難しくなりますが」
そう苦笑しつつも、アシェルは「ええ。女性が軟禁状態にあった宿を押さえて、救出も完了しましたよ」と、答えた。
「女性も無事?」
恐らくウリッセが耳をダンボにしそうなことをとりあえず聞けば、アシェルは頷いた。
「緩めの軟禁状態だったとは言え、さすがに何日も自由の効かない状況下だったわけですから、憔悴はしていたようですが。五体満足と言う意味では無事です。色々と運ばないといけませんので、私に先行して報告に行けと、ウルリック副長が」
捕まえた連中や、救い出したウリッセの義妹を連れて来るのにはさすがに馬車が必要で、来た時よりも多少時間がかかるだろうからと、先に報告のためにアシェルを行かせたとのことだった。
「無事……」
それを耳にしたウリッセが深く息を吐き出し、緊張が高まっていた周囲の空気も僅かに緩んだ。
「ウルリック副長、他に何か言ってた?」
副長の性格と用意周到さを考えれば、それだけで先に行かせたとは考えにくい。
聞けば案の定、アシェルが口元を綻ばせた。
「将軍は思ったほど相手が強くなくて、やや消化不良だったみたいですが、ストレス解消にはなったようですね、と。副長ご自身は『ご想像通りの人物がいましたよ。いや、自分が優秀だと思い込んでいる人間のプライドと目論見を叩き潰すのはとても楽しかったですよ』と、伝えて欲しい――と」
「うわぁ……」
どうやら一緒に行った〝青い鷲〟の出番もそこそこに、ほぼほぼ将軍一人で相手を地に沈めていて、あとは義妹の救出や倒れた相手を縛る方に労力を割いていたらしい。
想像通りの人物、と言うからにはやはりホワイトナイトを気取るつもりでいたナルディーニ侯爵令息がそこにいたと言うことなんだろうけど……副長、何を言ったんだろう。
もちろん軍属であるからには、ウルリック副長も決して弱い人ではないのだけれど、基本がイデオン公爵領防衛軍の頭脳と目されている人で、ベルセリウス将軍の弟からも信が厚い。
ミカ君も「敵に回しちゃいけない人っているんだな、と学習したよ!」なんて、いつだったかこっそり言っていたくらいだから――うん、聞かない方が幸せなのかも知れない。
「あの……?」
要領を得ない、といった表情を見せているヒース君が見えたので、私は慌てて「ああ、セルマに潜伏していた連中も皆捕まったみたいです」と、言葉遊びに隠れた肝心な部分を掬い上げて報告しておいた。
そうか、とお義兄様もちょっと安心したようだ。
副長にバッキバキに心折られて、話聞けなくなってないと良いけど――なんてことは、皆が安心している今は、言わずにおいた。
……多分、ちょっと痙攣った表情を見せているアシェルも、同じ心境にいる気がした。
外で捕り物の一部始終を見ていたハジェスが、中に戻って来てからそう聞いてきたため、私はいったんストップをかけた。
「あっ、ちょっと待って!それだとお金を渡したって言う証明にならない可能性もあるから、いったん包んであるそのままにして、こっちに持って来てくれない?」
家令に返さないからと言って、部外者が保管を請け負うのもいただけない。
一瞬考えて、この部屋で目の届くところ、つまりはヒース君に預けておくことにした。
「元の保管場所に戻してしまうと、お金を支払ったと言うことが、水掛け論になりかねないので、王宮からしかるべき人間が派遣されてくるまでは、どうかそのままで」
王都商業ギルド所属のラジス自警団副団長や、王都警備隊の隊士キリーロヴ・ソゾンがいれば、証言者としては手堅いところだとは思うけど、念には念をいれておく。
「なるほど……予め高等法院で相手に主張されかねない話に反論の予防線を張っておくんですね?」
参考になります、とヒース君が頷いた。
「起こり得る未来の事態を複数予想しつつ、手を打っておくのはまぁ……基本ですしね」
「先の事態を見越して手を打つ……いや本当に、昨日今日で学園にいただけでは教わりようもないことを立て続けに学んでいる気がします」
「学園での勉強も、基礎教育としては大事だと思いますよ?多分ですけど……大事なのは、そこに固執しないことなんじゃないかと」
日本でだって、学校での成績がよくても、社会人になってポンコツと化す人はそう珍しくないと聞く。
頭でっかちになるな、とはかつての恩師も口にしていた話だ。
お義兄様はちょっと修正が必要かも知れないと思うけど、まだ卒業前であるヒース君には、ぜひ頑張って貰いたい。
「――失礼いたします、フォルシアン公爵令嬢様」
どうにもまだ耳慣れないのだけれど、コンティオラ公爵家家令イレネオが、私に向かって不意にそう話しかけてきた。
「アシェル・カーラッカ卿と仰る方がこちら、お見えでいらっしゃいます。何でもイデオン公爵領防衛軍に所属されておいでとか……」
「!」
ハッと顔を上げた私に、周囲からの訝しげな視線が向く。
「あ……っと、セルマに向かった内の一人です!多分、向こうで動きがあったのかも――」
そう答えた私の後を引き継ぐように、この邸宅の人間として、ヒース君が家令に「通せ」と答えていた。
アシェルは名誉職としての貴族位を本人が持つ、爵位持ちだ。
カーラッカ家を代々の貴族とするためには功績や納税、婚姻など様々な条件が付加されてくるため、今のところは本人のみの一代貴族として資格を維持している。
今はこのコンティオラ公爵家内には〝鷹の眼〟も複数人いるため、そちらに声をかけて入って来ても良かっただろうに、己の持つ位を考えて、小細工抜きで正面から入って来たらしかった。
「――レイナ様」
そして軍の皆はベルセリウス将軍を筆頭に皆「レイナ嬢」だったけれど、場の空気を読んだのか「様」付けで、案内されてくるなり軽く胸に手を当てて頭を下げた。
場の空気が読めると言う点では、アシェルはウルリック副長よりなのかも知れなかった。
「アシェル! アシェルがここに来たってことは、セルマの方は制圧出来たってこと?」
「街ごと制圧したみたいに聞かれてしまうと、答えるのが難しくなりますが」
そう苦笑しつつも、アシェルは「ええ。女性が軟禁状態にあった宿を押さえて、救出も完了しましたよ」と、答えた。
「女性も無事?」
恐らくウリッセが耳をダンボにしそうなことをとりあえず聞けば、アシェルは頷いた。
「緩めの軟禁状態だったとは言え、さすがに何日も自由の効かない状況下だったわけですから、憔悴はしていたようですが。五体満足と言う意味では無事です。色々と運ばないといけませんので、私に先行して報告に行けと、ウルリック副長が」
捕まえた連中や、救い出したウリッセの義妹を連れて来るのにはさすがに馬車が必要で、来た時よりも多少時間がかかるだろうからと、先に報告のためにアシェルを行かせたとのことだった。
「無事……」
それを耳にしたウリッセが深く息を吐き出し、緊張が高まっていた周囲の空気も僅かに緩んだ。
「ウルリック副長、他に何か言ってた?」
副長の性格と用意周到さを考えれば、それだけで先に行かせたとは考えにくい。
聞けば案の定、アシェルが口元を綻ばせた。
「将軍は思ったほど相手が強くなくて、やや消化不良だったみたいですが、ストレス解消にはなったようですね、と。副長ご自身は『ご想像通りの人物がいましたよ。いや、自分が優秀だと思い込んでいる人間のプライドと目論見を叩き潰すのはとても楽しかったですよ』と、伝えて欲しい――と」
「うわぁ……」
どうやら一緒に行った〝青い鷲〟の出番もそこそこに、ほぼほぼ将軍一人で相手を地に沈めていて、あとは義妹の救出や倒れた相手を縛る方に労力を割いていたらしい。
想像通りの人物、と言うからにはやはりホワイトナイトを気取るつもりでいたナルディーニ侯爵令息がそこにいたと言うことなんだろうけど……副長、何を言ったんだろう。
もちろん軍属であるからには、ウルリック副長も決して弱い人ではないのだけれど、基本がイデオン公爵領防衛軍の頭脳と目されている人で、ベルセリウス将軍の弟からも信が厚い。
ミカ君も「敵に回しちゃいけない人っているんだな、と学習したよ!」なんて、いつだったかこっそり言っていたくらいだから――うん、聞かない方が幸せなのかも知れない。
「あの……?」
要領を得ない、といった表情を見せているヒース君が見えたので、私は慌てて「ああ、セルマに潜伏していた連中も皆捕まったみたいです」と、言葉遊びに隠れた肝心な部分を掬い上げて報告しておいた。
そうか、とお義兄様もちょっと安心したようだ。
副長にバッキバキに心折られて、話聞けなくなってないと良いけど――なんてことは、皆が安心している今は、言わずにおいた。
……多分、ちょっと痙攣った表情を見せているアシェルも、同じ心境にいる気がした。
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