聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

658 自白① ウリッセの場合

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「ウリッセ……」

 どうやら滅多に帰らないとは言え、ヒース君は自家の護衛をキチンと把握していたようだ。

「おまえが家人の出入りの情報を、外で捕らえられた連中に流していたと言うのは事実か?」

 元は私が連れて来るように言ったけど、ウリッセはコンティオラ公爵家の護衛なのだから、このままヒース君から聞いて貰う形で良いかと、私は場を譲ることにした。

 そして「えっ」と小さな声を上げたのはマリセラ嬢だった。
 今、彼女だけが何も知らない状況だからだろう。

 ヒース君は、既に聞かされていた話を、ただ確認しているだけだ。

「次期様……」

 コトヴァに連れられて入って来た男は、一瞬だけ奥のソファで眠るデリツィア夫人に視線を投げたものの、彼女の目がすぐには覚めないようだと察したところで、唇を噛みしめて、その場に膝をついた。

「申し訳ございません。たとえ家庭の事情があろうと、主家に慮外者を引き入れるなどと、あってはならないことでした」

「自覚はしているんだな」

「はい。どのように処罰を下していただいても構いません。ただ義妹の安否だけは、確認させていただきたく存じます。こちらから要望を出せた義理ではないことは充分に承知しておりますが、ですが――」

「その前に聞くが、おまえの義妹はナルディーニ侯爵と先代エモニエ侯爵夫人との間に生まれた子だとの噂。それは確かなんだな」

「……それは」

 学園の寮にいる筈のヒース君にそれを問われて、ウリッセは驚いた様に顔を上げた。

 ウリッセを見下ろすヒース君は、先ほどまでの大噴火を感じさせないほどに、冷ややかな次期当主としての顔を垣間見せていた。

「バリエンダールの公爵家所縁ゆかりの家に嫁がせる持参金が足りないから、その補填に、まだ公になっていない漁場開発の話で投資資金をかき集めるのに協力するように言われた。協力しなければ、義妹の醜聞が広がるが、協力をするなら義妹に貴族教育を受けさせてやると言われた。それで合っているか」

 ウリッセも、ハジェスに入れ替わられている間に既に喋らされていることとは言え、主家の後継者に問われれば、二度目だろうと答えは返さざるを得ない。

「……実際には、貴族教育どころか囚われの身になっていると言われて、己の浅はかさを痛感させられました」

 それはヒース君の話を、間接的ながら認めたと言うことに他ならなかった。

「具体的にはどんな協力をしろと言われた?」

「ブロッカ商会、シャプル商会いずれかを名乗る者が邸宅やしき訪問の先触れを出して来た場合には、それを受け入れさせるよう、身体検査を行うフリをして誘導をしろ、と」

 コンティオラ公爵家は、アンジェスに5つしかない公爵家だ。
 その公爵家へ出入りをするとなれば、使用人ともども、背後関係の有無などが徹底的に調べられるのは当然だ。

 その調査を自らが引き受け、なおかつ手を抜くように誘導された――と言ったところか。

「ですが私ごときが、お嬢様に投資の話など出来ようはずがない。そう言ったところで、ナルディーニ侯爵の弟夫人を付けるから資金かねを引き出すのはそちら主導でと、更に先回りして手を打たれたのです」

「……なるほど」

「ウリッセ……?」

 既に話を聞いて免疫が出来ていたヒース君と異なり、マリセラ嬢はまさか自家の護衛、それも母親であるヒルダ夫人の信が最も厚いであろうウリッセが、商会関係者を手引きしていたと言う事実に呆然としていた。

 ウリッセはマリセラ嬢からは視線を逸らし、そして否定の言葉を紡ぐことはしなかった。

「そんな……」

 その時点で、つい先ほどまで「商業の先生」と教えを乞うていた筈の人物が、良からぬ目的を持ってコンティオラ公爵家に入り込んだのだと、さすがに気が付いたんだろう。

 口元に手をあてて、身体を震わせていた。

「シャプル商会は、今回の話の駒となるためだけに、フォルシアン公爵領下の男爵領から保証人名義を借りた、実体のない商会と聞く。実際に動いていたのは、ブロッカ商会の商会長と言うことで合っているか?」

 ヒース君は、そんなマリセラ嬢を一顧だにせず、むしろ淡々とウリッセに問いかけを続けている。

「……あくまで私の印象なのですが」

 問われたウリッセの方は、少なくともデリツィア夫人が気が付くまでは、何を黙っていても仕方がないと思ったんだろう。

 黙秘することはせず、問われたことに向き合って答えようとしている風に見えた。

「ここまで全て矢面に立って指示をしているのは、確かにブロッカ商会長です。あの商会長は自身も貴族の出であり、夫人にいたっては元侯爵令嬢。それなりの立ち居振る舞いは出来る男でした。ただ……」

「ただ?」

「あの男ですら、誰かが命じた内容をそのままなぞっているのではと思うことが度々ありました」

「更に裏に誰かがいる、と?」

「後ほどお会いになれば分かるかと思いますが、ブロッカ商会長は黒幕になれる器ではない。せいぜい補佐止まりではないかと――」

「ならば、黒幕は誰だ?」

 そこは初めて聞く話だっただけに、ヒース君もつい前のめりになっていた。

 だけど皆の注目とは裏腹に、ウリッセは緩々と首を横に振るだけだった。

「一介の平民、乳母の息子である身では分かりかねます。ブロッカ商会長、あるいはデリツィア夫人ならそれを知っているかも知れません」

 ――ブロッカ商会長に知恵をつけた者がいる。

 フォルシアン公爵邸で一度お義兄様ユセフと話していたことではあるけれど、改めて言われてしまえば、やはりそれは頷けない話ではない。

「……デリツィア夫人が目覚めるより、ブロッカ商会長に話を聞く方が早そうですね」


 ヒース君の言葉に異を唱える者はいなかった。
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