聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
639 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

661 自白② ブロッカ商会長の場合

しおりを挟む
 離せ!とか何の真似だ!と言った喚き声が部屋の中にまで聞こえていたけれど、扉が開いてその姿が見えた途端、逆に面白いくらいに静かになった。

 それは、そうだろうと思う。

 コンティオラ公爵家のご令嬢とナルディーニ侯爵家の弟夫人だけだった筈のところが、ちょっと外に出て、強制的に引き戻されたところで、中にいる人数が倍以上になっているのだから、驚くなと言う方がおかしい。

「――おまえがブロッカ商会の商会長か」

 そしてラジス副団長が、腕組みをしながら威圧感満載で、二人いる中での上質な服を着た男の前へと立ち塞がった。

 確かに服装の差が如実に表れているから、もう片方は外の武闘派をまとめていた男なんだろう。

 それ以外の複数の声は、この部屋から逆に遠ざかりつつあるので、恐らくはコンティオラ公爵家の牢にでも放り込まれるのだと思われた。

「なっ……何を不躾な……っ」

「王都商業ギルド自警団副団長のラジスだ。仮にも商会長を名乗る者ならば、知らん筈はないと思うが、ギルドは貴族の身分制度の枠の外にある組織。おまえがタダの子爵家の婿養子であれば、確かに俺は口出しの権限を持たんが、商会長である限りはおまえに対しての逮捕取り調べの権利は持つ。口を慎むのはおまえだ」

 ランナーベック団長よりは武闘派に見えるラジス副団長だけど、いざと言う時に場に即した振る舞いが出来るところは、さすが副団長と言ったところか。

「あと、私は王都警備隊のキリーロヴ・ソゾン。王都内における貴族の犯罪に関しては我々が最初の捜査権を持つ。大人しく事実を語るしか、君には選択権はない」

「「「⁉」」」

 初対面のブロッカ商会長はさておいて、突如口調がになったキーロに、それまでキーロと関わってきていた皆が目を見開いた。

「あ……マジメな場面、気が抜けると、レヴにいくつか丸暗記、させられてる。ずっとは話せない。疲れる」

 皆の視線を受けたからか、キーロがブロッカ商会長には聞こえない程度の小声で、へらっと微笑わらった。

 なるほど、と私を含めた皆がそれで納得をしたみたいだ。

「自警団と警備隊、両方だと……⁉」

 二人の名乗りを受けたブロッカ商会長が、愕然と目を瞠っていた。
 確かに一見すると繋がりの薄い組織同士に思える。
 双方が手を組んで事件に関わってこようなどとは、思ってもみなかったのかも知れない。

「カルメル商会がラヴォリ商会の伝手を使って、王都まで陳情に出て来た。全てが知らぬ存ぜぬで通ると思うなよ?所詮地方男爵領の商会と軽んじたか?であるならば、ラヴォリ商会の影響力を甘く見過ぎたな。あの商会は、自分たちの傘下にある商会は、その規模に関わらず庇護の対象だ。既にこの件、王都商業ギルド長の耳にも届いている」

「……っ」

 ラジス副団長の話を聞きながら私は、商会を興すのにラヴォリ商会を蔑ろにするなと接触を薦めてくれた、エドヴァルドの言葉は正しかったのだと改めて実感した。

「おまえたちがカルメル商会に提示した、ジェイの漁場開発計画などと言うものは存在しないとの確認も取れている。おまえたちはカルメル商会から、存在しない投資話を持ち掛けて金を巻き上げた。それで合っているな?」

 ラジス副団長は、団長ではない分、名誉職にしろ貴族籍を持っていない。
 だから彼は、カルメル商会の話から突いてきている。

 コンティオラ公爵家のことは、王都警備隊キーロに委ねるつもりをしているに違いない。

 カルメル商会への詐欺を認めれば、必然的にコンティオラ公爵家に仕掛けたことにもなるだろうから――と。

「くっ……」

 ブロッカ商会長は唇を噛みしめたまま、答えない。
 もしかすると、自分が答えることでの余波を考えているのかも知れない。

「行っておくが〝ブルクハウセン〟でおまえたちの帰りを待っていた連中も、全部こちらで捕らえておいた。セルマにも人を遣っているから、何を義理だてようと隠し立てようと無駄だと言っておくぞ」

「セルマ⁉」

 さすが自警団、遥かに取り調べ慣れしていると言っても良いだろう。
 的確にブロッカ商会長の動揺を誘ってきていた。

「ああ、言っておくがそこに対応可能な人間を行かせた。身分を振りかざしてどうにかなっているとは、思わないことだな」

「まさか、そこに誰がいるのか……もう分かって……」

 呟いたブロッカ商会長の目が、周囲を泳いだ末にウリッセのところでピタリと停止した。

「まさか貴様、裏切ったのか!義妹を見捨てたのか⁉」
「裏切る⁉」

 激昂をぶつけられたウリッセが、それに対抗するかのような声をその場であげた。

「裏切るもなにも、初めから与したつもりはない!義妹の身を楯に脅されたのだから、安全が保障されればいつまでも従いはしない!裏切り者には裏切り者の矜持がある!」

「……まあ、無罪、無理だが」

 ぽつりと呟いたキーロに「……分かっています」と、苦い表情でウリッセも返している。

「セルマから義妹が戻って来て、無事な顔が見られれば後はどのようにでも」

 そんなキーロとウリッセを片手で指し示しながら、ラジス副団長がブロッカ商会長に「セルマも堕ちた。理解したか?」と、敢えて断定をした。

 本当は未だ、セルマでナルディーニ侯爵令息が捕らえられたとの報告は届いていないけれど、私が既に確定事項だと断言したことに、ラジス副団長も乗っかってくれたのだ。

「もう一度聞く。――詐欺を認めるな?」

 重々しいラジス副団長の言葉に、ブロッカ商会長は膝から崩れ落ちた。

「くそっ……ここまで上手くいっていたのに……っ」

 それこそが事実上の自白だと、その場の皆が判断をしたのだった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。