聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
551 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

581 婚約にまつわるあれこれ(後)

しおりを挟む
 聞けば婚約披露のパーティーと言うのは、通常は花嫁側の実家で、互いの血縁者のみを招いての顔合わせ程度の規模で行われるものらしい。

 何故なら婚約に関しては、破棄にせよ解消にせよ、婚姻後の離婚よりも起こり得る確率が高いために、そこは内輪の宴としておいて、その後の結婚披露宴で互いの「家」のしがらみによる、より規模の大きなパーティーを新郎側の実家で開くと言うのが一般的な流れなのだと言う。

 だから慣例に則れば、フォルシアン公爵邸で、フォルシアン公爵家とイデオン公爵家それぞれの血縁関係者のみを集めて開くのが基本デフォルトと言う事になる。

 そう説明しつつも、フォルシアン公爵は「ただ」と少し悩ましげな表情を浮かべた。

「ユティラの時は、レクセル君の親兄妹と祖母、こちらからは私とエリサベトとユセフ、あとはまあ、私の姉夫婦で、ここで身内だけの宴を開いたワケなんだが」

「お姉さまがいらっしゃるのですか?」

 今まで名前すら聞かなかったけど、どこか遠くに嫁いでいる――とかなんだろうか、と小首を傾げた私に、何故かフォルシアン公爵はちょっとだけその秀麗な顔をしかめた。

「何と言うか、ちょっとその時に揉め事があってね。ユティラからは結婚式には呼んでくれるなと言われているし、ユセフはそもそも王都出入り禁止にしろとか吐き捨てていたし、かと言って、紹介しないと言うのもフォルシアン家直系の娘としては問題がありそうな気もして、正直そこは困っていてね」

「……えっと」

 どんなお姉さまですか、フォルシアン公爵。

 そう思った私の表情を読み取ったエリサベト夫人も、何とも言えない笑みを浮かべていた。

「フォルシアン公爵領内の高位貴族に関しては、明日以降少しずつ学んで貰えたらとは思っていたのよ?だから今日はヴィルマ様――イルのお姉さまの話だけ端的にするわね?」

 フォルシアン公爵には、もともと二人の姉がいるそうだ。

 ただし一人は愛妾の子、公爵にとっては異母姉にあたるらしく、社交界デビューとほぼ同時に、フォルシアン公爵の叔父の邸宅やしきに後妻として嫁いだ後は、夫婦ともがその領地からは出て来ない状態が続いているらしい。

 聞けば、その叔父は叔父で、先代フォルシアン公爵との跡目争いに敗れた末に王都への出入りを禁じられているのだとかで、二人は万一の為の「血統のスペア」を求められての強制的な婚姻だったんだとか。

 直系男子一人、と言う状況に心もとさを感じた先代、あるいはその周辺が考えたものだったらしい。

 実際、フォルシアン公爵はその叔母の顔はまるで記憶にないそうだ。

 多分、そちらは生きているうちに会うコトもないんじゃないかと、公爵はほろ苦く微笑わらった。

 だから、ここで言うフォルシアン公爵の姉とは、二人の内の一人を自動的に指し示すことになる。

 ヴィルマ・フォルシアン。今現在はフォルシアン公爵領防衛軍を束ねるマッカラン侯爵家に嫁いでの、マッカラン侯爵夫人を名乗る女性だ。

 フォルシアン公爵令嬢としてのプライドが人一倍で、防衛軍どころか王都から遠く離れた家へ嫁ぐことも拒絶し、王都に邸宅やしきを買って住まわせてくれそうな貴族相手へのアプローチを繰り返し、かつ、ユティラ嬢やユセフの相手として推薦するからとの「触れ込み」で、あちこちすり寄っていたらしい。

 ユティラ嬢やユセフが、幼い頃「遊んでやる」と言われて一緒に出掛けたら、それこそ身売り同然に婚姻の約束を結ばれそうになったり、先代フォルシアン公爵が、胃に穴が開きそうなほど苦労させられたのだとか。

「今更言ってもどうしようもないことだが、ユセフが筋金入りの女性嫌いになったのも、我が姉の影響もかなり大きいだろうねぇ……」

 ただでさえ社交の場で色々な女性に取り囲まれて辟易していたところに、伯母がダメ押しをしたと言ったところだろうか。

 最後は先代フォルシアン公爵の大喝によって、ヴィルマ嬢は不満を抱えたまま防衛軍本部へと嫁いでいったんだとか。

「ユティラの婚約式の際も、どうしようか悩んだんだけどね。だけど王都外へと嫁いだのは先代存命の頃の話だし、ユティラとは血のつながりもあるワケだから、そろそろ一度招いてみても良いんじゃいないかと言う話になったんだよ。そうしたら、まあ、良くも悪くも変わらずで――――」

 ユセフに縁談を薦めまくって、それはもうウザいくらいだったと言う。

「上手くいけば、ユセフに相手が出来たのは自分のおかげ!と、でも吹聴して、王都内に自分が入り浸れる邸宅を作らせようとしたんだろうね。パーティーでは主役そっちのけで騒ぎ始めて」

 うわぁ……と、私は思わず顔をしかめていた。
 結局今はまた、王都から締め出しと言う形になっているらしい。

貴方あなた、イル」

 大きなため息をついたフォルシアン公爵に、エリサベト夫人がそっと寄り添った。

「普通に考えれば、防衛軍本部においでのヴィルマ様に手紙を書いたとして、中央で出席して貰うと仮定をすれば、王都に出て来るまでにかなりの日数がかかります。恐らく、イデオン公爵様がそこまで待てないと仰る筈。であれば、養女を迎えると言う手紙だけを送って、婚約式の話には触れないと言うのも一案では?」

「エリサベト」

「王都の身内だけ。そう言って、イデオン公爵様の邸宅で開いていただく方が、今回に限ってはいいのかも知れませんわよ?」

 夫人の「提案」に、公爵閣下は存外真面目に考えこんでいた。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。