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第三部 宰相閣下の婚約者

644 明かされる内部(後)

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「目覚ましもないのに仮眠と言われてもなぁ……」

 エリィ義母様は侍女長カミラに起こさせると言っていたけど、どうにも私も邸宅やしきに待機させるんじゃないかとか、時間の忖度があるんじゃないかとか、色々と不安が消えない。

 それに寝間着に着替えたところで、すぐさま再着替えの必要が生じるだけ。

 結局侍女長カミラには、すぐに着替えられる室内着への着替えに留めて貰った。

 それで眠れるのか、と言う表情を浮かべていたのは、敢えて無視スルーしておく。

 どうせ〝鷹の眼〟かキーロが、すぐにベランダに現れる筈と思ったからだ。



「わー、やっぱ起きてるわ。さすが『懲りる』が行方不明」

 そして案の定、そう幾ばくも無い内に、ベランダに繋がる扉がコンコンとノックされた。

 ファルコに近い、このぞんざいな口調は――フィトだ。

 イデオン公爵邸から、ファルコに言われてやって来たんだろう。
 部屋の中に招くと各方面騒ぎになりそうなので、とりあえず私の方からベランダに出ることにした。

「後半ちょっと不本意だけど、今はそんなコト言ってる場合じゃないか……いきなりベランダなんかに来て大丈夫なの?フォルシアン公爵家の護衛に敵認定されない?」

 しかもベランダに出てみたら、フィトだけではなくグザヴィエも一緒だった。

 どうやら、バリエンダール北方言語の関係でコトヴァの手が必要だったのなら、念のため自分もいた方がいいだろうと思ったらしい。

 潜入にはコトヴァの方が良かったのなら、こっちで私に付く分には、体格云々は関係なく、むしろフィトと並んで護衛らしく見えて威嚇できるだろう、と。

 護衛だからと言って、筋肉至上主義みたいな人間が集まっている訳ではないのだと、私は〝鷹の眼〟から色々と学んだ気がする。

「ああ、フォルシアン家の〝青い鷲〟の連中には当然邸宅やしきに入る時にひと声かけてるよ。無駄に体力削ることもないしな」

 そんなグザヴィエの言葉に、私は小首を傾げた。

「……〝青い鷲〟?」

 知らなかったか?と、言葉を繋いだのはフィトだ。

「イデオン家の護衛は通称〝鷹の眼〟だが、フォルシアン家の場合は〝青い鷲〟だ」

「通称……」

 王都内、護衛同士や公爵同士、陛下との会話の中などで名前は出るものの、王宮においては表向き、どの家も〝影の者スクゥーガ〟とひとまとめに呼ばれるのが本来の呼ばれ方だそうだ。

 それを他の家と区別するために、内々に別の名を隠し名的に付ける家が現われ、今では二つ名を持たないのはコンティオラ公爵家の護衛のみ、と言う状態らしい。

「まあその、最初に『他と区別しよう』と言い出したのが、まだ小さかったお館様らしいけどな」

「え、そうなんだ。エドヴァルド様が最初なんだ」

「ああ、でも、この話はここだけの話な。世の中何でも、深く聞かない方が良い話ってのはあるんだよ」

「……フィトが何かお祖父ちゃんくさい」

「ほっとけ!誰が部屋凍らせてまで聞きたいと思うって話だろうが。俺らだって空気くらい読むわ」

 隣でグザヴィエも頷いているところからすると、誰かが一度、正直に聞いたことがあるのかも知れない。

 ……部屋が凍ると聞けば、確かに聞かない方が平和だなとは思ったけど。

 それを聞いてどうするとか、何か役に立つのかとか言われたら、何も言い返せない訳だし。

 ちなみにレイフ殿下が抱えていた特殊部隊は〝影の者スクゥーガ〟とは最初から関わりのないところで雇われた者たちらしい。

 一方で王宮でヘルマン司法・公安長官が責任者となっている〝草〟は、元は〝影の者スクゥーガ〟だった中から、政変が起きて国王となったフィルバートが各公爵の不正を監視する意味で組織させた、言わば後発の護衛部隊らしい。

 だからエドヴァルド様も、司法・公安部署の下にはあっても、直接自分はタッチしていないようなことを言っていたんだと、ようやく少し腑に落ちた。

 さすが裏同士、各組織のことは皆それぞれに把握をしていると言うことなんだろう。

「どうせ寝ないだろうから、今、ルヴェックから来たコンティオラ邸の中の状況を聞くかと思って、来てやったんだよ」

 どうやらギーレンで目撃した、あのテレパシーもどきな謎の連絡手段を、また使っていたらしい。

 使える人間は限られているのかと思っていたけど、思ったよりも多くいるのは間違いなかった。

「どうせ寝ない……」
「寝るのか?話聞かずに」
「いや、とっても有難く聞かせて頂きますけど」

「――それ、ワタシも聞く」
「「「!?」」」

 そこに更に別の声が割って入って来て、驚く私を、あっという間にフィトとグザヴィエが庇った。

「明日の役に立つ。ワタシも、話、聞きたい」

 フィトとグザヴィエの間からヒョイと覗けば、そこにはいつ、どうやって現われたのか、キーロが音もたてずに佇んでいた。

「あ……二人とも、彼は大丈夫。レヴの『元同僚』で、今は王都警備隊所属。今回の協力者でもあるから」

「元同僚……」

「それはそれで信用していいのか……」

 元同僚イコール特殊部隊出身であることは、すぐに分かったんだろう。
 すぐに警戒が解けるものでもないことは、仕方のないところかも知れなかった。

「大丈夫、大丈夫!だってレヴからリファちゃん預かって来られるくらいだから、こっち側の人で合ってると思うよ?」

 リファちゃんが認めた時点で問題なし!
 そう力説した私に、フィトとグザヴィエは一瞬だけ、何とも言えない表情を垣間見せた。

「いいのか……?」
「まあ、時間もあまりないわけだから……」

 あくまで妥協した、と言うていを崩さず――つまりは私を庇うように立ったままの姿勢で、フィトが仕方がないとばかりに頷いた。

「まず、邸宅やしきに入ったって言うコンティオラ公爵家の坊ちゃんは、頑張って、耐えたって話だな。姉貴らしい令嬢が何だかんだと話しているのを、血が滴り落ちるじゃないかってくらい拳を握りしめながら、しばらく黙って聞いていたらしいぞ?」

「何だかんだって……」

ジェイほたての漁場の開拓における利益がどうとか、それにおけるコンティオラ公爵家の優位性の向上がどうとか……?どうせ詐欺師が適当なコト言ってるのを真に受けてるんだろうと、ルヴェックもあまり真面目に聞き取っていなかったみたいだな」

 ルヴェックが意外に適当!
 いや、言ってるコトは間違ってないけど!

 それにヒース君……この後の「作戦」を考えて、相当に我慢したのが透けて見える。

 全部片付いたら、お抱え医師を呼んで貰っておいた方が良さそうだ。

「とりあえずは坊ちゃんが二人連れて学園の視察に出た――ていを装って邸宅やしきを出た後に、家庭教師のフリをした連中が中に入るだろうと、ならいっそ誘導してしまえとなった。今は誘導の途中だ」

「こちらに都合の良いように、中に入れてやれ、と」

「そんなところだろうな」

 偽の使者を立てる、手紙を出す……やり方は色々あると、フィトは言った。
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