593 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者
618 絶対零度の晩餐会~帰宅前~
しおりを挟む
レディ・エミリエンヌは、クラシカルなスタイルのドレスが得意分野らしい。
私が困惑しているのを見て、まずは「自分の色」をまとうことから始めてみましょう、と助言をくれた。
コンティオラ公爵夫人はと言えば、既製品を何着かあっと言う間に決めてしまって、今は採寸のため、隣の部屋に移動をしていて、ウエストと丈を詰めれば直ぐに引き渡しは――なんて声が洩れ聞こえてくる。
「レイナちゃん。あれくらいスパッと自分に似合うものを把握して、打ち合わせが出来るようにならないとダメよ?」
「が、頑張ります……」
コンティオラ公爵夫人の採寸部屋を見ながら、エリィ義母様の「指導」が入る。
こちらはこちらで、レディ・エミリエンヌがサラサラとデザイン画を書き起こしている。
「そうそう、レディ、出来れば首まわりが隠れるようなデザインで何着か作れないかしら」
あまりにさりげなく言われたので、私はその瞬間は、エリィ義母様の意図をすぐには察せられなかった。
レディ・エミリエンヌは手を止めないまま、どこか懐かしげにクスリと微笑っていた。
「……先代様がご健在でした頃、初めて貴女様をお連れになった時にも、確か同じようなオーダーを頂いた記憶がございますわ」
「……!」
珍しく、エリィ義母様のお顔が赤い。
「あ、あの時は夫が……」
「最後まで仰らずとも大丈夫ですわ。元より私のデザインはあまりデコルテ部分を出しませんから。そこから年齢相応に見えるよう展開させていただきますから」
「……レ、レイナちゃん」
何故か動揺したままのエリィ義母様が、レディ・エミリエンヌから視線を逸らすように、くるりとこちらを振り返った。
「ええっと……あのね?基本的に〝ヘルマン・アテリエ〟も〝マダム・カルロッテ〟も、痕を隠す前提でのデザインはしないでしょう?」
「⁉」
私はそこでようやく、エリィ義母様とレディ・エミリエンヌが何の話をしているのかに思い至った。
「まさか夫が教えたとは思わないけれど、イデオン公も『むしろ自分のものだと見せつける』意味で、その痕を見えないところに留めておく――なんてコトはまったくしていないみたいだし」
「……っ」
私は今更だと思いながらも、思わず首元に手をあててしまう。
「だからね?亡くなられたお義母様が私にここをご紹介下さったように、私はここをレイナちゃんに紹介しておくわね?ユティラはアムレアン侯爵領に輿入れをする子だから、向こうで何とでも出来ると思うのよ」
「…………」
それは、あれですか。
イル義父様がかつてエリィ義母様に痕をつけまくって、先代夫人に雷を落とされていたりなんかしたってコトなんですね?
うっかり聞きたくなったけれど、エリィ義母様の「聞いてくれるな」オーラが凄くて、とても口を開けなかった。
「あー……えー……首回りが隠れる服は、正直とても、ありがたいです……はい」
かろうじてそれだけを絞り出した私に、エリィ義母様は「そうよね?」と目が笑っていない笑みを閃かせた。
どうやら白の配色が多め、黒レースをあちらこちらに配したカラードレスと、身体に密着する部分はグレー、首元や腰から下は黒のオーガーンジー素材を使って透け感のある雰囲気にして、色が地味目なところをカバーしよう――そんなドレスをレディ・エミリエンヌは構想中のようだった。
「ご令嬢のドレスは久しぶりだから、腕が鳴りますわ。仮縫いの頃にまたお呼びしますので、お越し下さいませね?」
そもそも拒否権もないけど、色々と勉強になりそうなので、まあ良いか……と、私はコクリと頷いた。
* * *
「フォルシアン公爵夫人」
そうこうしているうちに、どうやら数日分の、動きやすい外出用ドレスと、宿での食事を想定した……あくまで「旅行用」と見せかけたドレスを購入したコンティオラ公爵夫人が、隣室から戻って来た。
普通ならフォルシアン公爵邸での食事ともなれば、それなりの戦闘服が必要となるだろうに、既製品での参加となることには、まだ躊躇が残るように見えた。
ただそこは、今日は何としてもコンティオラ公爵邸に戻ることは控えて貰わないとならないので、数秒考えたエリィ義母様が「……私の嫌がらせと言うことにでもしておきましょうか」と口にしていた。
後日、何かの拍子でディナーの話が洩れたら、そう言うことにしておこう――と言うことなんだろう。
コンティオラ公爵夫人は「そんな……」と口元に手をあてているものの、結局自身では代案が思い浮かばなかったんだろう。
最終的にはこちらへと、深々と頭を下げていた。
「あと、その……非常に言いにくいのですけれど……そろそろ学園の授業が終わる時間ではないかと……」
そして旦那サマなみのぼそぼそとした感じで、学園の授業が終わる――つまりは、ヒース・コンティオラ公爵令息が学園を出る頃だと呟いた。
「……あら」
恐らく伝言はもう届いている筈で、そうなると彼は、学園を出た後は実家邸宅ではなく、フォルシアン公爵邸へと馬車を向かわせる筈である。
「ユセフが卒業してからしばらくたっているから、時間割とか忘れてしまっていたわ。そう言うことであれば、名残惜しいけれど今日の買い物はここまでね」
コンティオラ公爵夫人の話を聞いたエリィ義母様は、そう言うと、立ち上がった。
「夕食のドレスコードはお気になさらないで、コンティオラ公爵夫人。事情が事情ですから、私と義娘の方が気取らない感じに合わせますわ」
ね?と微笑まれた私は――余計なことを口にせず、無言でにこやかに微笑むことにしておいた。
私は今日は、戻っても結局紺青色のドレスを着るのか……などと思いながら。
私が困惑しているのを見て、まずは「自分の色」をまとうことから始めてみましょう、と助言をくれた。
コンティオラ公爵夫人はと言えば、既製品を何着かあっと言う間に決めてしまって、今は採寸のため、隣の部屋に移動をしていて、ウエストと丈を詰めれば直ぐに引き渡しは――なんて声が洩れ聞こえてくる。
「レイナちゃん。あれくらいスパッと自分に似合うものを把握して、打ち合わせが出来るようにならないとダメよ?」
「が、頑張ります……」
コンティオラ公爵夫人の採寸部屋を見ながら、エリィ義母様の「指導」が入る。
こちらはこちらで、レディ・エミリエンヌがサラサラとデザイン画を書き起こしている。
「そうそう、レディ、出来れば首まわりが隠れるようなデザインで何着か作れないかしら」
あまりにさりげなく言われたので、私はその瞬間は、エリィ義母様の意図をすぐには察せられなかった。
レディ・エミリエンヌは手を止めないまま、どこか懐かしげにクスリと微笑っていた。
「……先代様がご健在でした頃、初めて貴女様をお連れになった時にも、確か同じようなオーダーを頂いた記憶がございますわ」
「……!」
珍しく、エリィ義母様のお顔が赤い。
「あ、あの時は夫が……」
「最後まで仰らずとも大丈夫ですわ。元より私のデザインはあまりデコルテ部分を出しませんから。そこから年齢相応に見えるよう展開させていただきますから」
「……レ、レイナちゃん」
何故か動揺したままのエリィ義母様が、レディ・エミリエンヌから視線を逸らすように、くるりとこちらを振り返った。
「ええっと……あのね?基本的に〝ヘルマン・アテリエ〟も〝マダム・カルロッテ〟も、痕を隠す前提でのデザインはしないでしょう?」
「⁉」
私はそこでようやく、エリィ義母様とレディ・エミリエンヌが何の話をしているのかに思い至った。
「まさか夫が教えたとは思わないけれど、イデオン公も『むしろ自分のものだと見せつける』意味で、その痕を見えないところに留めておく――なんてコトはまったくしていないみたいだし」
「……っ」
私は今更だと思いながらも、思わず首元に手をあててしまう。
「だからね?亡くなられたお義母様が私にここをご紹介下さったように、私はここをレイナちゃんに紹介しておくわね?ユティラはアムレアン侯爵領に輿入れをする子だから、向こうで何とでも出来ると思うのよ」
「…………」
それは、あれですか。
イル義父様がかつてエリィ義母様に痕をつけまくって、先代夫人に雷を落とされていたりなんかしたってコトなんですね?
うっかり聞きたくなったけれど、エリィ義母様の「聞いてくれるな」オーラが凄くて、とても口を開けなかった。
「あー……えー……首回りが隠れる服は、正直とても、ありがたいです……はい」
かろうじてそれだけを絞り出した私に、エリィ義母様は「そうよね?」と目が笑っていない笑みを閃かせた。
どうやら白の配色が多め、黒レースをあちらこちらに配したカラードレスと、身体に密着する部分はグレー、首元や腰から下は黒のオーガーンジー素材を使って透け感のある雰囲気にして、色が地味目なところをカバーしよう――そんなドレスをレディ・エミリエンヌは構想中のようだった。
「ご令嬢のドレスは久しぶりだから、腕が鳴りますわ。仮縫いの頃にまたお呼びしますので、お越し下さいませね?」
そもそも拒否権もないけど、色々と勉強になりそうなので、まあ良いか……と、私はコクリと頷いた。
* * *
「フォルシアン公爵夫人」
そうこうしているうちに、どうやら数日分の、動きやすい外出用ドレスと、宿での食事を想定した……あくまで「旅行用」と見せかけたドレスを購入したコンティオラ公爵夫人が、隣室から戻って来た。
普通ならフォルシアン公爵邸での食事ともなれば、それなりの戦闘服が必要となるだろうに、既製品での参加となることには、まだ躊躇が残るように見えた。
ただそこは、今日は何としてもコンティオラ公爵邸に戻ることは控えて貰わないとならないので、数秒考えたエリィ義母様が「……私の嫌がらせと言うことにでもしておきましょうか」と口にしていた。
後日、何かの拍子でディナーの話が洩れたら、そう言うことにしておこう――と言うことなんだろう。
コンティオラ公爵夫人は「そんな……」と口元に手をあてているものの、結局自身では代案が思い浮かばなかったんだろう。
最終的にはこちらへと、深々と頭を下げていた。
「あと、その……非常に言いにくいのですけれど……そろそろ学園の授業が終わる時間ではないかと……」
そして旦那サマなみのぼそぼそとした感じで、学園の授業が終わる――つまりは、ヒース・コンティオラ公爵令息が学園を出る頃だと呟いた。
「……あら」
恐らく伝言はもう届いている筈で、そうなると彼は、学園を出た後は実家邸宅ではなく、フォルシアン公爵邸へと馬車を向かわせる筈である。
「ユセフが卒業してからしばらくたっているから、時間割とか忘れてしまっていたわ。そう言うことであれば、名残惜しいけれど今日の買い物はここまでね」
コンティオラ公爵夫人の話を聞いたエリィ義母様は、そう言うと、立ち上がった。
「夕食のドレスコードはお気になさらないで、コンティオラ公爵夫人。事情が事情ですから、私と義娘の方が気取らない感じに合わせますわ」
ね?と微笑まれた私は――余計なことを口にせず、無言でにこやかに微笑むことにしておいた。
私は今日は、戻っても結局紺青色のドレスを着るのか……などと思いながら。
776
685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
お気に入りに追加
12,979
あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

完結 穀潰しと言われたので家を出ます
音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。
「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」
遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。
こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。
その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?
coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。
ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

【完結】略奪されるような王子なんていりません! こんな国から出ていきます!
かとるり
恋愛
王子であるグレアムは聖女であるマーガレットと婚約関係にあったが、彼が選んだのはマーガレットの妹のミランダだった。
婚約者に裏切られ、家族からも裏切られたマーガレットは国を見限った。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。