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第三部 宰相閣下の婚約者
【宰相Side】エドヴァルドの誓願(1)
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「旦那様、スヴェンテ老公爵様より手紙が届いております」
レイナがバリエンダールに旅立ってすぐの頃。
公爵邸に夕食に戻って来た私に、セルヴァンがそう告げた。
「スヴェンテ老公……ああ、レイナがスヴェンテ邸の庭で気に入った花の種類を確認して貰っていたんだ。開けていい、セルヴァン。中を見たらその花を至急手配してくれるか。花束ではない、鉢植ごとだ」
レイナが帰国したら〝アンブローシュ〟で食事と、求婚に対する返事を――。
その時には、スヴェンテ邸の庭の一部を再現しよう。
大木である「セラシフェラ」は無理にせよ、足元に咲いていたあの花なら、再現は可能だろうと思っていた。
当日レストランごと貸切ったことで、部屋の一つを花で埋め尽くすと言う話に対しても〝アンブローシュ〟側は容認をした。
持ち運びのしやすい鉢植であることも、理由の一つだったかも知れない。
まさか予約を変更する羽目になるとは思わなかったが……いや、彼女の出発前から嫌な予感はしていて、単にその内心に蓋をしただけだ。
――結果として、バリエンダール最北端の地で、二人で見ると幸せになれるとの伝承がある〝狐火〟を見る事が出来たのは僥倖だった。
夜空を見上げながら、私の気持ちを念押ししておいた。
その場で答えを聞きたい気持ちもあったが〝アンブローシュ〟で聞くと言う最初の約束もあるし、花の用意もある。
ピアスも出来上がってくる。
数日の違いならば、戸惑うレイナを見守っても良いだろう。
レイナの国では10代での婚姻は少ないと言うから、なかなか我がごととして考えづらいのかも知れない。
だが、フェドート元公爵邸に来て、トーレン殿下とジュゼッタ姫の想いに触れてしまった以上、私は何があっても二人の二の舞になるわけにはいかなかった。
幸福な報告をすることこそが弔いなのだと、ここに来たことで気持ちが新たになった。
「時勢が許すならまた来てくれても構わぬ。歓迎しよう」
貴族の言葉は建前も多いが、フェドート元公爵のその言葉は、掛け値なしの本音であるように、私には思えた。
* * *
北方遊牧民族ユレルミ族が住まうユッカス村に、サレステーデの宰相の娘と、その恋人だと言うバリエンダールの公爵家の嫡男がいたことは予想外だった。
しかもレイナ――ユングベリ商会が、取引を始めようと色々と既に仕込んでいる。
諸悪の根源である北方遊牧民族イラクシ族の争いの後始末を見届けていかなくてはならないのは、ある意味予想通りであり、上手くいけば北部地域をまとめられるかも知れないと言うそれぞれの思惑もある。
故にバリエンダール王宮に戻る前に、イラクシ族の村にも立ち寄ることになった。
北部地域に火種を残すなとばかりに、即断で追加の簡易型転移装置を送って寄越したミラン王太子は、現メダルド国王よりもよほどの現実主義者と言うべきだろう。
次期国王の器として、ギーレンのエドベリ王子よりは上ではないかと、戻ったところで我が国の国王に報告をしようと思った。
そしてイラクシ族は、争いを始めた姉妹がいがみあっているのは、実は可愛いものだった。
誰にも悟られず、密かに一族を制そうとしている、もう一人の後継者がそこにはいた。
「ふ……ふふふ……思ったよりお人好しですね、ジーノさん」
あの、融通の利かない宰相令息に、そんなことを言ってのける少年。
自分の感情が理解できるのは、これまで少なからず親のエゴの犠牲になって来たからだろう――と。
いけ好かない宰相令息相手には、もっと、いくらだって言ってやれば良いと思うが、少なくとも私とレイナは、それに反論する言葉を持たない。
「レイナ」
そして、イラクシ族のトリーフォンの言葉に動揺をしている。
いや、いつか自分もトリーフォンの様に壊れるのではないかと、怯えている。
「……貴女がこの件に関して、何かを気にする必要はない。そもそも貴女がここまで付きあうことはなかったんだ」
私は両手でレイナの頬に触れ、自分の方へと向かせた。
「私はちゃんと、貴女を『こちら側』へ繋ぎとめる事が出来ているだろうか?」
レイナ、と耳元で囁けば、頬を染めて言葉に詰まる――少しは意識をされていると、自惚れても良いだろうか?
「エドヴァルド様は……何があっても、私を選んでくれる……と」
寄りかかって欲しい。
重いだなどと、思うはずがない。
「私の手を、離さずにいて下さる限りは……私は、エドヴァルド様といます」
証明が、必要なのか。
私はまだ何か言いかけていたレイナの唇を、強引に塞いだ。
「貴女も、私が重くても、狭量でも、構わないんだったな?」
私が貴女の手を離す日は死ぬまで来ないし、死者の国へすら、共に行くつもりでいる。
宰相令息の手など取らせない。
族長の息子に付き添うのは、貴女である必要はない。
私は、貴女の全てが欲しいし、貴女にも私の全てを望んで欲しい。
レイナ。
貴女に残る理性の欠片は――私が貰い受ける。
不安に思う間もないほどに貴女を翻弄しよう。
たとえ夜の間だけで済まなくとも。
バリエンダールから戻って〝アンブローシュ〟で食事をした翌日は、何としてでも一日空けてこうと、この時の私は決意したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
帰国から〝アンブローシュ〟での求婚、夜通しのイチャイチャ(笑)までのエドヴァルド視点を数話挟ませて下さいm(_ _)m
レイナがバリエンダールに旅立ってすぐの頃。
公爵邸に夕食に戻って来た私に、セルヴァンがそう告げた。
「スヴェンテ老公……ああ、レイナがスヴェンテ邸の庭で気に入った花の種類を確認して貰っていたんだ。開けていい、セルヴァン。中を見たらその花を至急手配してくれるか。花束ではない、鉢植ごとだ」
レイナが帰国したら〝アンブローシュ〟で食事と、求婚に対する返事を――。
その時には、スヴェンテ邸の庭の一部を再現しよう。
大木である「セラシフェラ」は無理にせよ、足元に咲いていたあの花なら、再現は可能だろうと思っていた。
当日レストランごと貸切ったことで、部屋の一つを花で埋め尽くすと言う話に対しても〝アンブローシュ〟側は容認をした。
持ち運びのしやすい鉢植であることも、理由の一つだったかも知れない。
まさか予約を変更する羽目になるとは思わなかったが……いや、彼女の出発前から嫌な予感はしていて、単にその内心に蓋をしただけだ。
――結果として、バリエンダール最北端の地で、二人で見ると幸せになれるとの伝承がある〝狐火〟を見る事が出来たのは僥倖だった。
夜空を見上げながら、私の気持ちを念押ししておいた。
その場で答えを聞きたい気持ちもあったが〝アンブローシュ〟で聞くと言う最初の約束もあるし、花の用意もある。
ピアスも出来上がってくる。
数日の違いならば、戸惑うレイナを見守っても良いだろう。
レイナの国では10代での婚姻は少ないと言うから、なかなか我がごととして考えづらいのかも知れない。
だが、フェドート元公爵邸に来て、トーレン殿下とジュゼッタ姫の想いに触れてしまった以上、私は何があっても二人の二の舞になるわけにはいかなかった。
幸福な報告をすることこそが弔いなのだと、ここに来たことで気持ちが新たになった。
「時勢が許すならまた来てくれても構わぬ。歓迎しよう」
貴族の言葉は建前も多いが、フェドート元公爵のその言葉は、掛け値なしの本音であるように、私には思えた。
* * *
北方遊牧民族ユレルミ族が住まうユッカス村に、サレステーデの宰相の娘と、その恋人だと言うバリエンダールの公爵家の嫡男がいたことは予想外だった。
しかもレイナ――ユングベリ商会が、取引を始めようと色々と既に仕込んでいる。
諸悪の根源である北方遊牧民族イラクシ族の争いの後始末を見届けていかなくてはならないのは、ある意味予想通りであり、上手くいけば北部地域をまとめられるかも知れないと言うそれぞれの思惑もある。
故にバリエンダール王宮に戻る前に、イラクシ族の村にも立ち寄ることになった。
北部地域に火種を残すなとばかりに、即断で追加の簡易型転移装置を送って寄越したミラン王太子は、現メダルド国王よりもよほどの現実主義者と言うべきだろう。
次期国王の器として、ギーレンのエドベリ王子よりは上ではないかと、戻ったところで我が国の国王に報告をしようと思った。
そしてイラクシ族は、争いを始めた姉妹がいがみあっているのは、実は可愛いものだった。
誰にも悟られず、密かに一族を制そうとしている、もう一人の後継者がそこにはいた。
「ふ……ふふふ……思ったよりお人好しですね、ジーノさん」
あの、融通の利かない宰相令息に、そんなことを言ってのける少年。
自分の感情が理解できるのは、これまで少なからず親のエゴの犠牲になって来たからだろう――と。
いけ好かない宰相令息相手には、もっと、いくらだって言ってやれば良いと思うが、少なくとも私とレイナは、それに反論する言葉を持たない。
「レイナ」
そして、イラクシ族のトリーフォンの言葉に動揺をしている。
いや、いつか自分もトリーフォンの様に壊れるのではないかと、怯えている。
「……貴女がこの件に関して、何かを気にする必要はない。そもそも貴女がここまで付きあうことはなかったんだ」
私は両手でレイナの頬に触れ、自分の方へと向かせた。
「私はちゃんと、貴女を『こちら側』へ繋ぎとめる事が出来ているだろうか?」
レイナ、と耳元で囁けば、頬を染めて言葉に詰まる――少しは意識をされていると、自惚れても良いだろうか?
「エドヴァルド様は……何があっても、私を選んでくれる……と」
寄りかかって欲しい。
重いだなどと、思うはずがない。
「私の手を、離さずにいて下さる限りは……私は、エドヴァルド様といます」
証明が、必要なのか。
私はまだ何か言いかけていたレイナの唇を、強引に塞いだ。
「貴女も、私が重くても、狭量でも、構わないんだったな?」
私が貴女の手を離す日は死ぬまで来ないし、死者の国へすら、共に行くつもりでいる。
宰相令息の手など取らせない。
族長の息子に付き添うのは、貴女である必要はない。
私は、貴女の全てが欲しいし、貴女にも私の全てを望んで欲しい。
レイナ。
貴女に残る理性の欠片は――私が貰い受ける。
不安に思う間もないほどに貴女を翻弄しよう。
たとえ夜の間だけで済まなくとも。
バリエンダールから戻って〝アンブローシュ〟で食事をした翌日は、何としてでも一日空けてこうと、この時の私は決意したのだった。
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