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第三部 宰相閣下の婚約者
577 今日はお泊り?
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ピアス穴が定着するまで毎日着けっぱなしになるファーストピアスは、着替えや入浴の際に引っかかりにくい、比較的シンプルなものが用意をされるんだそうだ。
用意されていたのは、パーツ全体がプラチナ素材、ヘッドにあたる部分はボール状になっていて、中に宝石が埋め込まれていた。
立て爪だと引っかかるかも知れないからだろう。
私にはブルーダイヤモンド、中でもひと際濃い色合いの石がそこにははめ込まれていて、エドヴァルドの方にはブラックダイヤモンドがはめ込まれていると言うことだった。
聞けばファーストピアスのヘッドに使われるジュエルボールの部分は、ダイヤモンドが基本と言うことだった。
どうやら婚約の証としての片側ピアスの慣習を広めた、遥か過去にベルィフから嫁いで来た王女が、実家を手助けするためにプラチナやダイヤモンドの使用も慣習の中に組み込んでしまったところから、それは始まっているらしい。
なるほど、バレンタインチョコや恵方巻の販売戦略と似た空気をそこに感じる。
(ああ……バレンタインとかも絶対ないよね、この世界……)
そもそもがチョコを送ること自体が日本の独自文化だったのだから、あるわけがない。
こちらの暦だとどうなるのかだけ調べて、一人でこっそりエドヴァルドにあげようか。
シャルリーヌは、過去にうっかりあげたりはしなかったんだろうか。
今度聞いてみよう。うん、そうしよう。
ニードルが耳朶に刺さった痛みから気をそらそうと、そんなことを考えているうちに、どうやらファーストピアスはセットされたようだ。
フォルシアン公爵家の侍女さんたちが、エリサベト夫人が穴をあけたそばから消毒だなんだと手を貸してくれていた。
皆さん、ユティラ嬢や自分たちの子どもで手慣れているみたいだった。
「――はい、イデオン公爵様。触っちゃだめですわよ?」
そこに突然エリサベト夫人の冷静な声が耳に届き、ふと気付けば私の頬のすぐ傍で、エドヴァルドの手がピタリとその動きを止めていた。
「え?え……っと?」
何が起きたのかと、私が目をぱちくりと見開いていると、明らかにエドヴァルドの方も、困惑も露わにこちらを見つめている。
「穴を開けた直後の皮膚はとてもデリケートな状態なのです。似合っているとか可愛いとか、思うところはあるのかも知れませんが、思うだけにとどめて下さいませ?」
――もしくは言葉にされるだけであれば、問題ございませんけれど。
硬直する私とエドヴァルドを横目に、ははは!と、フォルシアン公爵が愉快げに笑っていた。
「やはり、おまえでもそうなるか」
「……何の話だ」
「何、私とエリサベトの時も、同じことをしようとして、同じ様に母上に叱られた思い出があるだけだ」
そう言って、フォルシアン公爵はまた「ははは」と笑っている。
エリサベト夫人はと言えば「……そんなこともありましたわ」と、ちょっと照れた様に微笑っていた。
しかもこちらを見る、侍女使用人諸々皆さまの目も、生温かい。
それこそ「そんなこともありました」な視線だ。
「これは、やはりアレだな。レイナ嬢はしばらく我が家に泊まるべきだな」
「そうですわね……」
だけど少なくとも、公爵と夫人以外の周囲の空気は、この瞬間に凍り付いていた。
「…………は?」
「まあ聞け、エドヴァルド。私の今の話にはまだ続きがあってだな。一度母上に叱られたにも関わらず、互いの両親が婚約届の署名だなんだと話し合いをしている隙に、別の部屋でエリサベトと仲良くしようとして、仮止めを埋没させかけて、お抱え医師を呼ぶ騒ぎになったんだ」
「…………何をやってるんだ」
フォルシアン公爵のカミングアウトがあまりに明け透けで、さすがのエドヴァルドも毒気を抜かれていた。
まさに若気の至りだね、とフォルシアン公爵は微笑っている。
「どう見ても、今のおまえはあの頃の私だよ。仮止めとは言え、自分の色を持つピアスを着けてくれた彼女を前に、何もしないでいられるか?無理だろう」
「……っ」
無言で唇と拳を握りしめたエドヴァルドの、それが答えだった。
「三国会談が決まれば、警護の面から言っても、レイナ嬢はイデオン公爵邸にいる方が良いのかも知れない。だがそれまでは、私の養女となることを周知させる意味でも、何日か泊まっていくのが良いと思うよ」
「……それは」
「気になるなら夕食は毎日我が邸宅で共にとったって良い。まあ少なくとも今夜は、一人でゆっくり寝かせてあげたらどうかな」
まさか、帰って来なくても良いとセルヴァンやヨンナが言っていたことを聞いていたワケでもないだろうに、フォルシアン公爵が真面目にそんなことを口にした。
「養子縁組の届け出のこともあるからね。この婚約届も、明日にでも私が高等法院に出しておいてあげよう。端から見れば詐欺グループの丸め込みみたいな言い方だが、そこは信じて貰えると嬉しいね」
そして、それと前後するかの様にチョコレートドリンクが部屋へと運ばれてくる。
「…………」
もはやこの館での私の「チョコレートドリンク愛」は定着しきっているみたいだった。
用意されていたのは、パーツ全体がプラチナ素材、ヘッドにあたる部分はボール状になっていて、中に宝石が埋め込まれていた。
立て爪だと引っかかるかも知れないからだろう。
私にはブルーダイヤモンド、中でもひと際濃い色合いの石がそこにははめ込まれていて、エドヴァルドの方にはブラックダイヤモンドがはめ込まれていると言うことだった。
聞けばファーストピアスのヘッドに使われるジュエルボールの部分は、ダイヤモンドが基本と言うことだった。
どうやら婚約の証としての片側ピアスの慣習を広めた、遥か過去にベルィフから嫁いで来た王女が、実家を手助けするためにプラチナやダイヤモンドの使用も慣習の中に組み込んでしまったところから、それは始まっているらしい。
なるほど、バレンタインチョコや恵方巻の販売戦略と似た空気をそこに感じる。
(ああ……バレンタインとかも絶対ないよね、この世界……)
そもそもがチョコを送ること自体が日本の独自文化だったのだから、あるわけがない。
こちらの暦だとどうなるのかだけ調べて、一人でこっそりエドヴァルドにあげようか。
シャルリーヌは、過去にうっかりあげたりはしなかったんだろうか。
今度聞いてみよう。うん、そうしよう。
ニードルが耳朶に刺さった痛みから気をそらそうと、そんなことを考えているうちに、どうやらファーストピアスはセットされたようだ。
フォルシアン公爵家の侍女さんたちが、エリサベト夫人が穴をあけたそばから消毒だなんだと手を貸してくれていた。
皆さん、ユティラ嬢や自分たちの子どもで手慣れているみたいだった。
「――はい、イデオン公爵様。触っちゃだめですわよ?」
そこに突然エリサベト夫人の冷静な声が耳に届き、ふと気付けば私の頬のすぐ傍で、エドヴァルドの手がピタリとその動きを止めていた。
「え?え……っと?」
何が起きたのかと、私が目をぱちくりと見開いていると、明らかにエドヴァルドの方も、困惑も露わにこちらを見つめている。
「穴を開けた直後の皮膚はとてもデリケートな状態なのです。似合っているとか可愛いとか、思うところはあるのかも知れませんが、思うだけにとどめて下さいませ?」
――もしくは言葉にされるだけであれば、問題ございませんけれど。
硬直する私とエドヴァルドを横目に、ははは!と、フォルシアン公爵が愉快げに笑っていた。
「やはり、おまえでもそうなるか」
「……何の話だ」
「何、私とエリサベトの時も、同じことをしようとして、同じ様に母上に叱られた思い出があるだけだ」
そう言って、フォルシアン公爵はまた「ははは」と笑っている。
エリサベト夫人はと言えば「……そんなこともありましたわ」と、ちょっと照れた様に微笑っていた。
しかもこちらを見る、侍女使用人諸々皆さまの目も、生温かい。
それこそ「そんなこともありました」な視線だ。
「これは、やはりアレだな。レイナ嬢はしばらく我が家に泊まるべきだな」
「そうですわね……」
だけど少なくとも、公爵と夫人以外の周囲の空気は、この瞬間に凍り付いていた。
「…………は?」
「まあ聞け、エドヴァルド。私の今の話にはまだ続きがあってだな。一度母上に叱られたにも関わらず、互いの両親が婚約届の署名だなんだと話し合いをしている隙に、別の部屋でエリサベトと仲良くしようとして、仮止めを埋没させかけて、お抱え医師を呼ぶ騒ぎになったんだ」
「…………何をやってるんだ」
フォルシアン公爵のカミングアウトがあまりに明け透けで、さすがのエドヴァルドも毒気を抜かれていた。
まさに若気の至りだね、とフォルシアン公爵は微笑っている。
「どう見ても、今のおまえはあの頃の私だよ。仮止めとは言え、自分の色を持つピアスを着けてくれた彼女を前に、何もしないでいられるか?無理だろう」
「……っ」
無言で唇と拳を握りしめたエドヴァルドの、それが答えだった。
「三国会談が決まれば、警護の面から言っても、レイナ嬢はイデオン公爵邸にいる方が良いのかも知れない。だがそれまでは、私の養女となることを周知させる意味でも、何日か泊まっていくのが良いと思うよ」
「……それは」
「気になるなら夕食は毎日我が邸宅で共にとったって良い。まあ少なくとも今夜は、一人でゆっくり寝かせてあげたらどうかな」
まさか、帰って来なくても良いとセルヴァンやヨンナが言っていたことを聞いていたワケでもないだろうに、フォルシアン公爵が真面目にそんなことを口にした。
「養子縁組の届け出のこともあるからね。この婚約届も、明日にでも私が高等法院に出しておいてあげよう。端から見れば詐欺グループの丸め込みみたいな言い方だが、そこは信じて貰えると嬉しいね」
そして、それと前後するかの様にチョコレートドリンクが部屋へと運ばれてくる。
「…………」
もはやこの館での私の「チョコレートドリンク愛」は定着しきっているみたいだった。
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