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第三部 宰相閣下の婚約者
583 私の部屋がもう一つ
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フォルシアン公爵の実母、故アグネータ・フォルシアン先代公爵夫人は、日本で言うところのキャリアウーマン、働く公爵夫人だったらしい。
なるほどブレンダ・オルセン侯爵夫人の、更に先駆けの様な人がいたと言う事なんだろう。
先代公爵が、まだイェルム青年が二十代だった頃に病没してしまったことも原因の一端ではあるらしいけど、現在のアンジェス婚活市場がフォルシアン公爵家の独り勝ちの様な状態になっているのは、ひとえにこの先代夫人による、カカオや宝石の商品開発への注力と、社交界への売り込みが功を奏していたんだそうだ。
そのため先代夫人の部屋は未だにフォルシアン公爵家の領政に関係する、様々な資料が保管されているらしい。
「言わば第二の執務室だね。だが、これからエドヴァルドを補佐するために色々と学ぶのであれば、我がフォルシアン家の娘として、この部屋にある資料からも学べることは沢山ある筈さ。チョコレート製品の新商品を考える時なんかは、時々ユティラもこの部屋に出入りしていたからね」
夫妻と連れ立って案内された先代夫人の部屋は、奥の私室はともかく、手前にある部屋は本棚が視界の多くを占めているような状況で、それはそれで早くに夫を亡くした先代夫人の苦労がそこからは偲ばれた。
「とは言え、本は逃げませんわ。それでなくともレイナちゃん、社交界についての勉強が後回しになっているでしょう?イデオン公爵邸の侍女が皆優秀なのは分かっていますけど、それでも身分ゆえに行き届かない部分もある筈。せっかく、この私が母となるのですから、誰からも後ろ指を指されないように仕上げてみせましてよ」
アンジェス社交界のトップオブトップ、夫人外交ヒエラルキーの頂点に立つエリサベト夫人は、私を見ながら優雅に微笑んだ。
「お、追いつける気がしないんですが……」
「何事も、ヤル気と慣れじゃないかしら?私もアグネータ様に随分と鍛えていただきましたもの。夫を立てるばかりの淑女ではなく、夫と並び立つ淑女。今でも賛否両論ある方ですけれど、私はアグネータ様の姿勢をユティラにも教え込みましたし、出来れば貴女にもそうあって欲しいと思っていますわ」
「エリィお義母様……」
「そう言えば、レイナちゃんは夜更かしと徹夜に抵抗がない、困った娘だから、よくよく留意していて欲しいとエドヴァルドが言っていたな。着替えと湯浴みのあとは、もう部屋を暗くしておくから、くれぐれも棚の資料を読み始めたりはしないようにね」
「……っ」
どうやら何かしらエドヴァルドから聞いているっぽいフォルシアン公爵の片目閉じに、私は返す言葉がなかった。
私は自分で灯りの魔道具が触れない。
いったんそれを消されてしまうと、自分では点火出来ないのだ。
多少、物理的に距離を置いたところで抜かりのない宰相サマに、してやられた私は乾いた笑いを零すよりほかなかった。
「明日の朝はゆっくり……と言いたいところだが、多分出仕の前にエドヴァルドがこっちに来るだろうから、今日はもう早めに寝て、明日の体力を蓄えておくと良い」
……ハイと言う以外に、私の持つ選択肢が他になかった。
* * *
翌朝。
眠れないかと思いきや、むしろ逆。
夢も見ないほどに爆睡をしていたらしい。
フォルシアン公爵邸の侍女カミラが起こしに来てくれて、私はようやく目が醒めた。
どれだけ疲れていたのか、私。
「失礼致します。レイナ様、旦那様と奥様が、朝食をご一緒に――と」
もちろん、私に否やはない。
身支度に関しては「ひとりで出来るもん」なのだが、これはこれでフォルシアン公爵家のやり方もあるだろうから、今は任せておくしかない。
アレコレ世話を焼かれると、その時点で身体じゅうに散る「痕」を目撃されることになるのだけれど、手遅れだった。
「イデオン公爵様の本気度合いが知れてよろしゅうございますわ」
などと言って微笑っているあたり、この邸宅にもエドヴァルドは時々来ていたと言うことなんだろう。
そうして一階にあるダイニングに案内された。
なるほどブレンダ・オルセン侯爵夫人の、更に先駆けの様な人がいたと言う事なんだろう。
先代公爵が、まだイェルム青年が二十代だった頃に病没してしまったことも原因の一端ではあるらしいけど、現在のアンジェス婚活市場がフォルシアン公爵家の独り勝ちの様な状態になっているのは、ひとえにこの先代夫人による、カカオや宝石の商品開発への注力と、社交界への売り込みが功を奏していたんだそうだ。
そのため先代夫人の部屋は未だにフォルシアン公爵家の領政に関係する、様々な資料が保管されているらしい。
「言わば第二の執務室だね。だが、これからエドヴァルドを補佐するために色々と学ぶのであれば、我がフォルシアン家の娘として、この部屋にある資料からも学べることは沢山ある筈さ。チョコレート製品の新商品を考える時なんかは、時々ユティラもこの部屋に出入りしていたからね」
夫妻と連れ立って案内された先代夫人の部屋は、奥の私室はともかく、手前にある部屋は本棚が視界の多くを占めているような状況で、それはそれで早くに夫を亡くした先代夫人の苦労がそこからは偲ばれた。
「とは言え、本は逃げませんわ。それでなくともレイナちゃん、社交界についての勉強が後回しになっているでしょう?イデオン公爵邸の侍女が皆優秀なのは分かっていますけど、それでも身分ゆえに行き届かない部分もある筈。せっかく、この私が母となるのですから、誰からも後ろ指を指されないように仕上げてみせましてよ」
アンジェス社交界のトップオブトップ、夫人外交ヒエラルキーの頂点に立つエリサベト夫人は、私を見ながら優雅に微笑んだ。
「お、追いつける気がしないんですが……」
「何事も、ヤル気と慣れじゃないかしら?私もアグネータ様に随分と鍛えていただきましたもの。夫を立てるばかりの淑女ではなく、夫と並び立つ淑女。今でも賛否両論ある方ですけれど、私はアグネータ様の姿勢をユティラにも教え込みましたし、出来れば貴女にもそうあって欲しいと思っていますわ」
「エリィお義母様……」
「そう言えば、レイナちゃんは夜更かしと徹夜に抵抗がない、困った娘だから、よくよく留意していて欲しいとエドヴァルドが言っていたな。着替えと湯浴みのあとは、もう部屋を暗くしておくから、くれぐれも棚の資料を読み始めたりはしないようにね」
「……っ」
どうやら何かしらエドヴァルドから聞いているっぽいフォルシアン公爵の片目閉じに、私は返す言葉がなかった。
私は自分で灯りの魔道具が触れない。
いったんそれを消されてしまうと、自分では点火出来ないのだ。
多少、物理的に距離を置いたところで抜かりのない宰相サマに、してやられた私は乾いた笑いを零すよりほかなかった。
「明日の朝はゆっくり……と言いたいところだが、多分出仕の前にエドヴァルドがこっちに来るだろうから、今日はもう早めに寝て、明日の体力を蓄えておくと良い」
……ハイと言う以外に、私の持つ選択肢が他になかった。
* * *
翌朝。
眠れないかと思いきや、むしろ逆。
夢も見ないほどに爆睡をしていたらしい。
フォルシアン公爵邸の侍女カミラが起こしに来てくれて、私はようやく目が醒めた。
どれだけ疲れていたのか、私。
「失礼致します。レイナ様、旦那様と奥様が、朝食をご一緒に――と」
もちろん、私に否やはない。
身支度に関しては「ひとりで出来るもん」なのだが、これはこれでフォルシアン公爵家のやり方もあるだろうから、今は任せておくしかない。
アレコレ世話を焼かれると、その時点で身体じゅうに散る「痕」を目撃されることになるのだけれど、手遅れだった。
「イデオン公爵様の本気度合いが知れてよろしゅうございますわ」
などと言って微笑っているあたり、この邸宅にもエドヴァルドは時々来ていたと言うことなんだろう。
そうして一階にあるダイニングに案内された。
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