聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

662 流通ルートを暴け

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 聞けば、たまたま最初に声を上げたのがカルメル商会だったと言うだけで、それまでにも二つの商会に資金を出させてきていたらしい。

 名前は出さずとも、背後に高位貴族の影をチラつかせれば泣き寝入りする筈との思惑があったらしく、だとすれば途中までは上手くいっていたと言うべきだった。

 私がラジス副団長を振り返れば「カルメル商会以外は俺は聞いていないが……いや、今頃ギルドで話が出ている頃か?」と首を傾げていた。

「もしまだだったら、リーリャギルド長にお伝えして、カルメル商会と同じように救いの手を差し伸べてあげた方が良いですよ」

「もちろんだ。ラヴォリ商会の傘下にない個人経営の商会なら、なかなか声は上げづらかったかも知れんしな」

 店の評判がより商会の経営に直結する個人商店ともなれば、迂闊に詐欺に遭っただなどと言い出しづらかった可能性がある。

 カルメル商会長は、もしかしたらそんな商会の声なき声を拾い上げる意味でも、自らが名乗りを上げたのかも知れなかった。

 資金を巻き上げたと言う、他の商会の名前をブロッカ商会長に喋らせている中で、何故かお義兄様ユセフとキーロの眉根が段々と寄せられていった。

「フラーヴェク……」
「……チェルースト?」

 どうやらブロッカ商会長が挙げた二つの名前それぞれに心当たりがあるらしい。

「お義兄様? キーロ?」

「……チェルースト、ソゾンから王都に向かうのに通る、ヴァジム子爵領の商会。商会長、娘に甘い。娘が強請ねだったモノ、何でも買うと聞いてる」

 練習台……?と、恐らくは何の悪気もなく首を傾げているキーロに、マリセラ嬢の表情かおが少し歪んだ。

 多少歪んだところで美人は得だな、と場にそぐわないことを考えかけて、私も慌てて思考を元に戻して、キーロの言葉の続きを待った。

「ルキさま、困ったときには娘のためになるもの、商会に売りにいけと言ってた。少なくとも当座はしのげる、と」

 どうやらキーロはキーロなりに、最初の挨拶の印象を台無しにしないよう、何とか考えて言葉を口にしているみたいだった。

 ギーレンとの国境近くにある村が主体のソゾン男爵領では、気候によっては領政が苦しくなることもあったらしい。

 そこで現領主ルキヤンが、使えるモノは何でも使えとばかりに、近領のチェルースト商会が娘に甘いとの情報を掴んで、取引先として取り込むよう指示していたのだと言う。

「ソゾン男爵は、真正面から堂々と商品を売って、いざと言う時の蓄えを稼ぐよう指示していたけれど、ブロッカ商会はそこからお金を巻き上げる方を選択したわけね……」

 目立つ特産品がないならと、いかに取引を成立させるか思案を巡らせ、最終的に娘の嗜好を突くことに辿り着いたのだ。

 人によって「娘の嗜好から入るとは、なかなかに強かだ」と思うだけだろう。

 ルキヤン・ソゾンのしていることは、何ら後ろ指を指されることのない正当な取引なのだ。

「何か高い買い物、チラつかせたかも。その代金を稼ぐためと投資持ちかければ、多分、娘も父も動く。だから、練習台」

 そう言ったキーロが、口調とかけ離れた鋭い視線をブロッカ商会長へと向ければ、ブロッカ商会長は「ひっ……」と身体を強張らせた。

 元特殊部隊所属であるキーロの凄みに圧倒されつつ、反論も出来ないでいるところからすると、どうやらあながちコンティオラ公爵家に来る前の「練習台」と言うのも間違ってはいないようだった。

「あと、商会長と子爵、親しい。だまされても言わない可能性、ある。黙っていてやる、お茶を買え、言われれば、買うかも知れない」

「!」

 ヴァジム子爵領は、ソゾン男爵領から王都へ向かう街道途中にあると同時に、海沿いの街から王都に向かう街道が交差するところでもあるらしい。

 もしかしたら〝痺れ茶〟の仕入れルートの拠点にしたかったのでは?とキーロは考えたのだ。

「……待て。あり得るぞ、それは」

 それまで口元に手をやりながらキーロの言葉を咀嚼していたお義兄様ユセフが、ブロッカ商会長に反論をさせまいとしたのか、キーロの言葉に喰いこむかのように口を開いた。

「その海沿いの街とやらは、フラーヴェク子爵領の筈だ。商会長は、フラーヴェク子爵自身。クヴィスト公爵領内ヒチル伯爵家から除籍されて、実母である前妻の実家に養子に出された末の爵位継承だ」

「え」
「ワタシ、名前までは把握していなかった……」

 さすがに高位貴族でもコンティオラ公爵家の血筋でもない分、キーロは領内全ての貴族を把握してはいないのだろう。

 いくら特殊部隊所属だったと言えど、上の関わりがなければ、知らなくとも不思議じゃなかった。

 実際、私も他領の子爵男爵家までは、まだほとんど把握しきれていない。
 かろうじてクヴィスト公爵領内にヒチル伯爵家と言う家があるのを、貴族教育の中で覚えていただけだ。

「除籍と爵位の継承にあたって、裁判沙汰になっているんだ。高等法院で届け出を見た記憶がある」

「養子は分かりますけど、除籍ですか?」

 それはすなわち、子爵家に行った後は二度と伯爵家関係者を名乗るなと言うことだ。
 今回の詐欺が原因だろうか、と思っているとお義兄様ユセフが緩々と首を横に振った。

「私は地方法院からの届け出を受け取って、内容を軽くチェックして担当部署に回しただけだが……」

 そこで私だけじゃなく皆の視線を受けたお義兄様ユセフは、記憶の奥底を何とかさらおうとしていた。

「確かヒチル伯爵夫人が病没して、迎えた後妻に子が生まれて後継者争いが勃発したとか……まあ、よくある話ではある。前妻の子である長子が酒場の店員と醜聞を起こしたために、後継者のいなかった前妻の実家・フラーヴェク子爵家に養子として出された」

 よくある話――で良いのか、と私なんかは思うのだけれど、高等法院勤務で女性観を拗らせているくらいなのだから、本当にそう言った揉め事は珍しくないんだろう。

「ただ、養子に出された方の長子は、そもそもその醜聞からして納得がいっていなかったらしい。訴え出た書面を見るに『、非同意の関係を結ばされた』とあったからな」

 本人はその時点で既に子爵家の人間となっており、本来であれば地方法院案件である筈が、伯爵家からの除籍そのものに納得をしていないと、高等法院に訴え出たらしいのだ。

「薬……」
「……ああ」

 あまりにタイミングの良すぎる話だと思った私に、お義兄様ユセフも同意するように頷いた。

「訴状を受け取った際には、媚薬か何かだろうと皆が思っていたし、わざわざ書面にもそこまでのことは書かれていなかった。だがこうなると、その薬は……」

「十中八九〝痺れ茶〟が使われたでしょうね……」

 アンジェス国内で〝痺れ茶〟を流通させ、資金を稼ぎたいが、ただお茶を売ろうとしたところで、利は知れている。

 だから詐欺で大金を巻き上げ、その醜聞を隠したい貴族に〝痺れ茶〟を押し付け、流通ルートを広げようとした――。

 仮に〝痺れ茶〟が摘発されても、詐欺を知られたくない貴族は、そのカラクリまでは話さない。そう踏んだのだ。

 そして流通ルートが出来上がったところで、今度は本格的な〝痺れ茶〟での荒稼ぎに移行する。

「ジェイの漁場への投資詐欺は、あくまで〝痺れ茶〟を流通させるための前座か……チッ、これ以上は我々の手に負える話じゃないぞ……⁉」



 お義兄様ユセフの呻くような一言に、この場の誰一人として、反論出来る言葉を持たなかった。
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