547 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者
577 今日はお泊り?
しおりを挟む
ピアス穴が定着するまで毎日着けっぱなしになるファーストピアスは、着替えや入浴の際に引っかかりにくい、比較的シンプルなものが用意をされるんだそうだ。
用意されていたのは、パーツ全体がプラチナ素材、ヘッドにあたる部分はボール状になっていて、中に宝石が埋め込まれていた。
立て爪だと引っかかるかも知れないからだろう。
私にはブルーダイヤモンド、中でもひと際濃い色合いの石がそこにははめ込まれていて、エドヴァルドの方にはブラックダイヤモンドがはめ込まれていると言うことだった。
聞けばファーストピアスのヘッドに使われるジュエルボールの部分は、ダイヤモンドが基本と言うことだった。
どうやら婚約の証としての片側ピアスの慣習を広めた、遥か過去にベルィフから嫁いで来た王女が、実家を手助けするためにプラチナやダイヤモンドの使用も慣習の中に組み込んでしまったところから、それは始まっているらしい。
なるほど、バレンタインチョコや恵方巻の販売戦略と似た空気をそこに感じる。
(ああ……バレンタインとかも絶対ないよね、この世界……)
そもそもがチョコを送ること自体が日本の独自文化だったのだから、あるわけがない。
こちらの暦だとどうなるのかだけ調べて、一人でこっそりエドヴァルドにあげようか。
シャルリーヌは、過去にうっかりあげたりはしなかったんだろうか。
今度聞いてみよう。うん、そうしよう。
ニードルが耳朶に刺さった痛みから気をそらそうと、そんなことを考えているうちに、どうやらファーストピアスはセットされたようだ。
フォルシアン公爵家の侍女さんたちが、エリサベト夫人が穴をあけたそばから消毒だなんだと手を貸してくれていた。
皆さん、ユティラ嬢や自分たちの子どもで手慣れているみたいだった。
「――はい、イデオン公爵様。触っちゃだめですわよ?」
そこに突然エリサベト夫人の冷静な声が耳に届き、ふと気付けば私の頬のすぐ傍で、エドヴァルドの手がピタリとその動きを止めていた。
「え?え……っと?」
何が起きたのかと、私が目をぱちくりと見開いていると、明らかにエドヴァルドの方も、困惑も露わにこちらを見つめている。
「穴を開けた直後の皮膚はとてもデリケートな状態なのです。似合っているとか可愛いとか、思うところはあるのかも知れませんが、思うだけにとどめて下さいませ?」
――もしくは言葉にされるだけであれば、問題ございませんけれど。
硬直する私とエドヴァルドを横目に、ははは!と、フォルシアン公爵が愉快げに笑っていた。
「やはり、おまえでもそうなるか」
「……何の話だ」
「何、私とエリサベトの時も、同じことをしようとして、同じ様に母上に叱られた思い出があるだけだ」
そう言って、フォルシアン公爵はまた「ははは」と笑っている。
エリサベト夫人はと言えば「……そんなこともありましたわ」と、ちょっと照れた様に微笑っていた。
しかもこちらを見る、侍女使用人諸々皆さまの目も、生温かい。
それこそ「そんなこともありました」な視線だ。
「これは、やはりアレだな。レイナ嬢はしばらく我が家に泊まるべきだな」
「そうですわね……」
だけど少なくとも、公爵と夫人以外の周囲の空気は、この瞬間に凍り付いていた。
「…………は?」
「まあ聞け、エドヴァルド。私の今の話にはまだ続きがあってだな。一度母上に叱られたにも関わらず、互いの両親が婚約届の署名だなんだと話し合いをしている隙に、別の部屋でエリサベトと仲良くしようとして、仮止めを埋没させかけて、お抱え医師を呼ぶ騒ぎになったんだ」
「…………何をやってるんだ」
フォルシアン公爵のカミングアウトがあまりに明け透けで、さすがのエドヴァルドも毒気を抜かれていた。
まさに若気の至りだね、とフォルシアン公爵は微笑っている。
「どう見ても、今のおまえはあの頃の私だよ。仮止めとは言え、自分の色を持つピアスを着けてくれた彼女を前に、何もしないでいられるか?無理だろう」
「……っ」
無言で唇と拳を握りしめたエドヴァルドの、それが答えだった。
「三国会談が決まれば、警護の面から言っても、レイナ嬢はイデオン公爵邸にいる方が良いのかも知れない。だがそれまでは、私の養女となることを周知させる意味でも、何日か泊まっていくのが良いと思うよ」
「……それは」
「気になるなら夕食は毎日我が邸宅で共にとったって良い。まあ少なくとも今夜は、一人でゆっくり寝かせてあげたらどうかな」
まさか、帰って来なくても良いとセルヴァンやヨンナが言っていたことを聞いていたワケでもないだろうに、フォルシアン公爵が真面目にそんなことを口にした。
「養子縁組の届け出のこともあるからね。この婚約届も、明日にでも私が高等法院に出しておいてあげよう。端から見れば詐欺グループの丸め込みみたいな言い方だが、そこは信じて貰えると嬉しいね」
そして、それと前後するかの様にチョコレートドリンクが部屋へと運ばれてくる。
「…………」
もはやこの館での私の「チョコレートドリンク愛」は定着しきっているみたいだった。
用意されていたのは、パーツ全体がプラチナ素材、ヘッドにあたる部分はボール状になっていて、中に宝石が埋め込まれていた。
立て爪だと引っかかるかも知れないからだろう。
私にはブルーダイヤモンド、中でもひと際濃い色合いの石がそこにははめ込まれていて、エドヴァルドの方にはブラックダイヤモンドがはめ込まれていると言うことだった。
聞けばファーストピアスのヘッドに使われるジュエルボールの部分は、ダイヤモンドが基本と言うことだった。
どうやら婚約の証としての片側ピアスの慣習を広めた、遥か過去にベルィフから嫁いで来た王女が、実家を手助けするためにプラチナやダイヤモンドの使用も慣習の中に組み込んでしまったところから、それは始まっているらしい。
なるほど、バレンタインチョコや恵方巻の販売戦略と似た空気をそこに感じる。
(ああ……バレンタインとかも絶対ないよね、この世界……)
そもそもがチョコを送ること自体が日本の独自文化だったのだから、あるわけがない。
こちらの暦だとどうなるのかだけ調べて、一人でこっそりエドヴァルドにあげようか。
シャルリーヌは、過去にうっかりあげたりはしなかったんだろうか。
今度聞いてみよう。うん、そうしよう。
ニードルが耳朶に刺さった痛みから気をそらそうと、そんなことを考えているうちに、どうやらファーストピアスはセットされたようだ。
フォルシアン公爵家の侍女さんたちが、エリサベト夫人が穴をあけたそばから消毒だなんだと手を貸してくれていた。
皆さん、ユティラ嬢や自分たちの子どもで手慣れているみたいだった。
「――はい、イデオン公爵様。触っちゃだめですわよ?」
そこに突然エリサベト夫人の冷静な声が耳に届き、ふと気付けば私の頬のすぐ傍で、エドヴァルドの手がピタリとその動きを止めていた。
「え?え……っと?」
何が起きたのかと、私が目をぱちくりと見開いていると、明らかにエドヴァルドの方も、困惑も露わにこちらを見つめている。
「穴を開けた直後の皮膚はとてもデリケートな状態なのです。似合っているとか可愛いとか、思うところはあるのかも知れませんが、思うだけにとどめて下さいませ?」
――もしくは言葉にされるだけであれば、問題ございませんけれど。
硬直する私とエドヴァルドを横目に、ははは!と、フォルシアン公爵が愉快げに笑っていた。
「やはり、おまえでもそうなるか」
「……何の話だ」
「何、私とエリサベトの時も、同じことをしようとして、同じ様に母上に叱られた思い出があるだけだ」
そう言って、フォルシアン公爵はまた「ははは」と笑っている。
エリサベト夫人はと言えば「……そんなこともありましたわ」と、ちょっと照れた様に微笑っていた。
しかもこちらを見る、侍女使用人諸々皆さまの目も、生温かい。
それこそ「そんなこともありました」な視線だ。
「これは、やはりアレだな。レイナ嬢はしばらく我が家に泊まるべきだな」
「そうですわね……」
だけど少なくとも、公爵と夫人以外の周囲の空気は、この瞬間に凍り付いていた。
「…………は?」
「まあ聞け、エドヴァルド。私の今の話にはまだ続きがあってだな。一度母上に叱られたにも関わらず、互いの両親が婚約届の署名だなんだと話し合いをしている隙に、別の部屋でエリサベトと仲良くしようとして、仮止めを埋没させかけて、お抱え医師を呼ぶ騒ぎになったんだ」
「…………何をやってるんだ」
フォルシアン公爵のカミングアウトがあまりに明け透けで、さすがのエドヴァルドも毒気を抜かれていた。
まさに若気の至りだね、とフォルシアン公爵は微笑っている。
「どう見ても、今のおまえはあの頃の私だよ。仮止めとは言え、自分の色を持つピアスを着けてくれた彼女を前に、何もしないでいられるか?無理だろう」
「……っ」
無言で唇と拳を握りしめたエドヴァルドの、それが答えだった。
「三国会談が決まれば、警護の面から言っても、レイナ嬢はイデオン公爵邸にいる方が良いのかも知れない。だがそれまでは、私の養女となることを周知させる意味でも、何日か泊まっていくのが良いと思うよ」
「……それは」
「気になるなら夕食は毎日我が邸宅で共にとったって良い。まあ少なくとも今夜は、一人でゆっくり寝かせてあげたらどうかな」
まさか、帰って来なくても良いとセルヴァンやヨンナが言っていたことを聞いていたワケでもないだろうに、フォルシアン公爵が真面目にそんなことを口にした。
「養子縁組の届け出のこともあるからね。この婚約届も、明日にでも私が高等法院に出しておいてあげよう。端から見れば詐欺グループの丸め込みみたいな言い方だが、そこは信じて貰えると嬉しいね」
そして、それと前後するかの様にチョコレートドリンクが部屋へと運ばれてくる。
「…………」
もはやこの館での私の「チョコレートドリンク愛」は定着しきっているみたいだった。
776
685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
お気に入りに追加
12,979
あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?
coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。
ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完結】略奪されるような王子なんていりません! こんな国から出ていきます!
かとるり
恋愛
王子であるグレアムは聖女であるマーガレットと婚約関係にあったが、彼が選んだのはマーガレットの妹のミランダだった。
婚約者に裏切られ、家族からも裏切られたマーガレットは国を見限った。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!

完結 穀潰しと言われたので家を出ます
音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。
「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」
遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。
こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。
その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。