聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
603 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

628 絶対零度の晩餐会~食堂の間③~

しおりを挟む
 先代エモニエ侯爵の後妻と言うのは、どうやら先々代国王の放蕩の弊害、所謂「お手が付いた」女性の「お下がり」の中の一人だったらしい。

 しかもジュゼッタ姫の代わりと称してやって来た令嬢の傍仕えとして、婚約者と引き離されて無理に同行させられた、バリエンダールのベッカリーア公爵家派閥下にある伯爵家の令嬢だったんだそうだ。

「うわぁ……」

 コンティオラ公爵夫人の話を聞きながら、私は周囲に聞こえない程度の呟きを洩らしながら、片手で額を覆った。

 まさかこんなところで、ベッカリーア公爵家の名前を聞くとは思わなかった。
 いや、茶葉の取引と聞いた時点でイヤな感じはしたんだけれど。

 チラとエドヴァルドを見れば、わずかに、トーレン殿下が宰相としてこの件にどう関わっていたのかを、思い出そうとしているようだった。

「殿下の引継ぎ資料には、エモニエ侯爵家には既に跡取りが生まれていたから、無理に子を為さずともエモニエ侯爵領で心穏やかに過ごして貰えれば――と言った配慮が、当時なされていたとあった。ちょうど先代侯爵は妻を亡くされたばかり。いずれ周囲から再婚を勧められるだろうから、名ばかりの妻は互いにとっても益となろう……と」

 だが実際には、その後妻は心穏やかに領地で過ごすどころか、いずれ自分を手放した実家に何らかの復讐をしようと、虎視眈々とその機会を窺っていたんだそうだ。

「もともと、義母が実家の伯爵家から無理にアンジェスに同行させられた際に、ベッカリーア公爵家の関係者と『いずれ本人を戻すか、それが叶わぬ際は娘を一人、ベッカリーア公爵家と縁づかせて、実家に圧力をかけること』を約束させたと聞いています」

 本人が戻りたかったのは、元の婚約者とよりを戻したかったため。
 もしもそれが叶わないなら、せめて娘をその元婚約者の家に縁づかせたい。
 そのための、ベッカリーア公爵家との養子縁組を狙おうとしていたらしい。

「父にその気は微塵もなかったのです。ただ、海の向こうの元婚約者が亡くなったと聞いた時点で、病的なまでに娘を欲するようになったとかで、父に縋ったのはもちろん、夜会のたびに色々な令息、はては護衛や使用人にまで声をかけるようになって……」

 なるほど、エモニエ侯爵家内の使用人の質が落ちたのは、なびくなびかないはともかくとして、後妻の誘惑に振り回される者が続出したからと言うことか。

 更にその過程で、夜会で距離の近くなったナルディーニ侯爵家から、目を付けられることにもなったらしい。

 後妻も、先妻の娘がいなくなれば、先代エモニエ侯爵にも自分を顧みる余裕が生まれるのではないかと、ナルディーニ侯爵家からの接触を拒まず、むしろ積極的に場を提供しようとして、幾度となくくだんの乳母と衝突をしていたらしかった。

 ナルディーニ侯爵と関係を持ちながら、義理の娘を嫁がせる算段を立てていたと言うのだから、その義母の心は、既にこの国で無理やり国王のお手付きとされた頃から、壊れていたのかも知れなかった。

「代替わりをした時点で、兄は使用人を大幅に入れ替えました。義母も領都から離れた領地でしていると聞かされていたので、その話ももう立ち消えたと思っていたのです」

 そんなある日、護衛ウリッセの下に、亡くなった乳母の同僚だと言う女性が現れたのだと言う。

「その女性は言ったそうです――『貴方の妹は、本当は先代侯爵の奥様と、ナルディーニ侯爵との間に出来た不貞の子。この醜聞を表沙汰にされたくなければ、妹の身柄は奥様に差し出すように』――と」

「……な」

 まさか、馬鹿な、と叫ぶほどには、コンティオラ公爵は夫人の言葉を疑ってはいないのだろう。

 一瞬の驚きは見せたものの、黙って続きを促していた。

「領都で乳母の墓を守る妹と、血の繋がりがないことはウリッセも分かっていたと言っていましたわ。ただ自分の母親から『大人の都合に振り回された可哀想な子だから、実の妹と思って接するように』と言い聞かせられていた、と」

 だからその背景がもし本当ならば、コンティオラ公爵家に迷惑をかけてしまうと、ウリッセは当初口を噤んでいたらしい。

 その「妹」が将来的にはバリエンダールの公爵家の関係者になるかも知れないとも聞かされて、かえって妹の為になるのではと思ったそうだ。

 そして、そのための持参金がかなり必要になるからと、ナルディーニ侯爵家側が「手っ取り早く金を稼ぐ方法」として、ベッカリーア公爵家から伝授された話があると聞かされたのだと言う。

 まさかそれが投資詐欺となって、よりによって自分の娘に跳ね返って来るとは思わなかったとコンティオラ公爵夫人は言う。

「ごめんなさい!本当は、すぐにあなたに相談をしなくてはいけないことは分かっていました。けれどあなたはほとんど王宮から戻っていらっしゃらないし、何よりウリッセを説得して、危険なコトはさせないようにしなくてはと気ばかりが焦ってしまって……」

「ヒルダ……」

 ハッキリ言って斜め上から降りかかって来たであろう事態に頭を抱えたのは、コンティオラ公爵だけではなかった。

「これは……陛下にも伏せておけなくなったか……?」

 口元に手をあてて呟くエドヴァルドに、頷くイル義父様の顔色も悪い。


 ――私の脳裡を一瞬、大鎌背負った死神フィルバートが、人差し指をちょいちょいと動かして「首を寄越せ」と微笑わらっているがよぎった。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~

Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。 その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。 そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた── ──はずだった。 目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた! しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。 そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。 もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは? その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー…… 4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。 そして時戻りに隠された秘密とは……

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。