聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

655 悪役令嬢はどっち?(前)

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「姉上……っ」

 咎めるような声をヒース君が上げたけれど、私は緩々と首を横に振った。

「もともと私はこの国の出身じゃありませんし、それでなくともエドベリ殿下歓迎のための夜会と、その後の〝ロッピア〟くらいしか社交の場には顔を出していませんから、すぐに分からずとも仕方がないかと」

「――――」

 そんな感じに私がちょっとだけ「ヒント」を零したところで、ようやくと言うべきか、ただ反発していたらしい瞳に別の色が浮かんだ。

「……貴女……」

 さすが公爵令嬢、上から下まで嘗め回すように見るとか、そう言ったことはしないものの、一度で視界全体に私の髪やドレスを収めたようで、その目がゆっくりと見開かれた。

 なので私も、そこでスッと〝カーテシー〟をすることにした。

「初めまして、コンティオラ公爵令嬢。フォルシアン公爵家息女レイナですわ」

 ……お義兄様、横でそんな複雑そうな表情かおをしないで下さい。

「フォルシアン公爵の……父が『見切りをつけなさい』と言うのは……そう言う……」

 どうやらダメパパなりにコンティオラ公爵、私がフォルシアン公爵家の養女になった時に、一応の苦言は呈していたらしかった。

 ただ、普段放っておきながら突然小言を言われたところで、私でも聞かないだろうなとは思うけど。

「……どうして……」
「え?」
「どうして貴女なのよ!政略で隣国の王女が相手とか、それならまだ諦めもついた!せめて側室で、くらいの心境にはなれたわ!それがどうして……っ」

 いや、それは「諦めた」とは言わないと思う。
 ――多分、マリセラ嬢以外の全員が、私の内心と同じ気持ちの筈だ。

「同じ公爵家だもの、オルセン侯爵家よりは遥かに条件は良い筈だし、あのの様なタイプがお嫌なら、私の方がより『公爵夫人』として相応しいことを示せば良いのだと思って、見た目だけのアピールにならないよう努力したのよ⁉」

「あ、はい」

 どうやらトゥーラ嬢と、エドヴァルドを狙っていた二大巨頭状態だったと言うのは、聞いていると確かなようだった。

 なるほど、トゥーラ嬢に欠片も興味を持っていないのなら、違った方向からアピールしないと――と、考えたこと自体は間違ってない。

「それが今度は聖女の姉⁉見た目でも淑女教育でもなく、政治まつりごとが重要だったとでも⁉そんな貴婦人はこの国にいなかったわ!誰を手本にしろと言うのよ!」

 淑女であることと、職業婦人であることを両立させている女性なら、それこそブレンダ・オルセン侯爵夫人なんかは良い例だろうに、とは思ったものの、トゥーラ嬢憎しが先に立って、母親までは視界に入らなかったのかも知れない。

 そう言えばエドヴァルドは言っていた。
 お花畑在住も、公爵夫人になりたい女にも用はない――と。
 それは立場だけのことを指してはいなかったんだろう。

「エドヴァルド様……外交は大事と思っていても、社交はむしろ不要くらいに思ってそう……」

 国王陛下に踊らせておいて、自分は壁の花――とは言わないまでも、誰とも踊ることをしなかったのだから、その姿勢は徹底していたと言って良かった。

「エドヴァルド様……?」

 あ、しまった。
 どうやらココロの声が洩れ出てしまっていたっぽい。

 第三者が聞けば「私は『エドヴァルド様』呼びが許されてるんですよ」って、タダの嫌味だ。

「何よ……何なのよ……っ」

 ギリリと手のひらを握りしめるマリセラ嬢の反応は表向き無視スルーしつつ、私はとりあえずこの場をごまかすように「ふふふ」と微笑わらっておいた。

「コンティオラ公爵令嬢」

 姿勢は立派かも知れない。
 お花畑在住の令嬢よりは、全然。

 ただ壊滅的に、周囲の状況、時勢、自家が何をしているのかと言うことを判断する能力が欠けていたのだと思う。

 ヒース君を見るに、もう何でも言ってやってくれと言う空気すら感じるので、私は遠慮なくそこに乗っからせて貰うことにした。

 多分、エドヴァルドもそうした方が褒めてくれそう――と言うか、詐欺師集団の逮捕に首を突っ込んでいることへのが多少は緩むじゃないかと、淡い期待を抱きつつ、私はマリセラ嬢に話しかけることにした。

「一日何時間勉強なさっていらっしゃいます?」
「え?」

 恐らくはまるで想定外なことを聞かれたからだろう。
 握りしめていた手も緩んで、ぽかんとした顔をこちらへと向けていた。

 普段はキツめの美人さんだけど、意識しないところでは、これはこれで美人がより際立つんだなぁ……と、一瞬場違いなことを考えてしまった。

「私、元いた国で王都学園のもう一段階上、的な学園に通っていたんですけど」

 最初の頃は学園に似ているのかと思ったけれど、年数やカリキュラムを考えれば、王都学園は中高一貫教育の進学校のようなものではないかと思う。

 卒業後は、実家の後継者教育を受けるか、王宮に就職するか、市井に出るか――大学に行くか、高卒で公務員試験を受けるか、民間就職あるいは専門学校に行くか……に似ていると。

 王都学園に上がある、と言っているも同然なので、お義兄様ユセフやヒース君は、分かりやすく目を瞠っていた。

「その学園に入るために、王都学園に通う以上の時間、一日の半分以上を勉強に費やしてました」

「「「⁉」」」

 これに関しては誇張は一切ない。
 中学高校と通っていた時間も加えれば、確実に一日12時間以上は机に向かっていた筈だ。

 ただの丸暗記では意味がない。
 覚えたことを利用して、次の回答に活かすだけの融通さがないと、SランクどころかAランクの大学も通らない。
 だから山ほど問題を解いて、パターンを学んで、応用力をひたすら鍛えたのだ。
 それには時間はどれほどあったとて、足りないくらいだった。

「相手の話を聞きすぎるくらいに聞いて、自分が知っているパターンを頭の中で当てはめて、何を問われているのか、どう答えるのが正しいのか。いくつも問題を解いて、過去例をたたきこみました。今回、私がどうして詐欺が分かったのかと思えば……そう言うことです」

 受験と言うよりは大学に入ってから、経営経済の勉強を進めた過程で目にした事例ではあるけど、過去の事例を知っていて、頭の中で結びついたと言うところは否定出来ない。

 それでも。

「貴女はこの契約書を読んだのかも知れないし、読んだ『つもり』になっているのかも知れない」

「つもりですって⁉」

「この書類のあちらこちらに散りばめられた悪意に、何一つ気付かなければ結果的にそうなりますよね」

「……っ」

「自覚した方が良いですよ?貴女が読んだ『つもり』で交わした契約と、渡した資金おかねは――」

 素人投資家の練習台で済ませられることではなくなった。
 それはちゃんと、自覚して貰わないといけない。

「――このまま行けば領内の侯爵家や大手商会を巻き込んで、コンティオラ公爵家そのものを潰しかねない」

「⁉」


 私の言葉にマリセラ嬢は、これ以上ないくらいに目を瞠り――ヒース君は、そっと床に視線を落とした。
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