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第三部 宰相閣下の婚約者

593 お義母さま、無理です!

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「お、お義母サマ?いきなりどうされました……?」

 実家に帰らせていただきます!……は、どう考えてもこの場にはそぐわない。
 私どころかリーリャギルド長も、目をぱちくりと瞬かせていた。

「鉱山の鉱脈とて、農作物と同様に、採掘の順調な年と、採れない年とがあるのです。ですから採掘が順調でない年があれば、鉱山の責任者であるダリアン侯爵家が一括して責任を負い、それなりの支援をします」

 エリィ義母様の勢いに押されて「あ、はい」と頷いてしまう。
 
 そんな私の様子には目もくれず、エリィ義母様の勢いは止まらない。

「主家に頼らず、名義貸しなどと言う曖昧模糊なモノに縋らせている時点で、お兄様には鉱脈うみよりも深く反省して貰わなくては!」

 なるほど。
 鉱山を抱える領ならでは。海は鉱脈――って、そうではなく。

「あ、あの、エリィ義母様……」

 何とか落ち着いて貰わなくてはと、私はおずおずと片手を上げた。

「その、ダリアン侯爵領は王都から近いのですか……?」
「…………」

 義母ははもそこでナニカに気が付いたらしい。
 人差し指を立てて、口元にそっとあてながら小首を傾げた。

「……馬車で半月くらいかしら?」
「いや、それ、普通に無理じゃないですか」

 私はほとんど条件反射の様に、エリィ義母様にツッコミを入れてしまった。

 これから三国会談もあると言うのに、公爵夫人が往復一ヶ月も王都をあけているなどと、出来る筈がない。

 それでもエリィ義母様としては、憤懣やるかたないと言う内心は、どうにも収められないみたいだった。

「それでも、よ!主家に頼れないと思わせている時点でダメなのよ!今すぐ実家に帰って、ぶん殴って弟と領主を交代させたいくらいの失策よ⁉」

「確かに、安定して採掘出来ない時の支援の仕組みがあったのなら、どうして利用しなかったのかってコトは、ダリアン侯爵家からコデルリーエ男爵家に『家』として聞いて貰わないといけないんでしょうけど」

「そうなのよ、レイナちゃん!お兄様は何をなさっているのかしら、本当に‼」

「エ、エリィ義母様、でしたらまずは手紙にしましょう!」

 この、本気で今すぐ旅支度に帰りかねないところを何とかしなくちゃと、私は軽く手を叩いてそのまま両手を合わせた。

「ギルドカードを持つ人間は、ギルドが持つ郵便網を利用出来るんです。小型の物質転移装置を使いますから、少なくとも最も近いギルドまでは時間差なく届くんです」

 私が、許可を懇願するようにリーリャギルド長を見れば、片手を額にあてたリーリャギルド長が「……本来は商売に関わる話、と言う注釈がついているんだが」と言いつつも、こちらが何かを言う前に「いや、ある意味これも商売に関わる話か」と、最終的には手紙の使用にOKを出してくれた。

「ね⁉ですからまずはダリアン侯爵家宛手紙を出して、それからもう少し情報を集めて、イル義父様にも知らせましょう」

 エリィ義母様が「実家に帰る」と言っています、とでも書けば、きっと秒で動きそうな気がする。

「……情報?」

 そこでようやく落ち着いたのか、私の話が気になったのか、エリィ義母様のトーンが少し下がったので、私もここぞと畳みかけた。

「確かにコデルリーエ男爵家の名前が利用された話ではありますけど、話の大半はコンティオラ公爵領内で起きた話です。当然コンティオラ公爵閣下にもお知らせすべき話になりますから、もう少しお金の流れとか、お金を集めている目的とか、知っておいた方が良いと思うんです」

「レイナちゃん、それは……」

 それこそ、こちらが首を突っ込んで良い話なのか、とエリィ義母様は思ったに違いなかったけど、私としてはところどころ洩れ聞こえてくる隣室の会話で、更に気になる会話があったのだ。

「リーリャギルド長。聞き間違いでなければ、隣室の彼ら、この話を更にどこかに持ちかけているってコトですよね……?」

 エモニエ侯爵家御用達の商会も動いている……とか何とか尾ひれが付いて、彼ら自身がシャプル商会の様に、他の商会の説得を始めようとしていたみたいだった。

 ――もはやそうなると、ねずみ講だ。
 どこかで誰かが、ちゃんと止めないといけない。

「ああ。どうやらどこかの貴族のお嬢さんが、何を思ったのか商会経営について学びたいと、出入りのラヴォリ商会に持ちかけたらしくてね。ギルドから講師派遣をすることもやぶさかじゃなかったんだが、まあ長年の付き合いもあって、ラヴォリ商会側からカルメル商会を行かせたらしいんだよ」

「商会経営の勉強……」

「まあ詳細は後で商会長代理に聞くと良いさ。ともかく、そこで投資についても学んでおこう、ちょうど良い品物があるから実地勉強にしよう――と言ったところだったみたいだね」

 そしてカルメル商会の方は、自分はとても他人に何かを教えられないと、知り合いの商会に声をかけ、その貴族の邸宅おやしきに行かせたらしい。

「聞くからに、カルメル商会は善意ですよね」

「ああ。だがカルメル商会が声をかけたその商会は、そうでもなかったみたいだ。架空の漁場の話で実地勉強だなどと、悪意はなかっただなんて言えないからな。何が『練習』だって話になるだろう?」

 お義母さま、と私はここでエリィ義母様に向き直った。

「手紙についても、ラヴォリ商会の商会長代理から話を聞くまで、書くのは待って貰って良いですか?どうせなら、その貴族の邸宅で、更に投資詐欺を働こうとしているところ、現行犯で押さえるくらいがステキな気がして」

 今は未だ、あちこちで糸がこんがらがっていて、合理的な説明さえも難しい筈。

 私がそう言うと、エリィ義母様は眉間に皺を寄せ、リーリャギルド長は低く笑いだした。

「いいねぇ……現行犯って響きが!なら、カルメル商会にも罪を減じてやるとまでは言えないが、心象は良くなるかも知れないと言い含めて、協力をさせようか」

「まあ、協力と言うか……投資詐欺の話がバレていると言うのを、少しの間黙っていて貰うだけですけどね」

「その程度のことなら造作もないし、自警団や王都警備隊が後から捜査をする時にだって問題にはなるまいよ。当然、現行犯で押さえる時には王都商業ギルドの自警団を使ってもらうよ?これはギルドの根幹にかかわる事件になったからね」

「……フォルシアン家の護衛も使って貰わなくては困りますわ」

 ……多分〝鷹の眼〟は、言わずとも付いてくると思ったので、ここでは敢えて無言を通した。

 その間にも、アズレート副ギルド長が「その勉強とやらは、どの貴族の邸宅で行ったのか」とカルメル商会の商会長に尋ねている。

「――――コンティオラ公爵家です」

「「⁉」」

 そして洩れ聞こえてきた思いがけない声に、私もエリィ義母様もピシリと身体を固まらせた。
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