聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

597 淑女の微笑みふたたび

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「まぁ……」

 王都中心街を少し歩いて、旧〝ツェツィ・オンペル〟の空き店舗の前に立った時、エリィ義母様は扇で口元を覆うようにしながら、目を輝かせて店舗を見上げていた。

 うん。
 シャレースタイルのホテルって、異世界や身分に関係なく、割と女性に好まれるスタイルだと思う。

 飾り彫刻やバルコニー、そこに飾られた花なんかは特徴的だし、木の枠組みは素朴で暖かな雰囲気満載だ。

「エリィ義母様、この前イル義父様とも話していた、宿泊施設付のレストランなんですけど、ちょうどこんなイメージなんです。湖畔沿いとか景色の良いところで建てたら、旅の疲れも癒えそうな気がしませんか?」

 王都ならともかく、誰も旅の途中の宿にそこまでの豪華さは求めていない筈。
 例えば最上階を少し広くして、調度品を整えて、それなりの値段設定にしておけば充分だと思うのだ。

 中間層市民でも奮発したければ利用すれば良いし、予算を押さえたい人たちは二階で一階レストランの喧騒を感じながら休めば良い。

「そうね……良いかも知れないわね。建てるのなら、アムレアン侯爵領への道中のどこかが良いと思うし、ユティラが帰って来たら、イルも交えて話し合ってみましょうか」

 カカオのチョコレート商品以外の使い道を模索中だと言う、レクセル・アムレアン侯爵令息と婚約中のユティラ嬢。

 どうやら先代公爵夫人の血を色濃く引いていそうなユティラ嬢は、本来の後継者であるユセフ青年よりも、フォルシアン公爵領内の経営に関わっているらしかった。

 長男が社交を忌避して高等法院での職務に没頭しているせいか、早くに夫を亡くしたために積極的に領地経営に関わっていた先代夫人を見ていたせいか、イル義父様はユティラ嬢を淑女教育だけに縛り付けるようなことはせず、先代夫人存命中はチョコレートカフェ〝ヘンリエッタ〟の商品開発を、先代夫人と共に手がけさせていたんだそうだ。

 カカオの産地であるアムレアン侯爵領との政略性はあるものの、その嫡男との婚姻は、ユティラ嬢にとっても望むところだったらしい。

 確かに王宮で会った時も、仲は良さそうだった。
 
「この前の〝ロッピア〟でユティラ様とお会いした時にはあまり話せなかったので、楽しみです」

 聞いている分には、お花畑には住んでいないであろうユティラ嬢と、仲良くなれれば良いなと思う。

「あら、レイナちゃん。お義姉ねえ様って呼んであげないと、多分あの子拗ねるわよ?」

 そんな私の内心を察したかの様に、エリィ義母様は微笑わらった。

 気を付けます、と私も笑い返して、まだ空き店舗である旧〝ツェツィ・オンペル〟の中へと足を踏み入れた。

「前回イデオン公とご一緒にお越しになられた際に、ある程度はご希望を口にされていらっしゃいましたが、あれから何か変わられたところはありますか?」

 少し狭くなっているフロント風の受付で立ち止まりながら、イフナースがこちらを振り返った。

 前回怒涛の様にイメージを語っていたところに、彼もいたからだ。

 ある意味イチから説明する必要がなくなって、よかったのかも知れない。

「いえ、今のところは。一階はツェツィーリア夫人がお直しをされていた所はそのままで、今いる場所をイデオン公爵領の製品を展示する場所、外の一部を試食兼休憩場所的に考えています。二階部分は販売する服の試着や採寸、打ち合わせの場所にしたいです。三階はユングベリ商会の事務所、屋根裏は倉庫――そんな感じですね」

 細かい設計図は、業者が決まった後、ヘルマンさんの意見を聞きながら起こして貰えば良いと思っているので、今からガチガチの内部設計図は不要で、大まかな改装費が出せれば良いと、私は言った。

「あ、全部潰して建て直すのはなしでお願いします。もともとこの辺りの人たちも、外観や花は残して欲しいって思ってるみたいですし、開業前から軋轢は生みたくないので……」

 近所の人たちに愛されていたと言うツェツィーリア夫人。
 その想い出が少しでも残るように、すり合わせが出来ればと思う。

「なるほど……では業者にはそれとなく、周囲の景観と溶け込ませたいと仄めかしておきます。どこまでそれを汲み取れるかも、業者の判断基準になると思いますよ」
 
 自分のところの利益優先で、施主の意向に反する設計図を出してくるようなら、その時点でふるい落とせば良いと言うことだろう。

 イフナースの提案に、私も頷いた。

「エリィ義母様、外に作ろうと思っている試食は、今のところ〝ヘンリエッタ〟とユルハ領とオルセン領が共同開発を進めているチョコレートを考えているんです。なるべく店内の商品をチョコで汚さないようにと思って……」

 ただ、ここで販売までしてしまうのか、気に入ったら〝ヘンリエッタ〟に買いに行ってくれ――とするかは、今のところまだ未定だ。まだ、そこまで話は詰められていないのだ。

「ここでカカオ料理を出すのは難しいと言うことね?」

 ざっと店舗内を見回しながら問いかけるエリィ義母様に「難しいと思います」と、私も正直に答えた。

「厨房や食品庫を確保する必要も出てきますし、出来れば服飾品と料理を同じ店舗では扱いたくないんです。臭い移りとかあっても困りますし、衛生面でもちょっと不安が残りますし……」

 この世界にいるのかどうかは知らないけど、ネズミに生地をかじられるとか、コックローチさん(ゴ……と言いたくなかった)とかが床を走ったりしたら目も当てられない。

 どう考えても、チョコボンボンを置くくらいでギリギリだろう。

 エリィ義母様も、衛生面……と私が言葉を濁したあたりで何となく察してはくれたみたいだった。
 うん、淑女が口にする言葉ではないと思います、ハイ。

「――ああ、では、こうしましょう」

 店舗内を見回したエリィ義母様が、不意にポンッと手を叩いた

「この店舗に設置する灯り用魔道具――ランプシェードを、全てダリアン侯爵領の鉱石で作らせましょう」

「え⁉」

「宣伝じゃなくてよ、レイナちゃん。今回の詐欺事件のお詫びとして、お兄様からとっておきの鉱石を出させるの。それを職人ギルドで加工して貰えば良いわ。もちろん費用はフォルシアン公爵家が持ちます。積極的に宣伝はしなくて良いから、もしもどこで買ったかと聞く様な目端の利く貴族や商人がいれば、ユングベリ商会として仲介をすれば良いわ。お兄様との間は私が取り持ちましょう」

 パッと見、ランプは今は普通のガラスシェードで覆われている。
 これらを全て、ダリアン侯爵領産の鉱石、宝石で作り替えると言うことか。

「エリィ義母様……あまり仰々しいランプはちょっと……」

「あら、そう言うのは職人ギルドから誰か来て貰って、この店舗を見ながら、それに合わせて作って貰えば良いのではなくて?この店舗の雰囲気を損なわない物と言えば、ちゃんと応えてくれる筈よ?」

 素材が高級なだけじゃない――。

 そう言って片目を閉じたエリィ義母様に、私はとっさに続ける言葉を失くしてしまった。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

旧〝ツェツィ・オンペル〟のイメージ図です。




左はスイス・ツェルマットのマクドナルド、右側はスイス・グリンデルワルドのレストラン付ホテルになります。
グリンデルワルドのホテルは横長なので、それを左の様に縦長にしたイメージでしょうか……。



今週は不定期更新になります。
ご了承下さいm(_ _)m
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