上 下
601 / 818
第三部 宰相閣下の婚約者

【宰相Side】エドヴァルドの誓願(1)

しおりを挟む
「旦那様、スヴェンテ老公爵様より手紙が届いております」

 レイナがバリエンダールに旅立ってすぐの頃。

 公爵邸に夕食に戻って来た私に、セルヴァンがそう告げた。

「スヴェンテ老公……ああ、レイナがスヴェンテ邸の庭で気に入った花の種類を確認して貰っていたんだ。開けていい、セルヴァン。中を見たらその花を至急手配してくれるか。花束ではない、鉢植ごとだ」

 レイナが帰国したら〝アンブローシュ〟で食事と、求婚に対する返事を――。

 その時には、スヴェンテ邸の庭の一部を再現しよう。
 大木である「セラシフェラ」は無理にせよ、足元に咲いていたあの花なら、再現は可能だろうと思っていた。

 当日レストランごと貸切ったことで、部屋の一つを花で埋め尽くすと言う話に対しても〝アンブローシュ〟側は容認をした。
 持ち運びのしやすい鉢植であることも、理由の一つだったかも知れない。

 まさか予約を変更する羽目になるとは思わなかったが……いや、彼女の出発前から嫌な予感はしていて、単にその内心に蓋をしただけだ。




 ――結果として、バリエンダール最北端の地で、二人で見ると幸せになれるとの伝承がある〝狐火トゥレット〟を見る事が出来たのは僥倖だった。

 夜空を見上げながら、私の気持ちを念押ししておいた。

 その場で答えを聞きたい気持ちもあったが〝アンブローシュ〟で聞くと言う最初の約束もあるし、花の用意もある。
 ピアスも出来上がってくる。

 数日の違いならば、戸惑うレイナを見守っても良いだろう。

 レイナの国では10代での婚姻は少ないと言うから、なかなか我がごととして考えづらいのかも知れない。

 だが、フェドート元公爵邸に来て、トーレン殿下とジュゼッタ姫の想いに触れてしまった以上、私は何があっても二人の二の舞になるわけにはいかなかった。

 幸福な報告をすることこそが弔いなのだと、ここに来たことで気持ちが新たになった。

「時勢が許すならまた来てくれても構わぬ。歓迎しよう」

 貴族の言葉は建前も多いが、フェドート元公爵のその言葉は、掛け値なしの本音であるように、私には思えた。


*          *          *


 北方遊牧民族ユレルミ族が住まうユッカス村に、サレステーデの宰相の娘と、その恋人だと言うバリエンダールの公爵家の嫡男がいたことは予想外だった。

 しかもレイナ――ユングベリ商会が、取引を始めようと色々と既に仕込んでいる。

 諸悪の根源である北方遊牧民族イラクシ族の争いの後始末を見届けていかなくてはならないのは、ある意味予想通りであり、上手くいけば北部地域をまとめられるかも知れないと言うそれぞれの思惑もある。

 故にバリエンダール王宮に戻る前に、イラクシ族の村にも立ち寄ることになった。

 北部地域に火種を残すなとばかりに、即断で追加の簡易型転移装置を送って寄越したミラン王太子は、現メダルド国王よりもよほどの現実主義者と言うべきだろう。

 次期国王の器として、ギーレンのエドベリ王子よりは上ではないかと、戻ったところで我が国の国王フィルバートに報告をしようと思った。



 そしてイラクシ族は、争いを始めた姉妹がいがみあっているのは、実は可愛いものだった。
 誰にも悟られず、密かに一族を制そうとしている、もう一人の後継者がそこにはいた。

 「ふ……ふふふ……思ったよりお人好しですね、ジーノさん」

 あの、融通の利かない宰相令息に、そんなことを言ってのける少年。

 自分の感情が理解できるのは、これまで少なからず親のエゴの犠牲になって来たからだろう――と。

 いけ好かない宰相令息相手には、もっと、いくらだって言ってやれば良いと思うが、少なくとも私とレイナは、それに反論する言葉を持たない。

「レイナ」

 そして、イラクシ族のトリーフォンの言葉に動揺をしている。
 いや、いつか自分もトリーフォンの様にのではないかと、怯えている。

「……貴女がこの件に関して、何かを気にする必要はない。そもそも貴女がここまで付きあうことはなかったんだ」

 私は両手でレイナの頬に触れ、自分の方へと向かせた。

「私はちゃんと、貴女を『こちら側』へ繋ぎとめる事が出来ているだろうか?」

 レイナ、と耳元で囁けば、頬を染めて言葉に詰まる――少しは意識をされていると、自惚れても良いだろうか?

「エドヴァルド様は……何があっても、私を選んでくれる……と」

 寄りかかって欲しい。
 重いだなどと、思うはずがない。

「私の手を、離さずにいて下さる限りは……私は、エドヴァルド様といます」

 証明が、必要なのか。

 私はまだ何か言いかけていたレイナの唇を、強引に塞いだ。

「貴女も、私が重くても、狭量でも、構わないんだったな?」

 私が貴女レイナの手を離す日は死ぬまで来ないし、死者の国へすら、共に行くつもりでいる。

 宰相令息の手など取らせない。
 族長の息子に付き添うのは、貴女である必要はない。

 私は、貴女の全てが欲しいし、貴女にも私の全てを望んで欲しい。

 レイナ。

 貴女に残る理性の欠片は――私が貰い受ける。
 不安に思う間もないほどに貴女を翻弄しよう。

 たとえ夜の間だけで済まなくとも。

 バリエンダールから戻って〝アンブローシュ〟で食事をした翌日は、何としてでも一日空けてこうと、この時の私は決意したのだった。









◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




帰国から〝アンブローシュ〟での求婚、夜通しのイチャイチャ(笑)までのエドヴァルド視点を数話挟ませて下さいm(_ _)m
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。

重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。 少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である! 番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。 そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。 離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。 翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。