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第三部 宰相閣下の婚約者

656 悪役令嬢はどっち?(後)

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「さっき、弟さんも仰ってましたよね?コンティオラ公爵家も投資をした――この一言で、この家は詐欺の片棒を担ぐことになる、と」

「片棒……って……」

 資金おかねを出しているのだから、むしろ被害者。
 そう言いたげなマリセラ嬢を、私は一瞥した。

 五公爵家の家名が抱える影響力の大きさが、社交界以外のところではピンとこないのかも知れなかった。

「世間一般、まさか天下の公爵家が騙された側だとは考えない。むしろ積極的な出資者だと判断をする。コンティオラ公爵家が資金おかねを出しているような所ならと、我も我もと資金おかねを出すかも――と言うか、出させようとしているんです」

 金額の大小は二の次だ。
 重要なのは「コンティオラ公爵家が資金おかねを出した」、その事実だけだ。

「実際に資金おかねを出したのが誰であろうと、世間は『コンティオラ公爵が認めたこと』と判断をする。ドレスや宝石だってそうですよ?選んだのがコンティオラ公爵令嬢であっても、店側からは『コンティオラ公爵家御用達』となる。私のお小遣いで何をしようと――が通用するのは、労働の対価として得たお金だけです。お小遣いは公爵家いえのお金です」

 細かいことを言えば、当主本人は「私のお金」論法が振り回せるかも知れない。
 領政とて立派な「経営」と言う労働だ。

 ただ、それをやったら家が傾く自覚を持っていない筈がない。
 どこにでも例外はいるだろうけど、少なくともエドヴァルドやイル義父様は違う。
 コンティオラ公爵とて、公爵家当主としての責任感はあるように見える。

 つまりは自分がお金を使うことで、周りにどう言った影響を及ぼすのかを、考えないまま買い物をすると言うことはないのだ。

「……公爵家を名乗る者に、私的な資金おかねなど存在しないと言うわけですね……」

 そう呟いたのは、マリセラ嬢ではなくヒース君だ。
 もしかしたら、学園内、お小遣いで買うものにまではその意識はなかったのかも知れない。

「ふふ……学園内で一度よく耳を澄まされてみると良いですよ?コンティオラ公爵令息が好んで食べているものだ!とか、家を継がない立場の令息や出入りの商人なんかが話をしていることがあるかも」

 家を継ぐ立場の者や学園内の従業員、教師なんかは己の立場を自覚して、迂闊なことは口にしないだろう。

 ただ、自活の道を模索しなければならない生徒や出入りの商人は別だ。
 自分の食い扶持に繋がるのだから、むしろ情報収集には積極的な筈だ。

「たとえば学園内の食堂、食事は一種類じゃないですよね?時間のある時に厨房か先生かに尋ねてみられると良いですよ。各領地に配慮された献立に、必ずなっている筈ですから」

 学食の話を、学園理事であるボードリエ伯爵としてみようとシャルリーヌと話をした時に言っていたのだ。
 逆にどこかの領地に偏った献立が出れば、その時点で不正が明るみに出る――と。

 作る方も作る方なら、選ぶ方も選ぶ方。
 まったく気にしない子息もいれば、対立派閥に気を遣った献立を選ぶ子息もいると言う。

 気にしない方が悪いと言う訳ではなく、各家庭の環境にもよるために、どちらでも差しさわりのないように考えられているのだと言う。

 なるほどそれなら、献立が頭打ちにならないためにも、ボードリエ伯爵もこちらの話に耳を傾けてくれる余地はあるだろうと納得したのだ。

「私はこの国に来た時からイデオン公爵家でお世話になっていますから、私が自由にして良いお金があるなどとは今でも思っていませんよ?必要な時は、使い道を説明して、ちゃんと許可は貰ってます」

 たまに渋い表情かおをしていたり、部屋の温度を下げていたりすることはあるけれど、だからと言って説明を省くようなことはしないし、出来ない。

「たとえ自由にして良いと言われようとも、です。逆に、だからこそ、そのお金に責任が乗っていることを理解しなくちゃいけない。成功してから報告しようとか、一番やってはいけないことです。そもそも、楽して儲かるような稼ぎ方なんて存在しないんですから」

「「……っ」」

 私の言葉は、姉と弟それぞれに刺さる何かがあったらしい。
 ヒース君もヒース君で、明日から学食のメニューに悩みまくりそうだ。

わたくしが……何も考えていないと仰るのね……」

「そこまで言うつもりはありませんでしたけど、結果的にそうなった、と言うことです。強いて言えば考えが

「どうして貴女にそこまで言われなくては……っ」

「誰かが言わなくちゃいけなかったことです、コンティオラ公爵令嬢」

 私はチラッとヒース君を見ながら、そう言った。

 私にはヨンナがいて、ドレスや宝石に興味がないなりに、だからこそ余計に適当な注文をしてはいけないと説明をしてくれた。

 場合によってはエドヴァルドの王宮内での立場に影響するかも知れない、と。

 もしも誰かが――たとえばコンティオラ公爵が忙しいのであればヒルダ夫人が、それに近いことを教えていれば、たとえ品物が漁場の開発権に変わろうと、迂闊に資金を出すようなことはしなかっただろう。

「その通りです、フォルシアン公爵令嬢。我々家族の責任です」

 そこまで言わずとも、私の言いたいことを察したらしいヒース君が、そう言って唇を嚙みしめた。

 女主人不在のイデオン家であればこそヨンナが教えてくれたものの、ヒルダ夫人がいる状況では、コンティオラ公爵家の侍女長や使用人たちはイデオン家のような接し方はしないだろう。

 家族の責任。

 イデオン家の内情を知らずとも、ヒース君はそう言うしかないのだ。
 日頃からヒルダ夫人がマリセラ嬢を甘やかしていたと、断言していたのはヒース君自身なのだから。
 
「ヒース……っ」

「深く考えずに資金おかねを出した姉はもちろん、日ごろの姉にほとんど注意をしなかった母にも責はあるし、母に丸投げ状態だった父にも責はあるし、あれこれ言うのを諦めて学園に引きこもっていた僕にも責はある。姉上、今、実際に何が起きていると思います?どうして『詐欺の片棒』などと言われなくてはならないのか」

「まあ……資金おかねを渡したことで、相手は味を占めて次の詐欺を計画しようとする。それもある意味片棒ですけどね」

 私の言葉をフォローと受け取ったのか、ヒース君は「フォルシアン公爵令嬢はお優しい方ですね」と口元を綻ばせた。

 いえいえ幻想です。
 どこかのヤンネさんみたいな実害が少ないからです。

「いえいえ。イデオン公爵閣下へ、もっと具体的な実害が及ぶようになれば、態度も変わるかも知れませんし」

「…………」

 私は正直なところを口にしたつもりだけれど、ヒース君もマリセラ嬢も、それぞれが無言で表情かお痙攣ひきつらせた。

 ヒース君は何だか生温かい雰囲気すら感じたけれど、マリセラ嬢の方は「それが片棒なら、それで良いじゃないか」とでも言いたげな雰囲気すら漂っていた。

「……私から説明しましょうか?」

「いえ、次期コンティオラ公爵として、僕――私が今、ここで話をします。もしかしたら私は次期を名乗れなくなるのかも知れませんが、それでも、この件でフォルシアン公爵令嬢に矛先が向くのは、それは違うと思いますから」

 どうやら未だ頑ななままのマリセラ嬢に、私がこれ以上嫌な役を引き受ける必要はないと、ヒース君が名乗りを上げる形で、顔を上げた。

 さっきまでの大噴火で、少なからずのガスが抜けて改めて冷静になったと言うことなんだろう。

「――レイナ様」

 そこへ静かに、私の背後に近付いてきたルヴェックが、そっと声をかけてきた。

 曰く「門の外、全員捕まったようですよ」――と。
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