聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
608 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

633 絶対零度の晩餐会~団欒の間、再び③~

しおりを挟む
「エドヴァルド、そろそろ王宮に――」
「ソゾン」

 イル義父様が、タイムリミットだと告げようとした時、エドヴァルドが不意にそれを遮った。

 トーカレヴァ・サタノフの元同僚。現在は王都警備隊勤務で、レイフ殿下麾下特殊部隊出身と言うキリーロヴ・ソゾンに関して、エドヴァルドはトーカレヴァ同様に、愛称呼びをするつもりは微塵もないようだった。

 本来なら、私にも愛称呼びはさせたくないと、その表情がありありと語っているのだけれど、リファちゃんが絡んだ時点で諦めざるを得なかったようだ。

「以前にサタノフが、バリエンダールで〝痺れ茶〟がアンジェスにも流入したことがあると話をしていた。おまえは、その話を知っているか?」

 私が、自警団副団長の登場もあって、まだ聞けていなかったその話を、エドヴァルドがそこで代わって聞いてくれたのだ。

 恐らくは、王宮に戻る前にどうしてもそれを聞いておきたかったんだろう。

「……シビレ茶?」

 どうやらキーロは、アンジェス語がカタコトとは言っても、聞く方がまだ支障がないのか、エドヴァルドの話自体に疑問を呈することはなかった。

 なぜ〝痺れ茶〟の話?と言った表情が浮かんだだけだ。

「シビレ茶、一度、ボードストレーム商会で扱う話、出たコトある。銀を売りたい商会、王都の夜会、茶会にお茶を持ち込みたい、ナルディーニ家、話、したコトある」

「「……ボードストレーム商会⁉」」

 キーロは何気なく、問われたことに答えただけだったけど、私とエドヴァルドの声が、それに対し思わぬところでハモってしまっていた。

「エドヴァルド? レイナちゃん?」

「……レイフ殿下が出資をしていた商会だ。アルノシュト伯爵夫人の実家関係者も絡んでいた」

 二人の反応を訝しんだイル義父様に、エドヴァルドが静かにそれだけを答えた。

 口調が過去形なのは、既にエドヴァルド自身が銀相場に介入して、商会に壊滅的な打撃を与えたからに他ならないのだけれど、まだキーロが何か続けようとしていたのを見て、そこで口を閉ざしたのだ。

「その話、銀、相場揺らいで、中断した。だけど商会、殿下、ナルディーニ家、在庫少しある筈。ギーレン、需要確認する話、あった。ワタシ、メッツア行く筈だった」

 エドヴァルドが目を瞠り、私は場所がフォルシアン公爵邸でなければ「マジかぁ」くらいは言ったかも知れなかった。

「クレスセンシア姫の持参金になるかも知れなかったのは、銀だけじゃなかったんですね……」

「……そこは、貴女の知る『物語』にはなかった?」

 私も、恐らくシャルリーヌも〝蘇芳戦記〟は全ての国のバージョンをプレイしている。

 だけど確実に〝痺れ茶〟なんてアイテムは存在しなかった。
 シャルリーヌだってゲーム上の知識としては知らない筈だ。

「……はい」

 エドヴァルドの問いかけに、私は首を縦に振ることしか出来なかった。

 ただ、私が本来の〝蘇芳戦記〟ルートとして存在していた、エドヴァルドの機密情報漏洩疑惑による追放ルートを潰したことで、付随して起きたことなのかも知れないとは思ったのだ。

 追放ルートを潰すために、資金源を断とうと銀相場を揺らがせた。エドヴァルドは私の考えを読んで先んじたに過ぎず、あくまで結果としての実行者だった。

 銀相場が揺らいだことで、ボードストレーム商会とレイフ殿下の屋台骨も揺らいだ。
 多分、アルノシュト伯爵夫人の実家繋がりで、伯爵領にも何らかの影響は裏で出ている筈だ。

 そしてその影響で〝痺れ茶〟をナルディーニ侯爵領から王都、ギーレンのメッツァ辺境伯領に流入させようとした話が頓挫した。

 お茶の在庫を抱え、レイフ殿下に献金する筈だった資金のあてを無くしたナルディーニ侯爵家は、海産物取引のあったバリエンダール・ベッカリーア公爵家側からのアドバイスで、ジェイほたての漁場に絡んだ投資話で、資金を回収するべく動いた。

 既にレイフ殿下が失脚状態にあってもその話をゴリ押ししたのは、恐らく侯爵と息子が、コンティオラ公爵母娘おやこを手に入れたいと言う邪な思いを消しきれなかったからではないだろうか。

「その〝痺れ茶〟は、メッツァ辺境伯家にはまだ流れていないのか?」

 もし流れていれば、いくらアロルド・オーグレーンの遺した書物が保険として辺境伯家にあろうと、今度こそ元第一王子パトリックは完全に表舞台から消される。

 エヴェリーナ妃と言えど、手の打ちようがないのではないだろうか。

 思わず固唾を飲んでしまった私を見たから、と言うわけではなく、キーロはエドヴァルドの問いかけに間髪を入れず「ない」と答えていた。

「銀、想定より売るコトできなかった。だから、お茶も見本しかない。姫さま、持って行けなかった」

 私だけではなく、エドヴァルドもホッと息を吐き出したのは、多分気のせいではない筈だ。

「今の時点で証拠はないが……アルノシュト伯爵家にもあるかも知れないな……」

 ありそうだ。
 とても、ありそうだ。

 イデオン公爵領にありながら、レイフ殿下の子飼いとしての側面の方が強かったアルノシュト伯爵家だ。

 銀の採掘による公害で廃墟となった村で、こっそり在庫を抱えている可能性さえあった。

「いっそ関係者まとめてサレステーデに送ってやれと、陛下に奏上するか……?」

 無表情になった宰相閣下の呟きが、冗談に聞こえなかったのは私だけだろうか。

「レイナ」
「はい」
「任せてくれるな?」
「エドヴァルド様……」

 少なくとも〝痺れ茶〟に関わる部分については、とエドヴァルドは言った。

ジェイほたての漁場に関係した投資詐欺の話については、貴女にお願いするしかない。口惜しいが私の手は今回、そこまでは回らないだろうからだ。貴女の手を必要以上に煩わせることは、私の本意ではないのだが……」

 そう言ったエドヴァルドが、私の手をスッと持ち上げる。

「イデオン公爵邸内、資金も人手も、使えるものは全て使っていい。その身に危険が及ばないようにだけ、くれぐれも気を付けて欲しい。もし、危険な目にあったら――」

「あったら?」

「…………」

 エドヴァルドは答えなかった。
 答えないで、私の手の甲に唇を落として――意味ありげに微笑んだ。


 ええっ、ちょっと、怖いんですが――‼
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

【完結】略奪されるような王子なんていりません! こんな国から出ていきます!

かとるり
恋愛
王子であるグレアムは聖女であるマーガレットと婚約関係にあったが、彼が選んだのはマーガレットの妹のミランダだった。 婚約者に裏切られ、家族からも裏切られたマーガレットは国を見限った。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。