聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

661 自白② ブロッカ商会長の場合

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 離せ!とか何の真似だ!と言った喚き声が部屋の中にまで聞こえていたけれど、扉が開いてその姿が見えた途端、逆に面白いくらいに静かになった。

 それは、そうだろうと思う。

 コンティオラ公爵家のご令嬢とナルディーニ侯爵家の弟夫人だけだった筈のところが、ちょっと外に出て、強制的に引き戻されたところで、中にいる人数が倍以上になっているのだから、驚くなと言う方がおかしい。

「――おまえがブロッカ商会の商会長か」

 そしてラジス副団長が、腕組みをしながら威圧感満載で、二人いる中での上質な服を着た男の前へと立ち塞がった。

 確かに服装の差が如実に表れているから、もう片方は外の武闘派をまとめていた男なんだろう。

 それ以外の複数の声は、この部屋から逆に遠ざかりつつあるので、恐らくはコンティオラ公爵家の牢にでも放り込まれるのだと思われた。

「なっ……何を不躾な……っ」

「王都商業ギルド自警団副団長のラジスだ。仮にも商会長を名乗る者ならば、知らん筈はないと思うが、ギルドは貴族の身分制度の枠の外にある組織。おまえがタダの子爵家の婿養子であれば、確かに俺は口出しの権限を持たんが、商会長である限りはおまえに対しての逮捕取り調べの権利は持つ。口を慎むのはおまえだ」

 ランナーベック団長よりは武闘派に見えるラジス副団長だけど、いざと言う時に場に即した振る舞いが出来るところは、さすが副団長と言ったところか。

「あと、私は王都警備隊のキリーロヴ・ソゾン。王都内における貴族の犯罪に関しては我々が最初の捜査権を持つ。大人しく事実を語るしか、君には選択権はない」

「「「⁉」」」

 初対面のブロッカ商会長はさておいて、突如口調がになったキーロに、それまでキーロと関わってきていた皆が目を見開いた。

「あ……マジメな場面、気が抜けると、レヴにいくつか丸暗記、させられてる。ずっとは話せない。疲れる」

 皆の視線を受けたからか、キーロがブロッカ商会長には聞こえない程度の小声で、へらっと微笑わらった。

 なるほど、と私を含めた皆がそれで納得をしたみたいだ。

「自警団と警備隊、両方だと……⁉」

 二人の名乗りを受けたブロッカ商会長が、愕然と目を瞠っていた。
 確かに一見すると繋がりの薄い組織同士に思える。
 双方が手を組んで事件に関わってこようなどとは、思ってもみなかったのかも知れない。

「カルメル商会がラヴォリ商会の伝手を使って、王都まで陳情に出て来た。全てが知らぬ存ぜぬで通ると思うなよ?所詮地方男爵領の商会と軽んじたか?であるならば、ラヴォリ商会の影響力を甘く見過ぎたな。あの商会は、自分たちの傘下にある商会は、その規模に関わらず庇護の対象だ。既にこの件、王都商業ギルド長の耳にも届いている」

「……っ」

 ラジス副団長の話を聞きながら私は、商会を興すのにラヴォリ商会を蔑ろにするなと接触を薦めてくれた、エドヴァルドの言葉は正しかったのだと改めて実感した。

「おまえたちがカルメル商会に提示した、ジェイの漁場開発計画などと言うものは存在しないとの確認も取れている。おまえたちはカルメル商会から、存在しない投資話を持ち掛けて金を巻き上げた。それで合っているな?」

 ラジス副団長は、団長ではない分、名誉職にしろ貴族籍を持っていない。
 だから彼は、カルメル商会の話から突いてきている。

 コンティオラ公爵家のことは、王都警備隊キーロに委ねるつもりをしているに違いない。

 カルメル商会への詐欺を認めれば、必然的にコンティオラ公爵家に仕掛けたことにもなるだろうから――と。

「くっ……」

 ブロッカ商会長は唇を噛みしめたまま、答えない。
 もしかすると、自分が答えることでの余波を考えているのかも知れない。

「行っておくが〝ブルクハウセン〟でおまえたちの帰りを待っていた連中も、全部こちらで捕らえておいた。セルマにも人を遣っているから、何を義理だてようと隠し立てようと無駄だと言っておくぞ」

「セルマ⁉」

 さすが自警団、遥かに取り調べ慣れしていると言っても良いだろう。
 的確にブロッカ商会長の動揺を誘ってきていた。

「ああ、言っておくがそこに対応可能な人間を行かせた。身分を振りかざしてどうにかなっているとは、思わないことだな」

「まさか、そこに誰がいるのか……もう分かって……」

 呟いたブロッカ商会長の目が、周囲を泳いだ末にウリッセのところでピタリと停止した。

「まさか貴様、裏切ったのか!義妹を見捨てたのか⁉」
「裏切る⁉」

 激昂をぶつけられたウリッセが、それに対抗するかのような声をその場であげた。

「裏切るもなにも、初めから与したつもりはない!義妹の身を楯に脅されたのだから、安全が保障されればいつまでも従いはしない!裏切り者には裏切り者の矜持がある!」

「……まあ、無罪、無理だが」

 ぽつりと呟いたキーロに「……分かっています」と、苦い表情でウリッセも返している。

「セルマから義妹が戻って来て、無事な顔が見られれば後はどのようにでも」

 そんなキーロとウリッセを片手で指し示しながら、ラジス副団長がブロッカ商会長に「セルマも堕ちた。理解したか?」と、敢えて断定をした。

 本当は未だ、セルマでナルディーニ侯爵令息が捕らえられたとの報告は届いていないけれど、私が既に確定事項だと断言したことに、ラジス副団長も乗っかってくれたのだ。

「もう一度聞く。――詐欺を認めるな?」

 重々しいラジス副団長の言葉に、ブロッカ商会長は膝から崩れ落ちた。

「くそっ……ここまで上手くいっていたのに……っ」

 それこそが事実上の自白だと、その場の皆が判断をしたのだった。
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