聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
550 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者

580 婚約にまつわるあれこれ(前)

しおりを挟む
 明日の朝、王宮に向かう前に顔を見に立ち寄るだの、戻ったら〝鷹の眼〟を何人か護衛に張らせるだの、何かあれば夜中でも連絡を入れろだのと、フォルシアン公爵夫妻もビックリするほどに、あれこれ言い聞かせられた後で、半ば追い立てられるように、エドヴァルド一人が本当にイデオン公爵邸に戻って行った。

「ふふ……そう、不安そうな表情かおをしないで?この邸宅やしきの人間は皆、ユセフのことで貴女に大恩があることを理解しているわ。原因が向こうだったにしろ、あわやこの公爵家にとっての致命的な醜聞となるかも知れなかったところを未然に防いでくれたんですから、皆、貴女を歓迎していてよ?」

 出立する馬車を見送る表情から、一人取り残された不安を多少は察したのかも知れない。

 エリサベト夫人が、並みの女優でも裸足で逃げ出すような微笑みを向けてくれた。

「まあ、それもあるけど、レイナ嬢――ああ、もうレイナちゃんで良いかな?今日はゆっくりと休んだ方がいい。エドヴァルドのあの様子だと、ほとんど眠れていないだろう?赤の他人のご令嬢なら、そんな下世話なことも言わないが、もう、私とエリサベトの娘になるからね。ここから結婚までは、アイツにとっての物わかりの悪い肉親あにになるのも、また一興さ」

 そんなエリサベト夫人の肩を抱くようにしながら、フォルシアン公爵もこちらを向いて軽く片目を閉じた。

 なんとなくそんな気はしていたけど、やっぱりエドヴァルドの反応を楽しんでいたようだ。

「アナタ、レクセル君にも時々チクチクと何か仰ってますものね」

 エリサベト夫人も、夫に追従するように、クスクスと笑っている。

「もはや手遅れと思えば、余計に言いたくもなる。私は彼を買ってはいるが、それとこれとは別問題だからね」

 手遅れって。
 普段は奥様一筋の瀟洒な公爵サマだけど、やはり父親としての顔もちゃんと持っていると言うことなんだろう。ちょっと黒い。

 そんな私の、何とも言えない表情を見たフォルシアン公爵は、微かに口元を綻ばせた。

「チョコレートドリンクのおかわりを運ばせよう。先ほどの部屋で、今後のことも含めてもう少し話をしておこうか」

 どうやら本当に、三国会談まで私はここでお世話になるみたいだった。

*          *          *

「そもそもレイナちゃん、ピアスにまつわる由来と言うか、この国でどう見られるものかと言う話は知っていたかい?」

 フォルシアン公爵に問われた私は、緩々と首を横に振った。
 
 やっぱりなぁ、と公爵は笑っている。

「エドヴァルドも、婚約を申し込むのにピアスを用意すると言う事は家令か侍女長あたりから聞いていたみたいだったが、それがアンジェスのみの慣習だとは分かっていなかったみたいだからな」

 フォルシアン公爵のように宝石店を経営していたり、他国から配偶者を迎え入れるような家だったりすると、相手が知らない可能性が頭に浮かんでくるものらしい。

「今更ながら、アイツでいいのかい?もし場の雰囲気に流されただけで本音は……とかだったら、私の方で何とかするよ?」

 そう言ってこちらを覗き込んで来た公爵の目は、存外真剣だった。

「まあ邸宅と周囲どこまでが凍り付くか分かったモノじゃないが、無理を通せばどちらも不幸になる。そのくらいなら、多少の氷漬けは覚悟しておくしね。ああ、だからと言って養子縁組を解消したりもしないから、今の偽らざる心境を聞かせてくれるかな」

「閣下……」

「閣下は寂しいな。父上とかパパとかお父様とか、色々あるだろう?」

「は、はい」

 チラリと隣を見れば、エリサベト夫人も、公爵の隣でにこやかに微笑んでいる。
 どうやら遠慮せず言えということらしかった。

「その……私のいた国は『愛している』を連発する民族ではなかったので、どういう心境がそれなのかはよく分からないんです。ただ……」

「うん、ただ?」

「エドヴァルド様の隣に、他の人がいるのはイヤかなぁ……と、思いマス……」

 言っている傍から、自分の頬に熱が帯びてきているのが分かる。

「ほう」
「まあ」

 アンジェスきってのオシドリ夫婦(きっと)は、楽しそうに顔を見合わせていた。

「そうか。ならいいんだ。おかしなことを聞いてすまない。何しろあいつの周りには、これまでロクな女性が出没してこなかったからね。私なりにまともな結婚をして欲しいと思っていたんだよ」

「そ、そうなんですね」

「エドヴァルドには聞かないけどね。聞かずとも、すでに駄々洩れだ。面倒臭い男だが、まあ、宜しく頼むよ」

 そう言って笑ったフォルシアン公爵は、そのままアンジェスの婚約事情と言うのを説明してくれた。

 仮止めファーストピアスが文字通り「仮の契約」。
 両家の合意を得る第一段階にあたるらしい。
 正式な婚約はもちろん高等法院に書類を提出して整うものにしろ、世間的にはこの仮止めファーストピアスで周りに認知され始めるのだそうだ。

「それから、傷の化膿がとけて仮止めファーストピアスから通常のピアスに移行する際に、いわゆる婚約披露のパーティーを開くんだ。まあこの場合は、こちらで開くことになるかな……?」

 その辺りはエドヴァルドと相談だな、と公爵は呟いた。
しおりを挟む
685 忘れじの膝枕 とも連動! 
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!

2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!

そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra 

今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
感想 1,407

あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?

coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。 ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。