聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

663 とある高位の……。

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「大体、なんでそんな物騒な物がアンジェスに流れて来たんだ……」

 バリエンダールでのお茶会に関わっていないお義兄様ユセフは、今一つ全体像が呑み込めていないようだった。

 元特殊部隊出身のキーロはともかく、ラジス副団長もどちらかと言えばお義兄様ユセフ寄りに見える。

「わ、私は言われた通りに動いていただけだ!上手くいけば、コンティオラ公爵領内でだけでもラヴォリ商会の販路を奪えると、妻もエモニエ侯爵家での立場を取り戻せるとの話だったのだ……っ」

「は……?」

 対姉以上に冷ややかな声を発したのは、ヒース君だ。
 彼なりに事情は分からずとも、ブロッカ商会長の話が机上の空論に過ぎないことは確実に理解が出来たんだろう。

「どう言う経緯を辿ればそんなおめでたい思考になれるんだ……」

「まあ……信じたい話だけを信じていれば、自ずとそうなると思いますよ?まさか〝痺れ茶〟の流通が明るみに出た時点で、自分が切り捨てられるところだった――なんて、考えもしないでしょうし」

「なっ⁉」

 愕然としているのはヒース君ではなくブロッカ商会長なので、私も遠慮した口をきくことは止めた。

「ちょっと考えれば、飲んだら肢体が痺れるようなお茶なんて、まともな方法で流通させられる筈ないでしょ。非合法に決まってるじゃない。バレて武闘組だけ切られて終わりとか、そんな都合の良い展開になる訳がない。どこかの高位の貴族令息サンが自分に繋がる糸を切りまくっていたのなら、その手前、アナタの商会が責任取らされて事件を強制終了させられる可能性を何で考えないかな?」

 具体例は言わないが、TVドラマなどで経営者が犯罪を犯して秘書が自殺に見せかけて殺される、隣にはワープロ文字の遺書――なんて展開になるのと同じだ。

「あんな茶葉が……」

「あんな茶葉、じゃなくて、アレはバリエンダールのとある公爵家が裏で開発させたお茶だよ?」

 ブロッカ商会長以外の面々もまだ若干要領を得ないようなので、私は補足説明の必要性にかられた。

「狙いは政治資金を稼ぐこと。王宮内での立場を、王太子や宰相家よりも上にしたかったんじゃないかな」

 各国媚薬が撲滅されないのと同様に〝痺れ茶〟にもある程度の需要があると見込んだのだろう。

 ところがそれは、流通をし始めたところで頭打ちになってしまう。
 恐らくはミラン王太子がジーノ・フォサーティ宰相令息を将来の側近として取り立てたことで、ベッカリーア公爵家側が動きにくくなったのだ。

 公爵家側は考えた末に、その矛先を海を隔てたアンジェスへと向けようとした。

 幸いと言うかアンジェスには、先代国王の時代に輿入れをした傘下貴族の令嬢がおり、今もなお繋がりが残っていたからだ。

 その令嬢、すなわち先代エモニエ侯爵の後妻夫人に、どこか話を持ちかけられるところはないかと探りを入れたところが――出て来た名前が、ナルディーニ侯爵家だったと言う訳だ。

 所謂いわゆるW不倫の関係でありながら、先代エモニエ侯爵夫人はバリエンダールに戻ることを望んでいて、ナルディーニ侯爵は息子と共にコンティオラ公爵夫人と令嬢に邪な思いを抱いていた。

 先代エモニエ侯爵夫人はベッカリーア公爵家に恩を売る、ナルディーニ侯爵家はコンティオラ公爵家を乗っ取れるかも知れない、互いにそんな光明が見えた――と、思ったのだろう。

 手っ取り早く〝痺れ茶〟を流通させるために、漁場の投資詐欺によって言う事を聞かせることを考えたのだ。

 ところがここでまた、今度は「とあるアンジェスの商会」が、バリエンダールへの進出を目論むにあたってバリエンダール王都商業ギルドの後ろ楯を得たとの情報が入る。

 これは全くの偶然、当初はまるで無関係な話だった筈が、ミルテ王女のお茶会などを経て、結果としてナザリオ・セルフォンテと言うバリエンダール屈指の天才ギルド長を、王太子側に付かせることになってしまった。

 双方の国内が、中途半端な状態で〝痺れ茶〟が不動在庫の状態になり、少なくともお茶の資金回収だけでも先にしてしまおうと、ナルディーニ侯爵家が先に独自に動き出したのだろう。

 流通路の開拓は、落ち着いたら再度すれば良い。
 少なくとも一度投資に資金を出せば、後からいくらでもそれを突くことが出来る。

 困るのは、自分たちが最初に〝痺れ茶〟にはたいた資金が回収出来ないことだ。ベッカリーア公爵家側が責任を押し付けてくることはあっても、ナルディーニ侯爵家側においそれと融資をする筈もないのだから――と。

「セルマで捕まえた『とある高位の貴族令息』から話を聞きませんと、断定出来ませんけど……多分、そう大きく間違ってはいない筈ですよ?」

 もちろんこの時点で「ベッカリーア公爵家」の名前は口に出さない。心の中で断定するだけだ。

 セルマで捕らえられているであろう某侯爵令息から話を聞くまで、それは口に出すべきことじゃない。
 
 セルマで捕らえられている筈の人物についても、当然セルマから連絡が入るまでは断言しない。
 口にしたのはどちらも「とある高位の貴族令息」であり「とある公爵家」――今は、それ以上もそれ以下も言うつもりはない。

 ……相手が察するのは自由だけれど。

「なるほど、ユングベリ商会も無関係ではない――か」
「お義兄様、その言い方だとウチが悪いみたいに聞こえます」
「うん?そんなつもりはなかったが……」

 お義兄様ユセフの反応が素になっているところからすると、事態を頭の中で整理するのでいっぱいいっぱいで、私がちょっと拗ねてみせたことには気が付かなかったんだろう。

「……もしや」

 代わりに反応をしたのは、ヒース君だった。
 
「とあるアンジェスの商会と言うのは……?」

 私はただにこやかに微笑んで、その問いかけに答えた。
 ――コンティオラ公爵家の姉と弟がそれで何を思うかは、お任せだ。

 そしてまた、部屋の外の廊下が騒がしくなった。

 どうやら〝ブルクハウセン〟組が戻って来た、そんな雰囲気を漂わせる喧騒だった。
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