聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

640 歩み寄り?

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「ブロッカ商会の連中の滞在先が分かったと言うことか?」

 おもむろに問いかけたのは、お義兄様ユセフだった。

 セルマの街は、王都に入る直前、最後の宿泊地としてよく利用されることもあり、それなりの規模と賑わいがある。

 この短時間でよく見つけたな、と言わんばかりで、正直私もそう思ったのだけれど、ゼイルスは「そう難しいことではなかったです」と、答えた。

 髪で覆われた顔の右半分、額から頬骨にかけて刀傷が残っているとは言うものの、目が見えないと言うわけではないらしく、日常生活にも支障はないらしい。

「新興商会の商会長と言っても、貴族階級の人間だと聞きました。しかも現在進行形で詐欺を働いている。だったら、そうそう場末の宿には泊まらない。本人の矜持も、見栄もある筈。そう考えて候補を絞れば、該当する宿なんて片手の数で事足りたので」

 しかも最初の宿でもうヒットしたと言うから、ゼイルスの頭の回転を褒めるべきか、ブロッカ商会商会長の単純さを笑うべきか。

 まあ、この場合は両方かも知れないけれど。

「何かひどいことでもされていれば、いっそ連れ出して来ようかとも思いましたが、恐らく宿やその周辺の周囲の目も考えたのでしょう、召使的なことをさせているようだったので、ならば大丈夫かと、いったん戻って来ました」

「……そうか」

 ゼイルスのその言葉に、お義兄様ユセフがそれこそ口の中に魚の小骨でも残っているかの様な、微妙な表情を見せた。

 あ、うん。
 言いたいことは分かる。

「ユセフ? レイナちゃん? 二人ともどうしたの、そんな微妙な表情かおをして」

 気付いたエリィ義母様がこちらに問いかけてきて、お義兄様ユセフの視線もこちらに向いた。

「……やはり、不自然か?」

 おおっ、初めての義兄妹きょうだい一対一の会話!

 まあ、この人はどこかの法律顧問よりも遥かに若いし、その誰かさんに比べれば、近頃は反省と歩み寄りの余地が垣間見える。

 誰かさんの場合と違って、あまり反発するとエリィ義母様やイル義父様が悲しむかも知れないので、歩み寄りには歩み寄りを返そうと思う。

 私はコクリと頷いた。

「多分、脚本を書いた人間が背後にいると思います。ブロッカ商会長は、主要でしょうけどあくまで演者の一人じゃないかと」

「……だな」

 私の言葉を首肯したお義兄様ユセフに、エリィ義母様もちょっと驚いたみたいだった。

 あら……と、小さな呟きが洩れる。

「どういうことか、わたくしにも説明してくれるかしら?」

 ここはお義兄様ユセフに譲っておこうと、私が無言で視線を向けると、お義兄様ユセフは困惑交じりに片手で髪をかきあげながら、自分の中で言葉を選んでいるようだった。

「その……ゼイルスの口ぶりからすると、その商会長とやらは、お金の回収を優先していて、余計な揉め事を起こさない様に警戒しているように思います。それでいて行動には迂闊なところも多い。とてもこの今回の詐欺事件を主導しているようには思えなくて……」

「レイナちゃんも、そう思うの?」

 エリィ義母様が公平に話を聞いてくれようとするので、私は決して追従しているわけではないと仄めかせながらも、頷いた。

「騒ぎを起こして、お金が回収出来なくなるようでは困ると言われているんじゃないかと。コンティオラ公爵家の評判を下げたいのに、自分たちが下衆と罵られるようでは意味がありませんから」

「誘拐、監禁も充分に下衆だろう」

「それを言ったら詐欺自体が既に犯罪ですよ、お義兄様。多分彼らの中での線引きが、故意に女性の尊厳を傷つけるか、つけないかと言うところにあるんじゃないかと」

「そんな線引きがあるか?」

「だからこそ、彼らの後ろに脚本を書いた人間がいると思えるんですよ。多分それを許してしまったら、コンティオラ公爵夫人も令嬢も、永遠に自分たちの方を向いてくれなくなる――そう思っている、脚本家が」

 まあ、そもそも一度も向いていない気が……と私が肩をすくめたところで、お義兄様ユセフもエリィ義母様も、私が何の話をしているのか、頭の中で繋がったみたいだった。

「レイナちゃん、それって……」

「あくまで想像です、エリィ義母様。多分その誘拐と監禁を、自作自演で妹さんを救いだしたと見せかける方向に持って行きそうな気がしますけど、それであれば尚更、ブロッカ商会長では役者は出来ても脚本家は無理な気がして」

 エリィ義母様と同じく、口元に手をあてながら私の言葉を聞いていたお義兄様ユセフも、なるほどな……と頷いていた。

「ブロッカ商会長を説得して投降させる勇者でも現れるか……?」

「存外芝居心がおありですね、お義兄様。あるいは小さいころ、勇者のお話とかお好きでしたか?」

 思わず口元を綻ばせてしまった私に、お義兄様ユセフは不本意げに眉根を寄せた。

「そんな可愛らしい話ではない。高等法院にいれば、そんな裁判記録に遭遇することも出てくる。それだけだ」

 ……どうやら高等法院、二時間サスペンスや昼のドロドロドラマが何本でも作れそうなネタの宝庫らしい。

「法の遵守は素晴らしいことだけれど、おかげで色々と拗れちゃって……」

 エリィ義母様の溜息は、なかなかに実感がこもっています。

 ああ、いや、それはそれとして、話を戻さないと。

「お義兄様の仰るような『勇者』がもしセルマにいるか、現れるかするなら、人手を割いた方が良いんじゃないでしょうか? 多分そこから、コンティオラ公爵家のお嬢様が渡すであろう資金を回収するために王都に移動して来るか、その資金をセルマで待つかすると思うので、今のうちから様子を見ておいた方が良いかも……?」


 私の言葉に、お義兄様ユセフはしばし天井を見上げて、考える仕種を見せた。
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