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第三部 宰相閣下の婚約者

664 自白③ デリツィア夫人の場合

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 扉を叩くのとほぼ同時に扉が開いて、王都中心街の宿〝ブルクハウセン〟に行っていたファルコが、そこから顔を覗かせた。

「お嬢さん、向こうの宿で捕まえた連中は、ここの護衛に全員引き渡すぞ?一応、他所ん家の牢だしな」

 命じられて秘密裡に探りを入れるのならともかく、これを好機とばかりに牢まで付いていくつもりはないらしい。

 命令あっての偵察なら、気にせず探りを入れに行く。……謎理屈だ。
 まあ、彼らなりの矜持があると言うことなんだろう。

「あ、おつかれファルコ。うん、そのあたりは任せるよ。そうしたら、入れ違いでルヴェックに王宮行って貰おうかな?エドヴァルド様への状況報告」

 漁場開拓の投資詐欺と〝痺れ茶〟と両方話は出ていたけれど、エドヴァルドがいた時点では、まだ確実に相互繋がりがあると言う話ではなかった。

「こっちにはゲルトナーにでも残って貰って」

 それ以上は言わないけど、そうしておけばルヴェックがこの邸宅おやしきを離れた後でも、追加情報が出れば連絡は可能だろう。

「あー……そう言うコトな」

 私が敢えてぼかしたところを察したファルコが、スッと私の近くへとやって来て、声のトーンを落とした。

「やるのはかまわねぇが、王宮内で魔道具に頼った術を発動させたら、管理部に探知されるぞ。最悪、追加の話とやらが筒抜けになるがいいのか?」

「えっ、そうなの」

「そりゃあまあ、探知されない方法がないワケじゃないが、色々とも必要だし、すぐには無理だ」

 言われてみれば、王都内で無断で転移装置を稼働させれば「真判部屋」に飛ばされるくらいだ。魔道具で「念話」をして、それが探知されるのもさもありなんと言うべきだった。

 探知されない方法があるって言うのも、さすがだとは思うけど。
 そのあたりは聞かない方が良さそうだった。

 とりあえず、今はそこは考えなくても良い筈だから。

「……うん、どうせ後からエドヴァルド様が陛下に報告に行くことになるだろうから、今回に限っては不要で良いかな。最初に報告する時に、追加情報が飛んで来たら管理部に筒抜けるとでも断っておいてくれれば」

「確かにそれ言っときゃ、あとはお館様が何とでもされるか」

 頷いたファルコが、ルヴェックを行かせようと視線を動かした時、不意に部屋の隅から女性の呻く声が聞こえた。

「う……」
「デリツィア様」

 気付いたウリッセがそこに近付こうとしたものの、彼は一応囚われた身だ。
 私の目配せで、ルヴェックがそれを止めた。

「デリツィア様⁉気が付かれて――」

「ウリッセはそのまま動くな。姉上も静かにしていて下さい。今回のことは、デリツィア夫人だけが悪いワケじゃない。この期に及んで『なぜ騙した』だの『私は被害者だ』などとは言わせませんよ」

 いち早く私の動きに気が付いたヒース君が、ウリッセとマリセラ嬢に鋭い牽制を入れてくれた。

 恐らくはずっといたたまれない空気の中にいたマリセラ嬢は、せめてデリツィア夫人には一言言いたかったのかも知れない。

 その前にヒース君から鋭く釘を刺されて、言いかけた言葉をグッと吞み込んでいる。

 そして逆にその場を空気を読んだヒース君が、私に代わるようにデリツィア夫人の傍へと歩み寄った。

「デリツィア夫人」

 ソファから身体を起こした夫人に威圧感を与えまいとしたんだろう。
 ヒース君は、デリツィア夫人を上から見下ろさないようにと、片膝をついてその場に腰を下ろした。

「……学園に……行かれたのでは……あ、子どもたちは……?」

 キョロキョロと辺りを見回すデリツィア夫人を落ち着かせるかの様に、ヒース君は再度「夫人」と、敢えて穏やかな声で話しかけていた。

「二人はフォルシアン公爵邸で母に預かって貰っています。それと――夫人を悩ませていたであろう連中は、王都とセルマに関する限りは、全て捕縛されました」

「……っ⁉」

 ヒース君の一言に、気が付いたばかりで少しぼうっとしていた風だったデリツィア夫人が、大きく目を見開いた。

 辺りを見回して、ルヴェックに片手で肩を押さえられているウリッセと視線が合ったところで、どうやら「全て露見した」と分かったんだろう。

 ほう、と大きく息をついてソファに沈み込むように身体を預けていた。

「全て……捕縛……」
「夫人」

 そんなデリツィア夫人に、再びヒース君がゆっくりと話しかける。

 私やお義兄様ユセフ、ラジス副団長やキーロは彼女にとっては全くの知らない人間なのだから、このままヒース君に任せようと言う空気が場を占めていた。

 彼ならば任せても良いだろうと、この短い期間で皆が思うようになっていたのも大きいだろう。

「夫人に今回のことを指示したのは……ナルディーニ侯爵令息、で合っていますか?」

 夫人もナルディーニ侯爵家の人間ではあるとは言え、本家後継者となる血筋の人間じゃない。あくまで現当主の弟夫人だ。

 必然的に息子、娘も夫人同様に名前呼びをされる形になり、この場合の「ナルディーニ侯爵令息」は直系長男を指すことになる。

「捕まった……」
「ええ。じきにこちらに移送されてくる筈ですよ」

 そう言ったヒース君の視線がこちらを向いたので、私は軽く頷いておいた。

 サレステーデの第一王子みたいな、よほどのダルマ体型でもない限りは、ベルセリウス将軍が担いででも連れて来るだろう。

「夫人には王宮のしかるべき部署での証言をお願いしなくてはなりません。ですがその前に確認させて下さい。今回の件は、ナルディーニ侯爵家本家の指示ですか?」

「それは……」

 ウリッセ経由で聞くのと、本人から聞くのとでは話の重みが違う。
 だからヒース君も確認をしているのだ。

「クレト・ナルディーニ卿が倒れたと聞きましたが、原因であろう薬に関しても、こちらでも把握はしました。新しく流通が始まったばかりのようでしたので、対処が出来るのが本家だけと脅されたのかも知れませんが、しかるべき部署に回せば成分解析も解毒も容易になるでしょう。ですから――お話しいただけますね?」

「主人は……助かりますか……?」

「――最善を尽くします」

 目の前で様子を見て、医師に見せるまではこの場の誰も断言など出来ない。
 ヒース君もそれ以上のことは言える筈もないのだけれど、出来る限りと答えたところが、この場の精一杯だった。

 そんなヒース君を見たデリツィア夫人の目から、やがて幾筋もの涙が溢れ出る。

「申し訳ありません……仰る通りです……全ては義兄と甥からの指示でしたわ……ですからどうか……どうか夫を……っ」

 ヒース君は軽く頷いて、こちらを振り返った。

「王宮に人を遣るのであれば、父への連絡を併せてお願いしても?」



 ――もちろんです、と私は答えた。
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