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第三部 宰相閣下の婚約者
582 イル義父さまとエリィ義母さまです
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「いや……さすがに王都在住に限定をしてしまうと、エドヴァルドには誰もいなくなってしまう。オルセン侯爵領のブレンダ夫人くらいには声をかけるべきだと思うよ」
実際の血の繋がりのことはさておいて(フォルシアン公爵は知らない)、家系図的には先代イデオン公爵ドリスの異父妹となるブレンダ夫人とその息子ヨアキム、そして異母弟となるディルク・バーレントあたりが「婚約披露」の宴に出たとておかしくはない関係性になるようだ。
ただ、今はバーレント伯爵領で木綿紙や染色の音頭をとっているディルクを呼ぶとなれば、王都までの距離的に、フォルシアン公爵のお姉さまを呼ばないと言うことも難しくなる――と、そこだけはフォルシアン公爵は難しい顔をして考え込んでいた。
「あ、あのっ、じゃあそこはエドヴァルド様と明日王宮に出仕される際にでもご相談下さいますか?」
多分ここでは決着までは無理だろうと思った私は、フォルシアン公爵にそう提案し、公爵も「……それもそうか」と、忘れていたとばかりに納得していた。
「あまりこちらから御膳立てをしすぎていては、嫌われてしまうな。つい、ユティラとレクセル君の時のように口出しをしすぎるところだった」
ほどほど、は難しいなと公爵は苦笑を浮かべた。
ユティラ嬢からは度々「お父様が結婚するんじゃないんですのよ⁉」とダメだしが入っていたんだそうだ。
私なんかはこちらの習慣も勝手も分からないから、まな板の上の鯉、お任せします――だけど、こだわりのある人はある人で、思い入れとか色々とあるのかも知れない。
そのユティラ嬢は、ちなみに「妹が出来る」と、今回のことには賛成をしてくれているらしい。
「まあ、今日のところは休むとしようか。少しずつこの邸宅にも馴染んでいってほしいね。――さ、部屋に案内させよう」
だいたいどの家も、一階には来客用の、宿泊可能な施設があると聞く。
私もそこへ案内されるかと思いきや、そこで公爵が緩々と首を横に振った。
「もう『来客』ではなく、義理とはいえ『娘』になるんだ。私たちと共に二階で過ごして貰うべきだよ。母上も、義娘のためとあらばお許し下さるだろう」
そうして私は、先代夫人が亡くなる直前まで使用していたと言う部屋に案内されることになった。
そんなものは恐れ多い話だと思ったけれど、養女にまでしておきながら、来客用の客間をいつまでも使っていると言うのも、それはそれで外聞はよくないとの事で、そう言われてしまえば私はその場では、頷くことしか出来なかった。
「ありがとうございます。え……えっと、イ、イル義父さま、エリィ義母さま!」
ただ、もう、今くらいしかないだろうと、さっきから考えていた「呼び名」を口にしたところ、夫妻は一瞬、二人してその場で固まっていた。
「あの……えっと……ダメ、でしょうか……?」
大っぴらに言ったことはないけど「心の父」と「心の母」が既にいるので、何か違う呼び方はないものかと、さっきからずっと考えていたのだ。
「エリィ……は、初めてじゃないか?そういう呼ばれ方は」
フォルシアン公爵は、自分のことよりも夫人のことの方が気になったらしい。
目をぱちくりとさせた美女を見ながら、そんな風に問いかけた。
「え、ええ……ですけど、もうエルシーと言われるような年齢でもありませんし、新鮮で良いのかも知れませんわ」
「時々は、私もそう呼んでも良いだろうか?愛しい人」
エリサベト夫人の髪をひと房すくって口づけながら、フォルシアン公爵が上目遣いに夫人を見やった。
「ええ、もちろんですわ貴方」
アンジェス屈指の美形の微笑みにも動じないエリサベト夫人、お見事です。
私には真似出来ません。
どうやら「イル義父さま」と「エリィ義母さま」で、このままダメ出しはなさそうだった。
その他の場では、シャルリーヌの言い方を参考にしつつ「フォルシアンのお父様、お母様」で通そうかと思っている。
ボードリエの父、ベクレルの母……と言った言い方を、彼女は場に応じて上手く使っているからだ。
「――では今日は、早めに休みなさい。疲れているだろう?」
皆まで言うな、とでも言わんばかりのフォルシアン公爵の片目閉じに、私は乾いた笑いしか零せなかった。
実際の血の繋がりのことはさておいて(フォルシアン公爵は知らない)、家系図的には先代イデオン公爵ドリスの異父妹となるブレンダ夫人とその息子ヨアキム、そして異母弟となるディルク・バーレントあたりが「婚約披露」の宴に出たとておかしくはない関係性になるようだ。
ただ、今はバーレント伯爵領で木綿紙や染色の音頭をとっているディルクを呼ぶとなれば、王都までの距離的に、フォルシアン公爵のお姉さまを呼ばないと言うことも難しくなる――と、そこだけはフォルシアン公爵は難しい顔をして考え込んでいた。
「あ、あのっ、じゃあそこはエドヴァルド様と明日王宮に出仕される際にでもご相談下さいますか?」
多分ここでは決着までは無理だろうと思った私は、フォルシアン公爵にそう提案し、公爵も「……それもそうか」と、忘れていたとばかりに納得していた。
「あまりこちらから御膳立てをしすぎていては、嫌われてしまうな。つい、ユティラとレクセル君の時のように口出しをしすぎるところだった」
ほどほど、は難しいなと公爵は苦笑を浮かべた。
ユティラ嬢からは度々「お父様が結婚するんじゃないんですのよ⁉」とダメだしが入っていたんだそうだ。
私なんかはこちらの習慣も勝手も分からないから、まな板の上の鯉、お任せします――だけど、こだわりのある人はある人で、思い入れとか色々とあるのかも知れない。
そのユティラ嬢は、ちなみに「妹が出来る」と、今回のことには賛成をしてくれているらしい。
「まあ、今日のところは休むとしようか。少しずつこの邸宅にも馴染んでいってほしいね。――さ、部屋に案内させよう」
だいたいどの家も、一階には来客用の、宿泊可能な施設があると聞く。
私もそこへ案内されるかと思いきや、そこで公爵が緩々と首を横に振った。
「もう『来客』ではなく、義理とはいえ『娘』になるんだ。私たちと共に二階で過ごして貰うべきだよ。母上も、義娘のためとあらばお許し下さるだろう」
そうして私は、先代夫人が亡くなる直前まで使用していたと言う部屋に案内されることになった。
そんなものは恐れ多い話だと思ったけれど、養女にまでしておきながら、来客用の客間をいつまでも使っていると言うのも、それはそれで外聞はよくないとの事で、そう言われてしまえば私はその場では、頷くことしか出来なかった。
「ありがとうございます。え……えっと、イ、イル義父さま、エリィ義母さま!」
ただ、もう、今くらいしかないだろうと、さっきから考えていた「呼び名」を口にしたところ、夫妻は一瞬、二人してその場で固まっていた。
「あの……えっと……ダメ、でしょうか……?」
大っぴらに言ったことはないけど「心の父」と「心の母」が既にいるので、何か違う呼び方はないものかと、さっきからずっと考えていたのだ。
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フォルシアン公爵は、自分のことよりも夫人のことの方が気になったらしい。
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685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
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https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
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