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第三部 宰相閣下の婚約者

650 ここは誰の邸宅

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 フォルシアン公爵邸からは、イデオン公爵邸に行くよりもコンティオラ公爵邸に行く方が、実は早い。

 馬車が走り出してそれほど時間の経過を感じないうちから、コンティオラ公爵邸はもうすぐだと、馭者をしているグザヴィエの声が小窓越しに聞こえてきた。

「偽教師はもう邸宅やしきに入っていて、早速授業と称してご令嬢を煽っているとルヴェックが言ってる」

 要約すると「前回の授業で紹介したジェイの漁場に、隣国バリエンダールのとある公爵家も目をつけている。今なら確実に家の為になる儲けを残せるが、恐らく次に授業をする頃には買い占められてしまっているだろう」と、言うことらしい。

 わぁ、と乾いた笑いが出た私の前でお義兄様ユセフは嘆息し、隣のヒース君は両手で頭を抱えていた。

 カルメル商会は、ブロッカ商会とシャプル商会、二つの無関係な(と思わせていた)商会が将来性を匂わせたことで、お金を払ってしまっていたけれど、今回はブロッカ商会と、バリエンダールの高位貴族を匂わせることで、マリセラ嬢を信用させようとしている。

 公爵令嬢であるマリセラ嬢には、シャプル商会よりも隣国と言えど公爵家を匂わせる方が有効だと踏んだのだろうか。

「お義兄様……誰が、とは一切表に出さずに、手口だけをまとめて本にすることを考えてみませんか?それを例えば高等法院やギルドに置けば、今後同じ様な詐欺に引っかからないよう、多くの人に周知出来る気がするんですけど……」

「本……?」

「私のいた国では、詐欺手口ばかりを集めた本と言うのが複数冊あったんですよ。こんな手口があるから騙されちゃいけない!みたいな本なんですけど。特に今回はお手本の様な劇場型投資詐欺ですしね、絶対色々な人に周知させた方が良いと思うんです」

 私が読んだのは、詐欺のテクニックを教えます――と言った、詐欺師側に立った奇書とも言うべき洋書だった。

 図書室でたまたま手にして、英語の勉強と、海外で詐欺はどう捉えられているか、もし総合商社に就職することになったら役に立つかも知れないと、趣味半分実益半分で読んだ本だ。

 あくまで関係者の名前は出さずに、手口の一つとして、新規事業への出資やプロジェクトへの投資を装った投資詐欺、詐欺師A社とB社が同時にある事業への将来性を口にして、相手を信用させてお金を出させる――と言った形で書いてみるのはどうか、と言った話だ。

「裁判記録や刑務取り調べの調書から名前を抜いて、図書館に置くようなものと思って下さい」

「……なるほど。あくまで手口だけを皆が知り、同じ手にかからないよう戒めにすると言うわけか」

「はい。カルメル商会やコンティオラ公爵家の話は一切表に出しません。ただ、同じ被害に遭う人を将来出さないための一案です」

「本か……高等法院の記録係にでも聞けば、相応の出版社は紹介してくれるだろうな。だが、とりあえずはこの件が片付いてからだ。それから、父上に相談してみよう。いくら名前は出さないとは言え、事情を知る者が読めばすぐに内実に気が付くだろうからな。書き方次第では公開処刑のような本になってしまいかねない」

 イル義父様に話がいけば、必然的にエドヴァルドやコンティオラ公爵にも話は通る。

 ある意味、それはそれで降爵やお家取り潰しにならないための落としどころになり得る気がしたのだけれど、それを決めるのは私でもなければお義兄様ユセフでもない。

 イル義父様に相談、と言うのは至極真っ当な判断なのだ。

 だから私も「そうですね」と頷くに留めた。

「……父がどのように言うかは分かりませんが、その話がもし具体化するのであれば、私自身は喜んで協力させていただこうと思います」

 ただ、それまで黙って頭を抱えていたヒース君は、逆にそこで何かを決意したかのように、頭を上げた。

「今回のことは、下手をすれば我が公爵家に追随して資金を出す家や商会が出るかも知れなかった。今後そのような事案を出させないための素案であるならば、それは領地を束ねる公爵家として、許可すべきことと考えます。もちろん、あからさまに名前が出てしまえば混乱しか生まないでしょうから、妥協点は相談させて頂かないといけないと思いますが……」

「ああ。それも含めてだ。終わったら話し合おう。――着いたようだ」

 お義兄様ユセフが片手を上げて、ヒース君を遮った。

 ふと窓の外を見れば、門番として正門の扉を開けたのは何故かコトヴァで、私の唖然とした視線に気が付いたのか、ニヤリと微笑わらいながら片手を小さく振っていた。

 あれは自分が門番のフリをする方が、話が早いと判断した顔だ。

 そして馬車はそのまま、コンティオラ邸の正面を素通りして、奥の業者、使用人のための出入り口へと回された。

「……少し前から『授業』は始まっていますよ。ここの家令にも協力して貰って、邸宅やしきの中に入って来た関係者と貴族のご夫人、全員同じ部屋に入るよう誘導して貰いました」

 中から出て来たのはルヴェックで、待機する部屋への案内傍ら、そんなことを口にした。

「うん。それなら、万一途中でバレて逃げようとされても、何とか中で押さえられるかも知れないね」

「部屋の外で見張りに立たれるのも色々と面倒くさいですしね。ここの家の護衛も、今はまとまって待機しています。基本は、アイツらが金を持って邸宅やしきを出たところで、一斉に動ける体制です」

 その合図は、偽ウリッセのハジェスが、詐欺集団を外まで誘導するフリをしながら出すことにしたらしい。

「……ホンモノのウリッセは?」

「使用人部屋で無理やり眠らせました。内通者としての罪悪感やら妹の心配やらであまり役に立たなそうだったので」

 いくらそれなりに腕に覚えがあると言っても、演技が壊滅的に出来ない人はいる。
 おおかたハジェスあたりが、最後まで自分がった方が良いと判断したんだろう。

 私も「……そっか」としか、答えることが出来なかった。

「アイツら戻って来たら、ワタシ、副団長、任せろ」

「そうだな。我らは確かに証人として呼ばれてはいるが、正直それだけだと物足りないところもあるしな」

 元特殊部隊員と現自警団副団長は、そう言って頼もしそうに笑った。

 仮にコンティオラ邸の護衛が外での捕り物に出払ったとしても、恐らく彼らと〝鷹の眼〟の三人で万一には備えられるだろう。

「ハジェスには、外での捕獲はコンティオラ邸の護衛に任せるように再度伝えてね。誘導後は門内で待機」

「大丈夫です。外のことは、花を持たせるってことで話ついてますから」

 ルヴェックもそう言って笑い、そう言っている間に一つの扉の前で立ち止まった。

「どうぞ。こちらにいらっしゃれば、ある程度『授業』の様子が知れますよ」

 ……まるでイデオン公爵邸内部であるかのように、ルヴェックがコンティオラ公爵邸内を把握しているけどいいんだろうか……。

 そう思いながらも、今更かも知れないと、私は全力で気付かないフリをすることにした。
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