聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

619 絶対零度の晩餐会~お出迎え~

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 基本的に邸宅やしき持ちの貴族が他者を招いて食事をする場合、到着時には玄関ホール脇の大広間、あるいは団欒の間ホワイエと呼ばれる場所に案内をして、外套や帽子を預かったり、使用人が到着を告げに行って戻って来るまでを、そこで過ごす。

 その後はダイニングルームにほど近い応接間ドローイングルームに案内されて、食事の用意が整う、あるいはある程度の参加者が揃うまでを、歓談しながらそこで過ごすそうだ。

 ガーデンパーティーの場合は、応接間ではなく庭へと案内されるけれど、今夜は邸宅内での夕食になるので、団欒の間ホワイエの次は応接間へと、皆案内されるのだろう。

「正式な夕食会ディナーであれば、邸宅やしきの女主人であるわたくしが、応接間ドローイングルームで食事の用意が整うまでのおもてなしをして、用意が整ったところで、夫がダイニングルームへと招待客を案内するために現れる……って言う手筈になるのだけれど……今日はどうしましょう……」

 きっと私の為にとちょっと説明口調だったエリィ義母様が、小首を傾げている。
 今日に限って言えば、イル義父様も「説明される側」の人だからだ。

「いっそのこと『どうして今日集まっているのか』を応接間で全員に説明して、それから食事を挟んでダイニングルームで『これからどうするのか』を相談する――とかではダメでしょうか……」

 皆、頭の中で情報を整理する時間が必要なんじゃないだろうか。
 個別質問があれば、食事の合間に聞けば良い。

 お世辞にも食事中の話題に相応しいとは言えないけど、そもそも招いている理由が理由なのだ。

 とは言え、さすがに非常識と言われるだろうか……?
 様子を窺いつつ試しに聞いてみれば、エリィ義母様は意外にも一言の下には否定をしなかった。

「まあ……食事中の会話がゼロと言うのは、もてなす側からすれば失敗と言えるでしょうし、ダメではないのだけれど……」

 会話がないのと会話の内容が物騒なのと、どちらがマシかと言う話だ。

 前門の虎、後門の狼。
 四面楚歌。
 ……ちょっと違う?

「エリィ義母様、多分公爵様がたは皆さん、夕食が終わればまた王宮に戻られると思うんです。なるべく夕食分の時間で話をしてしまう方が……」

 食事は普通にとって、話は別室で……と言うのがもちろん良いのだろうけど、本来は一分たりと他のことに時間を割いていられない人たちを呼びつけるのだ。

 殺伐としようが、話を優先すべきと思えた。

「そうね……今回は、そもそもが社交の作法の外にある話だものね。家令ラリ侍女長シグネに言って、食事のタイミングを見計らうよう指示しておきましょう」

 エリィ義母様も最後にはそう決断して、どうやらフォルシアン公爵邸における私付の侍女となるらしいカミラには私の着替えを、レニタと呼ばれた別の侍女には、コンティオラ公爵夫人の着替えを手伝うよう指示していた。

 邸宅内、それもイレギュラーなディナーとあって、一人補助がいれば着替えは出来るとの判断もあったみたいだった。

「着替えている間に誰かが来たら、団欒の間ホワイエに皆、案内して差し上げて」

 エリィ義母様の言葉に、質問も反対も、声は上がらなかった。


*         *         *


 カミラに着替えを手伝って貰いながら、最後ヘルマンさんの「苦肉の策」たるショールを羽織ったところで、ディナー用の着替えが完了した。

 廊下に出たところで、微かな人の声がこちらにも届いた。

「もう、どなたかお越しなのかな?」
「そのようですね……」
「エリィ義母様の着替えがまだだったら、先に私がご挨拶をした方が良い?」
「そうですね。レイナ様は公爵令嬢になられましたから」

 カミラは「もう公爵令嬢なんだから、自信を持って」と言う意味で励ましたかったんだろうけど、私の中では、プレッシャーが増大した。

「……お声からするに、ヒース・コンティオラ公爵令息がいらしたのではないかと。既にコンティオラ公爵夫人がお出迎えをなさっていらっしゃるようですね」

 今回、苦肉の策で本格的なディナー用のドレスが手元にない以上、コンティオラ公爵夫人の衣装は既製品のディナー用ドレスになっている。

 用意が早く済んでもおかしくはなかった。

「――母上。なぜ邸宅やしきではなく、こちらにいらっしゃるのですか」

 冷静。
 それでいてまだ幼さの残る少年の声が、向かう先から聞こえてくる。

「ああ、レイナちゃん。ちょうど良かったわ。一緒に行きましょうか」

 途中でエリィ義母様と合流出来たのは有難かった。
 エリィ義母様の半歩後ろを歩く形で、団欒の間ホワイエへと向かう。

「多分コンティオラ公爵令息がいらしたのね」
「はい。カミラもさっき、そう言っていました」
「……そう言えば」
「はい」

「さっき、レイナちゃんだけがなかなか馬車に乗らずに、外で話していたコトがあったけれど、あれは何だったのか聞いても良いかしら?」

 空気の読めるエリィ義母様は、コンティオラ公爵夫人が同席している中では話しづらいと私が考えていたのを察して、さっきは何も聞いてこなかったのだ。

 今、もし話せるのなら――と真剣な声色が、そう感じさせる。

「ああ……実はコンティオラ公爵邸の護衛が、邸宅やしきの外で様子を探っている詐欺集団と繋がっていると言う話だったんです」

 なるべく声を落として私が言えば、エリィ義母様は無言のまま微かに目を見開いていた。

「それは……確かに馬車の中では言えないわね」

「はい。とは言え、今これを話して、例えばご子息の方にここを飛び出して行かれても困りますし……この話は、少なくともコンティオラ公爵閣下がお越しになるまでは秘しておきたいんですけど……」

 隣町まで馬車を走らせようとした、コンティオラ公爵夫人の意外な行動力を思えば、息子が飛び出していかないと言う保証がない。

 エリィ義母様も、あり得ないことではないと思ったのか、歩きながら頷いていた。

「――馬車の事故までは疑いませんが、こちらで夕食をいただくと言うのはさすがに解せません。今すぐコンティオラの邸宅に戻って、日を改めて父とこちらに伺うのが筋なのでは?」

 段々と大きくなる声とその内容に、私とエリィ義母様が顔を見合わせる。

「……レイナちゃんの言ったこと、あながち間違ってないかも知れないわね」
「話さなくても飛び出して行きそうですね」

 これはとりあえず、彼の足止めが必須だろう。

 私とエリィ義母様は、頷きあって団欒の間ホワイエに足を踏み入れた。
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