聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
600 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

625 絶対零度の晩餐会~応接間から食堂へ~

しおりを挟む
 現時点で公爵サマ方は、三国会談関連の仕事を中断している状態で、この場にいると言うことになる。

「ユセフも戻って来たことだし、食堂ダイニングに移動してしまおうか」

 と、邸宅やしきの主であるイル義父様が言えば、それはもう決定事項なのだ。

 元より今回、間違っても歓談だ交流だと集まっている訳じゃない。

「レイナ……」
「……っ!?」

 エドヴァルドが席を立つタイミングに合わせようとしたら、何故か一番最後になってしまい、フォルシアン家、コンティオラ家と応接間ドローイングルームを出たところで、そのまますっぽりと抱きすくめられてしまった。

 なんか、ギーレンでもこんなコトがあったような――⁉

「エドヴァルド様……っ」
「もう少し……いや、もっと……私を頼ってくれないか……?」

 ここ、人んです……っと言いかけるよりも早く、切なげなその声に、私はピシリと固まってしまった。

「で、でも今は……っ」
「私は……目の前のひとつのことしか処理出来ない男ではないつもりなんだが……」

 世の平々凡々な官吏のほとんどを敵に回すようなコトを、真顔でエドヴァルドは言う。

「貴女が何処かに行くたび、何かに巻き込まれてはいないか、その身に危険は及ばないのか……不安で仕方がない。事後報告が一番堪える……」

「私は……ただ……」

「分かっている。分かっているんだ。だからただ、私の門戸はいつでも貴女の為に、貴女の為だけに開いていると――覚えておいて欲しい」

 私の妻になるのだから――。

 最後、グッと声を落として囁かれたセリフに、私は赤面した。
 そして私が何かを言う前に、エドヴァルドの唇が私の唇の上を軽く掠めた。

「!」

 それ以上、深い口づけにならなかったのは、どこか頭の片隅にでも、ここがイデオン公爵邸ではないとブレーキが効いたんだろうか。

 至近距離で、エドヴァルドの視線が、じっと私を捉えた。

「……コンティオラ邸に、ちゃんと〝鷹の眼〟は配してあるんだな?」
「えっと……ファルコに頼んだから、多分……」
「現行犯を押さえる場に、貴女は近付かないんだな?」
「別室待機のつもりで……」
「全て片付いたら、ここではなく、イデオン邸で私と過ごしてくれるな?」
「…………」

 あれ、どさくさまぎれに違う話が入ってる?
 あれ、ここは頷くところ?一択?

「レイナ」
「…………ハイ」

 どうやら、頷く以外の選択肢は存在しないみたいです。

 首を縦に振ったところで、エドヴァルドはようやく「行こうか」と、少し身体を離してエスコートの手を差し出した。

「……あの、皆さんもう食堂ダイニングに行っちゃってますけど」

「他の公爵家と違って、フォルシアン邸であれば昔から何度も出入りをしていたから、よく分かっている。迎えも案内も必要ない」

 なるほど昔からイル義父様は、親を亡くしたエドヴァルドにあれこれ構っていたんだろう。

 エドヴァルドはまるで迷うことなく、フォルシアン公爵邸の食堂に足を踏み入れていた。


*         *         *


「今日はね、こんな予定じゃなかったから、厨房にはレイナちゃんの好物と聞いた品物ものばかりを揃えさせてしまったのよね……」

 食堂のテーブルに並べられた料理を見ながら、エリィ義母様が片手を頬にあてて小首を傾げて見せた。

「……もとより我らは招かれざる客と心得る。気にしないで欲しい」

 と言うようなことを小声で囁いた?のは、コンティオラ公爵だけど、ちょっと顔色が良くない。

 ただそんな話が出ていたなんて私も知らなかったし、エリィ義母様も純粋に私が好きだと聞いたから――と言う話だったにせよ、今、ホタテ料理と言うのはどうにも皮肉のスパイスが効きすぎている気がした。

 エリィ義母様曰く、意図していないと言うことらしいけど。

「お肉と〝スヴァレーフジャガイモ〟に関しては、出来ればフォルシアン領の物を食べて貰いたかったから、イデオン邸で食べている物とは少し違うと思うのだけれど」

 ホタテはもちろん、どうやらお肉も好きそうだと聞いたものの、ハーグルンドの牛肉は手に入らないため、フォルシアン公爵領下ヘリット伯爵領の豚肉を。

 ジャガイモはヒュープ伯爵領を中心に栽培されている「デザレイ」と言う、別の品種のジャガイモを仕入れたと言うことだった。

 アサリの代わりにホタテが入っていると思しきクラムチャウダー風スープ、豚ロースを使ったっぽいポークピカタ温野菜添えに、白身魚とデザレイジャガイモのグラタン。

 なるほど〝デザレイ〟は〝スヴァレーフ〟に比べると、身はやや硬めながら食感は滑らか――な気がする。
 茹でても崩れにくいそうだから、グラタン料理に重宝されている、と言うことらしい。

 デザートは一口サイズの固形のチョコレートと、お馴染み?チョコレートドリンク。

 エドヴァルドから、私が好んで食べていた物をリサーチして、プラスでフォルシアン公爵領の農作物も混ぜました――と言う意図でのメニューだったらしい。

 慣れないフォルシアン公爵邸で過ごすのだから、新たにインスピレーションが沸くかも知れないメニューや、特許権が絡んで気を遣う様なメニューは避けて、食べ慣れた物を……と、その時にエドヴァルドは言ったんだそうだ。
 
 そんな風に料理の説明を受けながら、途中までは食事が進んでいたんだけれど、ある程度それぞれのお皿にあった料理が減ったところで「……さて」と、邸宅やしきの主であるイル義父様が口火を切った。

「さっき話が途中になったけど、邸宅やしきに詐欺集団を招き入れて、コンティオラ公爵令嬢を囮に投資の現金を渡したところで現行犯逮捕――この作戦は、邸宅やしきの主も承認した、と言うことで良いのかな」

 コンティオラ公爵、と話しかけらたところで、公爵の肩がピクリと動いた。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~

Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。 その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。 そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた── ──はずだった。 目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた! しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。 そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。 もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは? その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー…… 4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。 そして時戻りに隠された秘密とは……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。