555 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者
585 成立しない五公爵会議
しおりを挟む
今日エドヴァルドが王宮に行くのは、一昨日推敲して送り付けた、サレステーデのバレス宰相に対する「召喚状」の返信が届く筈だから――と言うことだった。
「三日以内に来いと書いて、使者が手渡した時点での回答は保留。昨日一日、対応方を考えたうえで、さすがに三日以内に来ないにしても、返事は今日が妥当なところだろうからな」
家令補佐の青年が珈琲をテーブルに置いて行くのを横目に、エドヴァルドは淡々とそう告げた。
「届いたところで、それを五公爵会議に諮って、陛下の裁可を経てバリエンダールにも知らせる必要がある。その時点で、宰相がいないなどと言うこともあり得ない」
確かに。
そのうえ、その返信を吟味したうえで、アンジェスの優位性が覆らないよう三国会談の進め方やバリエンダール、サレステーデに対してそれぞれ提示する条件もまとめあげなくてはならない筈。
「……もしかして、三国会談まで王宮に泊まり込み――とかですか?」
何気なく聞いた私の言葉に、エドヴァルドのこめかみが明らかに痙攣った。
「……夕食と朝食は今まで通りにする」
それは遠回しの肯定とも言えた。
「あなた……」
私とエドヴァルドの様子から、同じことが自分の夫にも言えるのではと察したエリィお義母様が、じっと夫の横顔を見つめた。
「まあ、少なくとも私とエドヴァルドとコンティオラ公爵は、そう言うことになるだろうね」
イルお義父様は、ちょっとバツが悪そうに軽く肩を竦めていた。
「クヴィスト公爵家は表向きは喪に服しつつ、実質は謹慎相当で公務に口出しを禁じられている状態。スヴェンテ老公爵は、もとより次の代までの繋ぎであって、五公爵会議以外の場での発言権はお持ちではない。五公爵会議が定められてよりこちら、今までにない事態と言って良い。残る人間にしわ寄せがいくのも当然だ」
エドヴァルドの「謹慎」まで考慮していられない――。
イルお義父様の声は、存外切実だった。
「言い方が悪いのは自覚しているが、当主本人が裁かれたクヴィスト家やスヴェンテ家に比べれば、イデオン公爵家は地方のいち子爵家の犯罪。しでかした場所が王都でさえなければ、地方法院でカタがついていた程度のもの。エドヴァルドには、働いて貰わないと困るんだよ」
「――――」
唇を噛んで、あらぬ方角を向きながらもエドヴァルドが何も言わないところからすると、そこは本人も心のどこかで分かっていることなんだろう。
「出来ればベルセリウス侯爵と同様に、しばしの給与返上で折れて欲しいところなんだけどね」
「断る」
一言の下に切り捨てているエドヴァルドに、お義父様も苦笑したままだ。
「おかしいだろう。何故、表向き反省と口にする側が上から目線なんだ。ここはしおらしく肯定をするところだろうに」
「そんな言い方をするのは、らしくないな。どうせ陛下の差し金だろう」
「……否定はしない。自分には休みがないのにと、時折零していらっしゃるからね」
「え?そうなんですか?」
イルお義父様の言葉に思わず不審げな声をあげたところで、バッチリ目が合ってしまった。
知らなかった。
フィルバート陛下もエドヴァルド的社畜思考の人なのか。
「レイナ、惑わされるな」
その直後、私の頭の上にあった手に、少し力が入った気がした。
「陛下とて公休の日はある。ただ、その日はほぼ洩れなく管理部の魔道具開発を見るか試すかされている。あとは剣の練習か?いずれにせよ、自分の意思で休んでいないんだ。いらぬ気遣いだ」
フィルバートがもし王位につかず「アンディション侯爵」として臣籍降下する未来があったのだとしたら、本当は魔道具の研究者あるいは開発者になりたかったのかも知れないと、ふと思った。
「いずれにせよ、人手があってないようなものだ。皆が帰宅しづらい事態になるのは目に見えている」
思考に沈む私に、エドヴァルドのため息が落ちた。
「昼はサンドイッチを持参するにしても、せめて朝と夜は食卓を共にしたい。フォルシアン公もそれは心から賛同をしてくれた。三国会談のカタが付くまでは……恐らく、そういった日が続くと思う」
「……分かりました。寂しいですけど、仕方ないですね」
「……っ」
私は意図してそれを言ったワケではなかったのだけど、どうやらどこかがエドヴァルドの鳩尾にクリーンヒットしたらしい。
頭を撫でていた筈の手が肩に回って、いつのまにか椅子ごと抱き寄せられていた。
「寂しい、か……戻ってきたら、我が邸宅とフォルシアン邸とボードリエ邸の滞在割合を相談しようか。私も、あまり貴女のいない夜を耐え抜く自信はないんだ」
「⁉」
それは耳元で囁かれたので、どこまでフォルシアン公爵夫妻に聞こえたかは分からない。
多分、耳まで赤くなった私に、ナニカを察してくれているっぽかったけど、表立っては何も言わなかった。
オシドリ夫婦と名高い夫妻には、それさえもきっとお見通しなんだろう。
「レイナ。一応ファルコとルヴェックを連れて来てある。出かけるのであれば、彼らの共は必須としてくれ」
「あ、はい、分かりました」
よかった。
とりあえずは、出かけるなとまでは言われずに済みそうだ。
************************
聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?
①電子書籍版の配信始まりました!
なんとebookjapanではトップバナーで紹介!
詳しくは近況ボードを後ほどご参照下さい!
②紙媒体でのみ案内をしていた特別番外編のサイトが判明しました。
「三日以内に来いと書いて、使者が手渡した時点での回答は保留。昨日一日、対応方を考えたうえで、さすがに三日以内に来ないにしても、返事は今日が妥当なところだろうからな」
家令補佐の青年が珈琲をテーブルに置いて行くのを横目に、エドヴァルドは淡々とそう告げた。
「届いたところで、それを五公爵会議に諮って、陛下の裁可を経てバリエンダールにも知らせる必要がある。その時点で、宰相がいないなどと言うこともあり得ない」
確かに。
そのうえ、その返信を吟味したうえで、アンジェスの優位性が覆らないよう三国会談の進め方やバリエンダール、サレステーデに対してそれぞれ提示する条件もまとめあげなくてはならない筈。
「……もしかして、三国会談まで王宮に泊まり込み――とかですか?」
何気なく聞いた私の言葉に、エドヴァルドのこめかみが明らかに痙攣った。
「……夕食と朝食は今まで通りにする」
それは遠回しの肯定とも言えた。
「あなた……」
私とエドヴァルドの様子から、同じことが自分の夫にも言えるのではと察したエリィお義母様が、じっと夫の横顔を見つめた。
「まあ、少なくとも私とエドヴァルドとコンティオラ公爵は、そう言うことになるだろうね」
イルお義父様は、ちょっとバツが悪そうに軽く肩を竦めていた。
「クヴィスト公爵家は表向きは喪に服しつつ、実質は謹慎相当で公務に口出しを禁じられている状態。スヴェンテ老公爵は、もとより次の代までの繋ぎであって、五公爵会議以外の場での発言権はお持ちではない。五公爵会議が定められてよりこちら、今までにない事態と言って良い。残る人間にしわ寄せがいくのも当然だ」
エドヴァルドの「謹慎」まで考慮していられない――。
イルお義父様の声は、存外切実だった。
「言い方が悪いのは自覚しているが、当主本人が裁かれたクヴィスト家やスヴェンテ家に比べれば、イデオン公爵家は地方のいち子爵家の犯罪。しでかした場所が王都でさえなければ、地方法院でカタがついていた程度のもの。エドヴァルドには、働いて貰わないと困るんだよ」
「――――」
唇を噛んで、あらぬ方角を向きながらもエドヴァルドが何も言わないところからすると、そこは本人も心のどこかで分かっていることなんだろう。
「出来ればベルセリウス侯爵と同様に、しばしの給与返上で折れて欲しいところなんだけどね」
「断る」
一言の下に切り捨てているエドヴァルドに、お義父様も苦笑したままだ。
「おかしいだろう。何故、表向き反省と口にする側が上から目線なんだ。ここはしおらしく肯定をするところだろうに」
「そんな言い方をするのは、らしくないな。どうせ陛下の差し金だろう」
「……否定はしない。自分には休みがないのにと、時折零していらっしゃるからね」
「え?そうなんですか?」
イルお義父様の言葉に思わず不審げな声をあげたところで、バッチリ目が合ってしまった。
知らなかった。
フィルバート陛下もエドヴァルド的社畜思考の人なのか。
「レイナ、惑わされるな」
その直後、私の頭の上にあった手に、少し力が入った気がした。
「陛下とて公休の日はある。ただ、その日はほぼ洩れなく管理部の魔道具開発を見るか試すかされている。あとは剣の練習か?いずれにせよ、自分の意思で休んでいないんだ。いらぬ気遣いだ」
フィルバートがもし王位につかず「アンディション侯爵」として臣籍降下する未来があったのだとしたら、本当は魔道具の研究者あるいは開発者になりたかったのかも知れないと、ふと思った。
「いずれにせよ、人手があってないようなものだ。皆が帰宅しづらい事態になるのは目に見えている」
思考に沈む私に、エドヴァルドのため息が落ちた。
「昼はサンドイッチを持参するにしても、せめて朝と夜は食卓を共にしたい。フォルシアン公もそれは心から賛同をしてくれた。三国会談のカタが付くまでは……恐らく、そういった日が続くと思う」
「……分かりました。寂しいですけど、仕方ないですね」
「……っ」
私は意図してそれを言ったワケではなかったのだけど、どうやらどこかがエドヴァルドの鳩尾にクリーンヒットしたらしい。
頭を撫でていた筈の手が肩に回って、いつのまにか椅子ごと抱き寄せられていた。
「寂しい、か……戻ってきたら、我が邸宅とフォルシアン邸とボードリエ邸の滞在割合を相談しようか。私も、あまり貴女のいない夜を耐え抜く自信はないんだ」
「⁉」
それは耳元で囁かれたので、どこまでフォルシアン公爵夫妻に聞こえたかは分からない。
多分、耳まで赤くなった私に、ナニカを察してくれているっぽかったけど、表立っては何も言わなかった。
オシドリ夫婦と名高い夫妻には、それさえもきっとお見通しなんだろう。
「レイナ。一応ファルコとルヴェックを連れて来てある。出かけるのであれば、彼らの共は必須としてくれ」
「あ、はい、分かりました」
よかった。
とりあえずは、出かけるなとまでは言われずに済みそうだ。
************************
聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?
①電子書籍版の配信始まりました!
なんとebookjapanではトップバナーで紹介!
詳しくは近況ボードを後ほどご参照下さい!
②紙媒体でのみ案内をしていた特別番外編のサイトが判明しました。
748
685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
お気に入りに追加
12,979
あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。
salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。
6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。
*なろう・pixivにも掲載しています。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます
音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。
「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」
遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。
こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。
その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?
coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。
ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。