589 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者
614 あきらめて下さい
しおりを挟む
別れる直前、近いうちに自警団と王都警備隊にも動いて貰って、詐欺犯を捕まえるとカール商会長代理にだけこっそりと伝えた。
「騙されたお金がどうなるかまでは、何とも言えないんですが」
「今回ほど大規模じゃないにしても、詐欺案件自体は初めてじゃないですしね。その辺りは心得ているつもりですよ」
確かに、国一番の大商会ともなれば、ホタテの話でなくとも長い間に色々とトラブルはありそうだ。
「むしろ、捕まるかも知れないと言うだけでもカルメル商会長にとっては希望の光になる。吉報をお待ちしていますよ」
親が一代で財を築き上げた場合、二代目が会社を壊してしまうケースも日本ではままあった。
恐らくはアンジェスでだって似たケースはあるだろうけど、多分ラヴォリ商会は、少なくとも二代目では身代は傾かないように思えた。
「レイナちゃん、あと、どこか寄りたいところはある?欲しいものはない?」
キヴェカス法律事務所を出て、カール商会長代理と別れたところで、エリィ義母様がこちらを向いた。
「ユティラの婚約が決まってから、なかなか『娘とお出かけ』がなかったもの。遠慮なく言ってくれて良いのよ?」
「えーっと……チョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟にお願いしている商品開発の進捗とか、気にはなるんですけど、今回の〝ジェイ〟の件がひと段落するまでは、動きづらいかな――と。いつ詐欺犯たちが動き出すか読めませんしね」
オルセンのワインと、ユルハのシーベリーを使ったチョコレート製品。
カフェの方で配合の割合なんかを試行錯誤してくれている筈で、出来れば割合ごとの試食なんかを一度してみたいところだけれど、多分詐欺犯の動きが気になって上の空になりそうで、今じゃないと言う気がひしひしとしている。
「商会の店舗に関しては、業者選定の話をエドヴァルド様にもしないとダメですし……」
出資者であることもそうだけど、何よりセカンドラインを任せるヘルマンさんとは学生時代からの友人同士だ。
いつ頃からヘルマンさんにも本格的に話し合いに加わって貰うか。
これはまだ、エリィ義母様にも言えない話で、まずはエドヴァルドへの話が先になる。
もしや戻ってお裁縫――などと思ったところで、ふと、青い顔色のまま隣に立つコンティオラ公爵夫人の存在に思い至った。
「エリィ義母様、コンティオラ公爵夫人は今日はフォルシアン公爵邸にお泊りいただくんですよね?」
「え?」
「少なくとも今日は、邸宅から出かけていることになっている訳ですし、戻られるのは不自然だな、と」
「そう言われればそうね」
日頃の交流がないとは言え、ここで王都中心街の高級宿に泊まってこいと言う訳にもいかない。
侍女がいるとは言え、単独で王都の外に出ようとしていた行動力を考えれば、目の届くところにいて貰わないと、今後のことに色々と差し障りが出る気がする。
この後の夕食会のことも考えれば、コンティオラ公爵夫人はそのまま邸宅に滞在頂くのが一番自然な気がした。
「明日以降は、例えばお付きの侍女とかにコンティオラ公爵邸に取りに行って貰ったりしても良いと思うんですけど、とりあえず今日に関しての、身の回りの物は買いに行った方が良いのでは?……なんて」
隣街に突撃しようとしてた分、最低限の物は侍女が持って出ただろうけど、夫人も急いでいた筈だし、多分それは充分なものではない筈なのだ。
高位貴族は請求書による後払いが基本。
エリィ義母様が特に指示をしない限りは、コンティオラ公爵夫人が買った物はコンティオラ公爵邸宛請求書がいく。
フォルシアン公爵家の懐が痛む話ではない筈だった。
「念のため、コンティオラ公爵家御用達のお店なんかがあっても、それは避けて貰った方が良いとは思いますけど……」
「そうね。詐欺の集団は、高位貴族家を引っかけようとしているくらいだもの、どこにどんな情報網を持っているか分からない。まだ、フォルシアン公爵家が使う店に行く方が危険度は低いわよね」
同じ店を仮に利用していた場合は、店側に対外的な口止めを頼めば良いだけのことだ。
「じゃあ、表向きは養女として我が家にやって来たレイナちゃんの為に、ひと通りの物をフォルシアン公爵家から用意をする――と言う名目で、ついでに夫人の身の回りの物を買いましょう。レイナちゃんの物は、ひと通りもう買ってあるけれど、買い足したところで困るものじゃないしね」
どうせなら、イデオン公が喜ぶ物を買いましょうか?
などとエリィ義母様に片目を閉じられてしまい、私はうっかり赤面した。
お義母様、ナニを買うつもりですか!
多分、私とエドヴァルドとの間にコンティオラ公爵令嬢が入る隙は微塵もないと、エリィ義母様はダメ押しをしたいんだろうけど、そうと分かっていても、顔が赤くなるのは止められない。
視界の端で、コンティオラ公爵夫人がますます肩を落としている気がした。
じゃあお買い物に行きましょう、なんて笑顔で夫人に接しているお義母様がステキすぎます。
イデオン公爵家は〝ヘルマン・アテリエ〟一択だけど、聞けばフォルシアン公爵家の場合は〝ヘルマン・アテリエ〟と〝マダム・カルロッテ〟の二大店舗以外に、先代夫人が懇意にしていた小さなドレス店も別にあって、TPOに応じて頼み分けているのが実情らしかった。
「縫製職人の居場所を作る意味でも、デザイナーに切磋琢磨させる意味でも、複数の店舗を使う方が本当は良いのよ?イデオン公にも、これからは他の店舗にも目を向けるよう伝えておかないとね?」
エドヴァルド自身が、これまで通りヘルマンさん一択でいくのは、それはそれで問題はない。誰にだって懇意にしている店くらいはあると、エリィ義母様は言った。
「ただ女性のドレスは男性の衣装よりも値段もデザインの幅も広いし、あれこれ目を養う必要も出てくるわ。少なくとも、もうちょっとイデオン公に任せきりの現状からは脱却した方が良いわね」
コンティオラ公爵夫人だけではなく、私の方にも、言い返すだけの根拠はなかった。
「騙されたお金がどうなるかまでは、何とも言えないんですが」
「今回ほど大規模じゃないにしても、詐欺案件自体は初めてじゃないですしね。その辺りは心得ているつもりですよ」
確かに、国一番の大商会ともなれば、ホタテの話でなくとも長い間に色々とトラブルはありそうだ。
「むしろ、捕まるかも知れないと言うだけでもカルメル商会長にとっては希望の光になる。吉報をお待ちしていますよ」
親が一代で財を築き上げた場合、二代目が会社を壊してしまうケースも日本ではままあった。
恐らくはアンジェスでだって似たケースはあるだろうけど、多分ラヴォリ商会は、少なくとも二代目では身代は傾かないように思えた。
「レイナちゃん、あと、どこか寄りたいところはある?欲しいものはない?」
キヴェカス法律事務所を出て、カール商会長代理と別れたところで、エリィ義母様がこちらを向いた。
「ユティラの婚約が決まってから、なかなか『娘とお出かけ』がなかったもの。遠慮なく言ってくれて良いのよ?」
「えーっと……チョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟にお願いしている商品開発の進捗とか、気にはなるんですけど、今回の〝ジェイ〟の件がひと段落するまでは、動きづらいかな――と。いつ詐欺犯たちが動き出すか読めませんしね」
オルセンのワインと、ユルハのシーベリーを使ったチョコレート製品。
カフェの方で配合の割合なんかを試行錯誤してくれている筈で、出来れば割合ごとの試食なんかを一度してみたいところだけれど、多分詐欺犯の動きが気になって上の空になりそうで、今じゃないと言う気がひしひしとしている。
「商会の店舗に関しては、業者選定の話をエドヴァルド様にもしないとダメですし……」
出資者であることもそうだけど、何よりセカンドラインを任せるヘルマンさんとは学生時代からの友人同士だ。
いつ頃からヘルマンさんにも本格的に話し合いに加わって貰うか。
これはまだ、エリィ義母様にも言えない話で、まずはエドヴァルドへの話が先になる。
もしや戻ってお裁縫――などと思ったところで、ふと、青い顔色のまま隣に立つコンティオラ公爵夫人の存在に思い至った。
「エリィ義母様、コンティオラ公爵夫人は今日はフォルシアン公爵邸にお泊りいただくんですよね?」
「え?」
「少なくとも今日は、邸宅から出かけていることになっている訳ですし、戻られるのは不自然だな、と」
「そう言われればそうね」
日頃の交流がないとは言え、ここで王都中心街の高級宿に泊まってこいと言う訳にもいかない。
侍女がいるとは言え、単独で王都の外に出ようとしていた行動力を考えれば、目の届くところにいて貰わないと、今後のことに色々と差し障りが出る気がする。
この後の夕食会のことも考えれば、コンティオラ公爵夫人はそのまま邸宅に滞在頂くのが一番自然な気がした。
「明日以降は、例えばお付きの侍女とかにコンティオラ公爵邸に取りに行って貰ったりしても良いと思うんですけど、とりあえず今日に関しての、身の回りの物は買いに行った方が良いのでは?……なんて」
隣街に突撃しようとしてた分、最低限の物は侍女が持って出ただろうけど、夫人も急いでいた筈だし、多分それは充分なものではない筈なのだ。
高位貴族は請求書による後払いが基本。
エリィ義母様が特に指示をしない限りは、コンティオラ公爵夫人が買った物はコンティオラ公爵邸宛請求書がいく。
フォルシアン公爵家の懐が痛む話ではない筈だった。
「念のため、コンティオラ公爵家御用達のお店なんかがあっても、それは避けて貰った方が良いとは思いますけど……」
「そうね。詐欺の集団は、高位貴族家を引っかけようとしているくらいだもの、どこにどんな情報網を持っているか分からない。まだ、フォルシアン公爵家が使う店に行く方が危険度は低いわよね」
同じ店を仮に利用していた場合は、店側に対外的な口止めを頼めば良いだけのことだ。
「じゃあ、表向きは養女として我が家にやって来たレイナちゃんの為に、ひと通りの物をフォルシアン公爵家から用意をする――と言う名目で、ついでに夫人の身の回りの物を買いましょう。レイナちゃんの物は、ひと通りもう買ってあるけれど、買い足したところで困るものじゃないしね」
どうせなら、イデオン公が喜ぶ物を買いましょうか?
などとエリィ義母様に片目を閉じられてしまい、私はうっかり赤面した。
お義母様、ナニを買うつもりですか!
多分、私とエドヴァルドとの間にコンティオラ公爵令嬢が入る隙は微塵もないと、エリィ義母様はダメ押しをしたいんだろうけど、そうと分かっていても、顔が赤くなるのは止められない。
視界の端で、コンティオラ公爵夫人がますます肩を落としている気がした。
じゃあお買い物に行きましょう、なんて笑顔で夫人に接しているお義母様がステキすぎます。
イデオン公爵家は〝ヘルマン・アテリエ〟一択だけど、聞けばフォルシアン公爵家の場合は〝ヘルマン・アテリエ〟と〝マダム・カルロッテ〟の二大店舗以外に、先代夫人が懇意にしていた小さなドレス店も別にあって、TPOに応じて頼み分けているのが実情らしかった。
「縫製職人の居場所を作る意味でも、デザイナーに切磋琢磨させる意味でも、複数の店舗を使う方が本当は良いのよ?イデオン公にも、これからは他の店舗にも目を向けるよう伝えておかないとね?」
エドヴァルド自身が、これまで通りヘルマンさん一択でいくのは、それはそれで問題はない。誰にだって懇意にしている店くらいはあると、エリィ義母様は言った。
「ただ女性のドレスは男性の衣装よりも値段もデザインの幅も広いし、あれこれ目を養う必要も出てくるわ。少なくとも、もうちょっとイデオン公に任せきりの現状からは脱却した方が良いわね」
コンティオラ公爵夫人だけではなく、私の方にも、言い返すだけの根拠はなかった。
760
685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
お気に入りに追加
12,979
あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。
salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。
6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。
*なろう・pixivにも掲載しています。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます
音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。
「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」
遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。
こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。
その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?
coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。
ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。