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第三部 宰相閣下の婚約者

608 突撃、お義兄様⁉

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「こほん、それにしてもレイナちゃんは余程あの鳥がお気に入りなのね」
「え、だって可愛くないですか?」

 淑女らしくないと一度は窘めたものの、私が素でそうやって小首を傾げれば、エリィ義母様も困ったとばかりに口を閉ざした。

「……そうね」

「本当は飼いたいんですけど、リファちゃんはレヴの飼い鳥だし、でもなかなか王都では他のコも見つからないみたいで」

 そのまま放っておくと、私がまだまだリファちゃん愛を語りかねないと思ったのか、エリィ義母様はこほん、ともう一度咳払いをした。

 ……ちなみにコンティオラ公爵夫人は、会話についていけずに絶句したままだ。

「それはそうとレイナちゃん、今日の予定は店舗の確認だけだったかしら?」

 トーカレヴァが、元特殊部隊の同僚に連絡を入れる為にリファちゃんを連れて出たのを見送って、エリィ義母様が私の予定を確認してきた。

 そうですね、と私も体勢を慌てて切り替えて頷く。

「大体の希望はイフナースさんに伝えましたから、後は帰ってから業者選定のための日時をエドヴァルド様と要相談ですね」

 もしかしたら今日明日は詐欺事件絡みで難しいかも知れないけど、きっと毎夕フォルシアン公爵家には顔を出すだろうから、そのうち時間は取れるだろうと思っている。

「分かったわ。なら、キヴェカス法律事務所の場所は知っていて?」
「……え」

 思いがけないことを言われて、私はとっさに言葉を続けそこなった。

 いや、元から「王都中心街に事務所がある」以上のことは知らないので、どのみち首を横に振ることしか出来ないんだけど。

 無言のまま、私が扉近くにいたファルコとルヴェックを振り返れば、顔を見合わせた二人は、代表する形でファルコが「まあ一応」と片手を上げた。

「コンティオラ公爵夫人、お疲れかも知れませんがもう少しお付き合い頂けますかしら?邸宅やしきへはその後で戻りたく思っておりますの」

「……わたくしは……構いませんが……」

 うん、まあ、コンティオラ公爵夫人としては、聞かれても困るだろうと思う。
 基本的に選択肢はないと言っていい状態なのだから。

 と、言うか。

「エリィ義母様、まさかキヴェカス法律事務所へ?」

 尋ねた私に、エリィ義母様はあっさり「ええ」と答えた。

「一度邸宅おやしきに戻って愚息を呼びつけても良いのだけれど、こちらから赴いた方がキヴェカス卿に説明する手間も省けるでしょう?それに事務所に行く方が、他人そとから見ても立派な『依頼人』になり得るでしょうし」

「ええと……ただ、そう言うことなら……」

 私の言いたいことが分かったのか、カール商会長代理が「ああ……」と、口元に手を当てて考える仕種を見せた。

「そこに私がいませんと、後で話に矛盾が出ますね」
「――と、思います」

 さっき「レイナの紹介でキヴェカス事務所を頼る」と言う筋書きを立てたばかりだ。

 カール商会長代理はしばらく頭の中で、自分の予定を整理しているようだった。

「……そうですね、一か所時間をずらして貰えば何とかなるでしょう。共に事務所まで行かせていただいて、その後は直接ギルドに行くようにすれば、自警団とも話は出来るでしょうし」

「大丈夫ですか?」

「ええ。ただまあ、淑女の皆様がたと同乗するのは畏れ多いので、こちらの商会の馬車で後ろから付いて行かせていただきますよ」

 そう言ったカール商会長代理は、その一か所の商談の時間をずらして貰う依頼を出して来ると、一度部屋を後にした。

 どうやらなし崩しで、ここからキヴェカス事務所に向かうことは決定したようだ。

「……お嬢さん、決定か?決定なら、ルヴェックを事務所に先触れに出すが」
「ええっと……」

 そもそも予約アポを取っていない。

 今から行きます、の先触れって意味はあるのかと思わなくもないけど、突然母親が事務所に来たらお義兄サマもさぞやビックリだろうから、ここは頷いておいた方が良さそうだった。

「うん、お願い。――で、いいですよね、エリィ義母様?」

「そうね……意味がないとか言いそうな気もするけれど、出さないよりはいいかしらね」

 どうやら私と同じ事を思っていたらしいエリィ義母様は、だけど「仕方がない」と言った雰囲気満載で頷いていた。

 ……もしかすると、アポなし突撃で息子を驚かせたかったのかも知れないけど、そこはさすがに聞けなかった。

 そうこうしているうちにカール商会長代理も戻って来たので、今度はファルコが馭者を務める形で、キヴェカス法律事務所に向かうことになった。

 ファルコの隣に座る方が確実に気は楽だけど、さすがにそれは言えない。

 ファルコ自身は、公爵夫人がたをエスコートしようと言う意識がそもそもないらしく、さっさと馭者席に腰を下ろしている。

 そして逆に、慣れているらしいフォルシアン公爵家の護衛ステットが、馬車に乗り込むエリィ義母様とコンティオラ公爵夫人、おまけの私にまで手を差し出してくれ、三人で馬車に乗り込む形となった。

 エリィ義母様が奥、コンティオラ公爵夫人がエリィ義母様の向かい側、最後私がエリィ義母様の隣――と言う順だ。

「痛みが強くなったり、御気分が悪くなられるようでしたら仰って下さいませね。この馬車で先にフォルシアン公爵邸にお送りすることも出来ますから」

 本当なら、最初からそうすれば良いのだけれど、コンティオラ公爵夫人がいる方が、キヴェカス事務所の人間も信用しやすいのだ。

 エリィ義母様や私だけでは、緊急性よりも嫌がらせを多く受け止められる可能性がある。

 エリィ義母様もコンティオラ公爵夫人の体調を気にはしているので、馬車が動き始めてすぐのところで、一応の声がけを行っていた。

「お気遣い痛み入りますわ、フォルシアン公爵夫人。全く痛くないと言えば嘘になりますけれど、我慢出来ないほどではありません。察するに、わたくしも同席した方が、話の通りが良いと言うことなのでしょう?元より処遇をお預けした身ですから、是非もありません」

 そんな風にコンティオラ公爵夫人が気丈に答えている以上は、こちらとしてもやせ我慢の域に足を突っ込む前に気が付くよう、時折様子を窺っておくしかない。

 気を付けるように、と言うエリィ義母様の無言の指示も感じたので、私は目配せをして了承の意を示しておいた。

 ええ、私は空気は読めます、エリィ義母様。


「……そう言えばレイナちゃん、ウチの子になってから、まだユセフとは一言も話をしていなかったわよね?」

 少し馬車が走ったところで、不意にエリィ義母様が私にそんなことを聞いてきた。

 そこは悩む間もなく、私も「そうですね」としか答えられない。

「事務所に着いたら『お義兄様』と呼んでみてご覧なさい?一応手紙で知らせてはいるのだけど、何の反応もなかったから、ちょっと苦情を入れておかないとね」

「……いやぁ……」

 それはどうだろう、と私は内心で苦笑した。

 我ながら、事務所に山ほど仕事を投げている自覚はあるし、返事を書く暇なんかないか、返事のしようもなかったか、下手をすれば手紙そのものを読んでいないか……いずれにしても、それどころじゃない気が、ひしひしとしている。

 私はむしろ「お義兄様」呼びへの反応より、更に仕事を持ち込んだことへの反応の方が、遥かに気になる。

(そろそろ「ぎゃふん」は出るかな……)

 そのままのセリフが聞きたいわけではないのだけれど、とりあえず現状と反応が見たい。

 三者三様の女性陣を乗せて、馬車は粛々とキヴェカス法律事務所に向かっていた。
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