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第三部 宰相閣下の婚約者

588 不穏なギルド

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 王都商業ギルドは、王都在住の貴族、市民相手に商売をする上では避けて通れない所であり、たとえ夜中であっても窓口を訪れる者はゼロではない。

 まして今回は朝から来ているので、なかなかに賑やか……ではあったのだけど。

 私が建物の中に入り、その後からエリィ義母様がしずしずと足を踏み入れた途端、どこかの海が割れる映画を彷彿とさせるように、道が割れた。

(ひいっ!オーラ!もう、貴族の奥方様オーラが半端ない……っ)

 どこのやんごとなき家系の女性か、と言う目で皆が一歩引いているのだ。
 やっぱり、多少服装を地味目にしたところで、どうにかなるものでもなかったらしい。

「レイナちゃん、どの窓口に用があるの?」

 見られることに慣れているのか、まるで動じた様子を見せないエリィ義母様に、私はハッと我に返った。

「あ、えっと、不動産関連窓口です」

 そう言って慌てて窓口を指し示した先に、この場合、私からすればいてくれて良かった!と切実に叫びたくなった青年がいて、二階から降りて来て、奥の職員スペースに入ろうと膝上サイズの小さな両開き扉に手をかけていた。

「イフナースさん!」

 縋るように叫んだ私の声に、思わずと言ったていで振り返ったテオドル大公の孫娘の夫は、目を丸くして立ちすくんだ。

「物件契約のお話で来ました」

 そう言って、声のトーンを落とすようにして近付いた。

「受付の順番は順守しますので、どこか人目につかず待てるところをご用意いただけませんか」

 チラリとエリィ義母様に視線を向けた時点で、イフナースは私の言いたいことを察してくれたみたいだった。

「分かりました!では順番が来たらお呼びしますので、それまでは別室でお待ち下さいますか⁉」

 わざと声を大きくして、貴族特権で受付を前倒しにしようとしているワケではないことをアピールしつつ、元いた二階へ戻ろうと踵を返した。

 やっぱり二階かと思うものの、エリィ義母様の存在がある以上は、仕方がない。

 お義母かあさま、と声をかけつつ、二階へと上がる――その途中で、思わぬ人物と二階の廊下ですれ違った。

「ユングベリ商会長?」
「――カール商会長代理」

 どうやらギルド長室から出てきたらしい、カールフェルド・ラヴォリ青年、すなわちラヴォリ商会の商会長代理が、往来であるにも関わらず、立ち止まって目を見開いていた。

「先触れの手紙はいただいておりましたが、本当にバリエンダールから戻られていたんですね」

「ええ。この後、店舗の方へ行こうと思っておりまして、その後で立ち寄らせて頂けたらと」

「ちょうどこちらも、色々とご相談したいことがありましたので……では、後ほど」

 そう言って立ち去るカールフェルドの背を見送った後、私はイフナースに案内されて、空き部屋だったと思しき部屋の一つに案内をされた。

 その間も、二階全体が何やらバタバタと慌ただしい。

「イフナースさん。もしかして、出直した方が良い感じですか?」

 一礼して部屋を出ようとするイフナースに私はそう声をかけてみたけれど、イフナースは「いえ」と、固い声で答えただけだった。

「確かに先ほどから慌ただしくしていますから、邪魔に見えてしまうのかも知れませんが、恐らくはユングベリ商会も無関係ではないと思います。その辺り、今の来客が終わり次第ギルド長に確認しますので、お待ち下さいますか」

 そうして一礼したイフナースさんが部屋を後にして行き、私とエリィ義母様、ファルコとルヴェックが部屋の中で思い思いの場所に腰を落ち着けた。

「活気がありますわね。さすが王都商業ギルドですわ」

 あくまでゆったりとした仕種で周囲を見させて貰っている、と言った感じだ。

「……ラヴォリ商会にを入れるか?」

 何か変だ、と思ったのはファルコも同じだったのかも知れない。
 小声でそんな風に聞いてきた。

 だけど私は首を横に振って、それを制した。

「向こうにだって、お抱えの護衛なり組織なりあるんだろうし、怪しんでいるのを悟られるのはあまり得策じゃないから、今はいいよ。どのみち後で行くんだし。あと、ギルド長室もね。わざわざこちらから関わりに行かなくても良いと思うのよ」

「……もしかして『自重』の単語が旅から戻ったか?」

「失礼な。多分すぐに分かるだろう話に、わざわざ探りを入れなくてもいいでしょうって話よ」

 自重くらい、元からある。
 そう言うと、明らかに胡散臭いモノを見る目で、ファルコがこっちに視線を向けてきた。
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