聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

605 淑女の中の淑女は誰

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「なるほど、公爵夫人の代では力に訴えて返り討ちにあったから、娘さんの時にはちょっと頭を使ってきた――ってところですかね」

「思うに、あわよくば公爵夫妻の離縁も狙っているのではないかな。実際にこれ以上の詐欺被害が起きてしまえば、ヒルダ様とマリセラ嬢をエモニエ侯爵家ごと切り離すのが一番公爵家にとってはダメージの少ない話になるだろうから」

「うわぁ……」

 下衆だな、と正直に表情かおに出た私に、マトヴェイ部長も気持ちは分かるとばかりに頷いていた。

 何にせよ、私もマトヴェイ部長も「何故それを、今やる」と言う憤りが消せないのだ。

 もちろん、三国会談の話はまだ王宮の外へは一切出ていないのだから、たまたま被っただけと言うしかないのだけれども。

「わ、わたくしは……」

 そんな私とマトヴェイ部長の一致した心境はさておいて、離縁と言う直接的な言葉を耳にしたせいで、コンティオラ公爵夫人が真っ青になって、更にカタカタと身体を震わせていた。

 その様子を見ていると、夫人もちゃんと、コンティオラ公爵への愛情はあると言うことなんだろう。

「――コンティオラ公爵夫人」

 とは言え、私やマトヴェイ部長からは声をかけづらい状態でいると、それまで黙って事の成り行きを窺っていたエリィ義母様が、静かに立ち上がって、コンティオラ公爵夫人のすぐ傍に座り直した。

 震えるコンティオラ公爵夫人の肩に、そっと手を置いている。

「このお話、わたくしに預けて下さいませんかしら?」
「…………フォルシアン公爵夫人?」

 ヒルダ様、エリサベト様と呼びあわないあたり、日頃は最低限の交流しかしていなかったことが窺える。

 コンティオラ公爵夫人も、少し面食らってはいるようだけど、だからこそ、身体の震えは少し治まっていた。

「コデルリーエ男爵家に、ナルディーニ侯爵家の息がかかっていた夫人の元侍女が嫁いでいたと言うことを、恥ずかしながらわたくしも存じませんでしたわ」

「それは……」

 うん、コンティオラ公爵夫人が躊躇をしたのも分かる。

 伯爵家以上の高位貴族家ならばともかく、男爵家までいってしまうと、自家の傘下にあるか否かだけを把握するのが精一杯の筈だ。

 まして当主の配偶者、それも後妻となると、把握をしておけと詰る方が無茶振りだ。

 ただそれでも、エリィ義母様は緩々と首を横に振った。

「コデルリーエ男爵家はフォルシアン公爵領下の貴族家。保証人の名義料を欲した男爵家が、安易にギルドカードを作らせた点で、既に無関係を決め込むことは出来ませんの。夫だけではなく、鉱山を管理するわたくしの実家、ダリアン侯爵家の沽券にも関わりますから」

「ダリアン侯爵家……」

わたくしも最初にこの話を聞いた時、夫人同様に頭に血が上って、実家に帰りかけましたの。義娘むすめに慌てて止められましたわ。そう言う点では、少々夫人に親近感を覚えていますのよ?」

 コンティオラ公爵夫人を落ち着かせようとしてか、エリィ義母様はそんな風に夫人に微笑わらって見せた。

「――この件、愚息を引っ張り込みますわ」

「「「⁉」」」

 そしてキッパリとそんなことを言い切ったエリィ義母様に、私どころかこの場の全員が、咄嗟に続ける言葉を失くした。

「あ、あの、お義母かあさま……?」

 恐る恐る声をかけたのは私で、エリィ義母様はむしろキョトンとした表情を私に返した。

「あら。今はだけれど、愚息はあれでも高等法院勤務。この件を受け持てと言えば、通常業務として引き受ける筈よ?」

「え……でもコデルリーエ男爵家が関わっているとなれば、身内が絡むとして、むしろ外されませんか……?」

 家族と言う意味での身内ではないにせよ、フォルシアン公爵領下の貴族と言う括りでは、どうなのか。

 首を傾げる私に、エリィ義母様はそれはそれは素敵な笑みを閃かせた。

「その為のレイナちゃん、貴女なのよ」
「……え」

「シャプル商会はもともと実態のない、名前だけの商会なのでしょう?ですから、コデルリーエ男爵領の領都商業ギルドから、ラヴォリ商会へ泣きついたと言うていをとらせますわ。カルメル商会がそうしたのですから、不自然には見えない筈です」

 確かに……と、カール商会長代理も頷いている。

「そして商会長代理には、自前の法律事務所ではなく、対貴族との案件がほとんどである、キヴェカス法律事務所を恃むべく、ユングベリ商会を頼ったと言うていをとっていただきたいのですわ。王都商業ギルドでたまたまユングベリ商会長とすれ違い、そこで仲介を思い立って依頼をしたと言うていでも構いませんし、理由はお任せで」

「……なるほど。そうすれば、コデルリーエ男爵領側の案件はキヴェカス法律事務所が担当をすることになる。それであれば、表向きは身内になりませんね。キヴェカス法律事務所がイデオン公爵家の法律顧問を務めていることは広範囲に知られている上、所長であるヤンネ・キヴェカス卿は女性からの依頼は受けない点でも有名。いくらユングベリ商会長が近々イデオン公爵家に嫁ぐ、あるいはフォルシアン公爵家の養女であるからと言っても、彼女の意を汲んで便宜を図るなどと、誰も疑わないわけですね」

「「――――」」

 そこで思い切り納得をしているカール商会長代理に、私もそうだけど、エリィ義母様自身も若干複雑そうだった。

 と言うか、やっぱり女性の依頼主は門前払いだったのか。
 まあ、それでは事務所が立ち行かないだろうから、他の所員に担当させていたと言ったあたりだろうとは思うけど。

 私と彼がまったくなれ合ってこなかったことが、こんなところで思わぬ作用を果たそうとは思わなかった。

「コデルリーエ男爵家としても、キヴェカス事務所が間に入ると言うことであれば、所長自身が伯爵家の出自を持つと言う点で、文句の言いようがありませんもの」

 ただ、とそこでエリィ義母様はちょっと悪戯っぽい笑みを閃かせた。

「キヴェカス卿もウチの愚息も、ナルディーニ侯爵家が起こした様なにはかなり敏感な筈だから、コデルリーエ男爵家がもし後妻とナルディーニ侯爵家との関わりを揉み消したいと思ったとしても、絶対に折れませんわ。むしろ証拠さえあれば詐欺案件ごと容赦なく暴き立てると思った方が良いでしょうね?」

「…………」

 何となく天井を見上げて、エリィ義母様の発言を振り返ってみたけれど、どこにもそれを否定する要素がなかった。

 確かに、度の過ぎた女性蔑視のきらいはあるけれど、裏を返せば男性に対しても「こうあるべき」と言う理想像があったとしてもおかしくない。

 誰が聞いたって、少なくともナルディーニ侯爵家当主とその息子がやらかしていることは下衆の所業だし、あの二人なら全くその辺り忖度はしなさそうだった。

 エリィ義母様はそこを突いて、コデルリーエ男爵家の後妻も、その女性を動かしたかも知れないナルディーニ侯爵家も、ブロッカ商会長とその夫人も、まとめて司法の場に引っ張り出そうと言うのだろう。

「確かに愚息自身が高等法院の裁判の場に立つのはまずいと思いますけど、上司であるオノレ子爵に相談をすれば、その辺りは上手い落としどころを見つけられる筈ですすわ。逆にその程度も出来ないようであれば、今すぐ高等法院を辞めさせてもいいくらいですわね」

 ……なんだかヘタをすれば、今はキヴェカス事務所の臨時職員状態なのが、常勤雇用になりそうな気配をひしと感じる。

「いかがですかしら、コンティオラ公爵夫人?欠点としては、詐欺の全容が明らかになって、裁判が結審するまでの間、また夫人の周囲が、昔の様に少々騒がしくなると言う点はあるのですけれど……」

 それでも、娘が詐欺に引っかかりかけたと言う話は抑え込める筈だ。母娘で再び狙われたと言う、被害者側の立場を強調すれば、無関係な人々の目はそちらへ向く。

 皆の視線を受けたコンティオラ公爵夫人は、一瞬だけ、痛ましげに顔を歪めていた。

「一時の好奇心に耐えるか、詐欺事件の一翼を担わされたとの不名誉に耐えるか――と、仰いますのね」

「そうなりますわね……ですがわたくしの夫やコンティオラ公爵閣下に今以上の負担を押し付けないためには、これしかないとわたくしは思いますわ」

 キヴェカス事務所とユセフ・フォルシアン公爵令息をこの件に引っ張りこむことが、実際には彼らにとってなんの利益にもならないのだと言うことを、この時点でのコンティオラ公爵夫人は、まだ知らない。

「大丈夫よ、レイナちゃん。もちろん、今のキヴェカス事務所のお仕事を滞らせるようなことは、この母が認めませんから。双方をこなしてこその、次期フォルシアン公爵ですわ。ダメならいずれ生まれるユティラの子に継がせるだけのことです」

「「「…………」」」



 多分コンティオラ公爵夫人が折れたのは、決してフォルシアン公爵家にとって有利になることを推し進めようとしているのではないと分かる、この一言だった気がした。
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