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第三部 宰相閣下の婚約者

【宰相Side】エドヴァルドの忍耐(4)

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 王宮内には、官吏や使用人たち用の食堂とは別に、王専用の食堂ダイニングがある。
 
 時間がない場合などには執務室や私室で簡単な物をつまんだりすることもあるようだが、多くはこの食堂にいて、時には家臣らが同席して、会議や報告を並行して行わせることもあった。

 だから決して、王専用の食堂ダイニングに三人の公爵が訪れることは、驚くほどの出来事ではない。

 私がフォルシアン公爵とコンティオラ公爵を伴って食堂ダイニングまでやって来た時、ちょうど中から出て来る管理部の長・ヴェンツェンとすれ違った。

 ヴェンツェン・ド・ブロイ。
 その才能と魔力量故に民間から引き上げられ、王都商業ギルド上層部と同様に、一代貴族としての爵位「ド・ブロイ」を与えられている男だ。

 管理部の長となる者は〝扉の守護者ゲートキーパー〟にも似た基準で、魔力量が重視され、同時に魔道具を整備開発する者としての才能も要求される。
 世間の想像以上に替えの効きづらい地位なのだ。

 この男が王の食堂ダイニングから出て来たところで、私は予想通りに、先ほどまでの念話の内容が筒抜けたのだと確信した。

「フォルシアン公爵、コンティオラ公爵。――すまない、覚悟してくれ」

「「⁉」」

 ここから先、甘い期待など持たせないに限る。

 私は小さな息をひとつ吐き出した後、二人の公爵の答えは待つことなく、目の前まで来た扉を軽く叩いた。

 最初に扉を開けるのは、老侍従マクシムだ。

「――どうぞ、陛下がお待ちです」

 私はマクシムに軽く頷いて見せた後、黙って隣を通り過ぎた。
 フォルシアン公爵、コンティオラ公爵もそれに続く。

「……別に私は、朝の時間を邪魔されたなどと責めるつもりはない。型通りの挨拶ならばしてくれるなよ?」

 儀礼に則っての〝ボウアンドスクレープ〟を遮るかのような声が、部屋の奥からは聞こえてきた。

「人が珍しく三国会談の為の公務に勤しんでいる間に……面白いことになっているじゃないか。もちろん、今日は私へのに来てくれたのだろう? ――宰相」

「…………陛下」

 手付かずの朝食を前に、テーブルから少し身体を離した状態で足を組み、片方の手は肘掛に乗せ、そこに軽く頬を添えると言う――食事の作法からはかけ離れた姿勢で、いかにも我々を待っていたと言わんばかりの国王陛下フィルバートが、そこに鎮座していた。

 口調こそ柔らかいが、目は全く微笑わらっていない。
 それが分からないほど短い付き合いはしていない。

「私は普段それほど朝から食すわけではないが、今朝はおまえたちが来ると聞いて色々と用意させたぞ。……これで、話が聞けるな?」

 仔牛か仔羊かに見える肉のシチュー、挽肉料理フリカデレ、鶏の丸焼きと言った様々な肉料理のほかにパン、バター、卵にワインと、確実にレイナの興味を惹きそうなメニューがテーブルには乗せられている。

 皆、普段はパンやチーズに卵料理と言ったシンプルな朝食が多い。

 これほどまでに振る舞うとすれば、王に謁見をするために来た貴族や諸外国の王族が王宮に滞在をした翌朝と言った時くらいだ。

 もはや国王陛下フィルバートが、朝食の終了を機に話を切り上げさせない為に、敢えて食事をアレコレと並べ立てているのは間違いなかった。

「まあ、皆座ると良い。これだけ料理を並べておいて、立たせたままにしておくなどと、する筈がないだろう?」

 マクシム、とフィルバートが侍従を呼び、侍従は静かな足取りでその隣に立った。

「公爵たちが心配するといけない。おまえが先に一口ずつ、切り取って毒見をしてやってくれ。それこそ――が混ざっていると思われないようにな?」

「「「‼」」」

 承知いたしました、と頭を下げるマクシムに、私も、フォルシアン公爵もコンティオラ公爵も一瞬絶句した。

「まあ、何もかもが魔道具で読み取れればこれほど楽なこともないんだがな。現実はそれほど都合よく出来ていない。管理部と〝草〟が知らせてくる情報など、断片的なものにすぎんだろう。さて、誰から話してくれる……?」

 公安管轄の密偵組織〝草〟は、組織図の上では私の下にあるが、実際には私自身を含めた王宮内官吏の監視監督を主務にしており、直属上官も司法・公安長官ロイヴァス・ヘルマンがその任に当たっている。

 私の配下にあって、私の部下ではない。

 彼らが見聞きしたことの多くは、報告を受けたロイヴァスが、内容に応じて私に知らせたり国王に知らせたりと、管理部の長ヴェンツェンにも似た処理が為されている。

 つまり少なくとも、ロイヴァスとヴェンツェンは、既に多少の情報を入手しており、完全なる隠蔽は事実上不可能な状態にあった。

 隠蔽をするつもりは元から毛頭ないが、落としどころを探るのがより難しくなったと言うことなのだ。

 フォルシアン公爵やコンティオラ公爵の顔色が回復しないのも、それに気が付いたからだろう。

 最初から毒が入っているなどとは誰も思っていない。
 マクシムが行うそれも、ある種通過儀式的なものだ。

 分かっていてもすぐさま食事に手を付けられないのは、無理からぬことなのではないだろうか。

「……恐らく〝痺れ茶〟は、バリエンダールの王女の茶会で表に出て来る以前から、少しずつアンジェスにも流れていた」

 そしてこの場では、宰相として私がまず口火を切るべきだろうと判断をした。

「媚薬も毒薬もそうだが、ああいった物騒な意図を持って調合されるような薬は総じて高値で取引をされやすい。銀相場が崩れた後で代替え品として目を付けられた可能性はある」

「政治資金稼ぎにか」

「そんなところだ。だが王女の茶会で存在が明るみに出て、取引が思うように進められなくなって、こちらも銀と同様に資金繰りが悪化した。せめて元は回収しなくてはと、無い知恵を巡らせた結果が、存在しない漁場への投資詐欺話だった」

 ほう……と声を洩らすフィルバートに、コンティオラ公爵が顔を痙攣ひきつらせているが、今はまだ私の話が途中と言うこともあってか、二人ともそれ以上の声は発しないままだ。

「カルメル商会が本当にこの話を信じたのか、ブロッカ商会への同情と援助の気持ちから資金を出したのかは分からん。だが額として見過ごせないものだったんだろう。アンジェス国一の大商会、ラヴォリ商会の下部組織に相談を持ち掛け、今回の件が丸ごと王都商業ギルドに奏上されることになった」

「では、今回の件は王都商業ギルド長から伝え聞いたのか?」

 そう言いながらも、フィルバートの口元は楽しげに歪んでいる。
 答えは最初から知っていると言わんばかりだ。
 私は唇を嚙みしめざるを得なかった。


「…………商会長だ」
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