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第三部 宰相閣下の婚約者

659 黒い勇者と続・護衛の自白

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「お義兄様……やっぱりセルマの街にいるであろう〝勇者〟がその役割背負ってそうですよね……」

 非武闘派の勇者か――と、お義兄様ユセフもニコリともせず呟いていた。

 お義兄様ユセフも、自分の邸宅やしきで話していたことを思い出したんだろう。

 ウリッセがいっそう深く頭を下げたまま、再び口を開く。

「ブロッカ商会長自身は男爵家の非直系、そしてあくまでブロッカ女子爵、つまり駆け落ちによってエモニエ侯爵家から勘当された元侯爵令嬢が親の情けで与えられた爵位の婿養子と言う立場にいます。その上『土地なき領主』ですので、言葉の端々に現状への不満が滲み出ていた。手足として動かすのは容易だったかと考えます」

 下位貴族には、何らかの功績によって与えられた爵位や、ギルド上層部に見られる「土地のない名誉職」としての貴族位を持つ者が存外多い。

 ブロッカ商会長が持つ、子爵家男爵家の威光ネームバリューではどうしようもない上位貴族が、ここに絡んで来ているのではないかと……私やお義兄様ユセフは思っているように、どうやらウリッセもそう考えているらしかった。

 なるほど、さすがヒルダ夫人の乳母の息子。
 エモニエ侯爵家周辺の情報には詳しいようだ。
 
 義妹が人質に取られている状況でなければ、かなり心強い味方になる筈だったのではないだろうか。
 逆にだからこそ、詐欺を働くにあたって最初に絡めとられたのかも知れなかった。

「分かりかねると言いながら、想像はついていそうな口ぶりだな」

 そう尋ねたお義兄様ユセフに「想像の域を出ないので」と答えているくらいなのだから。
 本来の職務たる護衛としての状況判断力も高いように思えた。

「ウリッセ」

 ただ、ウリッセにその「誰か」を答えさせることを促したのは、お義兄様ユセフではなかった。

「解釈はこちらでする。他に誰がこの話に絡んでいる?」
「次期様……」

 後で聞いたところによるとコンティオラ公爵家では、学園に入るまでの男子は、邸宅やしき内では「坊っちゃん」「坊っちゃま」と呼ばれ、学園に入ってからは後継者となる男子は「次期様」と呼ばれ、残りは名前+様で呼ばれるらしい。

 次期公爵としての自覚を持つためだそうだ。

 女子の場合はデビュタントまでが「お嬢様」、デビュタント後は名前+様と呼ばれているとかで、一男一女のコンティオラ公爵家の現在は「マリセラ様」「次期様」となる。

 くだけた場など、もちろん例外はあるそうだけど、今ウリッセが「次期様」と呼ぶのは、至極場に則した呼び方と言う訳だった。

 いずれにせよヒース君の立ち居振る舞いや言動を見れば、私の脳内翻訳的に「次期様」と呼ばれているのは、妙に似合っていると言って良かった。

 ウリッセも、この遥かに年下の次期公爵に対し、気圧されたように頭を下げている。

「ウリッセ」

 ヒース君がもう一度名を読んだところで、頭を下げたまま、地に付けていた拳をぎゅっと握りしめたウリッセは、覚悟を決めたように顔を上げた。

「カロッジェ・ナルディーニ侯爵令息。現ナルディーニ侯爵家領主コジモ様の長子。恐らく……今、セルマの宿においでの頃合いではないかと」

「「「!!」」」

 私、お義兄様ユセフ、ヒース君それぞれが目を見開いた。

 どうやら自作自演でホワイトナイトを気取ろうとした〝勇者〟は、父親の代からヒルダ夫人とその娘を狙う、ナルディーニ侯爵家の息子の方だったらしい。

 エドベリ王子の歓迎式典で侯爵と夫人が王都に出てきて、そして戻って行ったのと入れ替わりに王都を目指し、その途中でブロッカ商会関係者を動かしながら資金集めをしたのでは……と、ウリッセは口にした。

「想像もなにも、限りなく黒だなそれは」

 お義兄様ユセフが呆れたように呟いたのも、無理からぬ話だと思った。

「私はセルマで直接侯爵令息にお会いした訳ではありませんから。捕らえられたと言う外の連中が、義妹を利用して名を高めようとしていると、口にしていたのを耳にしただけですので」

 いや、うん、でも完全にクロだと思うよ、それ。

 セルマでウリッセの義妹さんをならず者から助けたフリをしつつ、王都に着いた暁にはコンティオラ公爵家を訪れてマリセラ嬢にその功績をアピールしつつ、詐欺にあったのではと仄めかして、心理的に追い込もうとしている可能性が高い。

「姑息な……」

「でもお義兄様、私なら更に〝痺れ茶〟を商会の荷物に紛れ込ませて、商会の切捨ても同時に図りますね。そのままブロッカ子爵家繋がりでエモニエ侯爵家も有責としてしまえば、相対的にコンティオラ公爵領内でのナルディーニ侯爵家の価値は更に上がりますから」

「「「⁉」」」

 今度はマリセラ嬢までが、弟やお義兄様ユセフと同様に目を見開いている。

 さすが物騒思考――は余計よ、コトヴァ。

「まぁでも、そっちはベルセリウス将軍――侯爵閣下がいますし、取り押さえはそれで万全だと思います。その後で仮にナルディーニ侯爵令息がそこから何か策を弄そうとしても、恐らくはウルリック副長がさせないと思いますよ?あの人の目を欺くのは並大抵のことじゃない気がします」

 実際の〝痺れ茶〟の存在を知るウルリック副長ならば、将軍の侯爵と言う地位を上手く使いながら、そんな目論見があったとしても、笑顔で叩き潰すだろう。

 伊達にイデオン公爵領防衛軍の頭脳と目されてはいない筈だ。
 ナルディーニ侯爵令息が〝勇者〟の皮を被った黒幕だと、すぐに見抜くだろう。

「結果的に、動いて貰って良かったと言うことか……」

 フォルシアン家の〝青い鷲〟だけでは、本人が暴れてでもいない限り、侯爵令息に対して強く出られない。

 お義兄様ユセフは軽く息を吐き出していた。

「ナルディーニ侯爵家……って……」

 そしてブロッカ商会やシャプル商会の商人から教えを乞うて、投資を学んでいただけの筈が、次から次に聞かされる貴族の家名に、マリセラ嬢が事態を呑み込めずに茫然と座り込んでいて、そんなマリセラ嬢をヒース君が「姉上……」と、完全に残念なイキモノを見る目で見やっていた。
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