546 / 803
第三部 宰相閣下の婚約者
576 ファーストピアス
しおりを挟む
結果「ふつつかもの」と言う言葉は、ここでは通じなかった。
なので、主に三通りの使われ方をしていると説明をしておいた。
・仕事の場においては、まだまだ未熟であることを謙遜の意味もこめて表現する。
・婚姻の場において、本人が自分のことを謙遜して述べる場合はもちろん、女性側の家族が新婦のことを謙遜して述べる場合にも使う。
・目上の人にお願いをする時にも使われる、へりくだり――自分自身を謙遜して、相手に敬意を示すための表現
「いずれにせよ謙遜の意味が主軸になると言うことかな」
「あらあら。義理とは言えこれから親子になるのだから、気にしなくて良いのよ?」
私の説明を聞いたフォルシアン公爵夫妻は、そう言って微笑った。
「さて、場所を変えようか。婚約届の保証人署名もそうだが、その後の予定もざっくり相談しないとな」
「それと、ピアスですわね」
フォルシアン公爵の隣で、エリサベト夫人がやんわりとそう言葉を足していた。
何だろう、こう、テンション上がりまくりの夫を上手くフォローしている感が凄い。
「ふふ、ごめんなさいね?この人、忙しすぎるイデオン公爵様に手を貸せない自分をもどかしく思っている期間が結構あったものだから、今は嬉しくて仕方がないのよ」
「――――」
どストレートなことを言われたエドヴァルドがさすがにちょっと固まっていて、フォルシアン公爵はと言えば「エリサベト……」と、困った様に眉を下げていた。
「イル……前にも言ったが、私がフォルシアン公爵領内を静かにしたのはあくまで結果論で……」
「その話なら、私も同じことを言うぞ、エドヴァルド。周囲の雑音が、若すぎる公爵家当主に向いたからこそ、私は私の地盤の足固めが出来た。本来であれば、私がその立場にいただろうからな」
「…………」
どうやらこのやりとりは、随分と前から繰り返されているらしい。
「はいはい、行きますわよアナタ。レイナ嬢がお好きなチョコレートドリンクも用意したのでしょう?」
そして埒が明かないと判断したエリサベト夫人が、素早く夫の腕を取って、前を歩き出した。
……こちらに向かって片目を閉じながら。
「美女のウインクって破壊力抜群ですね……」
「何の話だ」
理解不能、と顔に書いたままエドヴァルドが、エスコートではなく私の手を握った。
「えっと……」
「心配せずとも、貴女に同じことは求めていない。むしろあんなことをされて、万一にでも余計な虫が寄ってきたらどうしてくれる。貴女は何もせず私だけを見ていればそれで良い」
「……っ」
いや、変われば変わるものだ――なんて歩く先で笑うフォルシアン公爵の声は、聞こえなかったことにしてもイイでしょうか……。
* * *
移動した部屋のテーブルの上には、やれニードルだなんだと、明らかにピアス穴を開けるための小道具類が並べられていた。
聞けばアンジェスでも、穴を開けた初日からいきなり婚約の証のピアスを付けたりはしないんだそうだ。
まずは開けた穴を安定させる――仮止めの考え方が、こちらでも根付いているとのことだった。
「三週間ほどしたところで、再度つけ合うべきピアスを持って、またおいで。それまでに婚約届は提出して、高等法院の認可を仰ぐんだ。まあ犯罪歴でもない限りは、却下されることもないさ」
そう言いながらフォルシアン公爵とエリサベト夫人が、ニードルの先に軟膏を塗った。
軟膏を塗ることでニードルの滑りが良くなって、穴を開ける痛みも軽減できると言うことらしい。
「ユティラの時は、アムレアン侯爵夫妻が領からここへ来たんだ。そしてレクセル君とユティラがピアス用の穴を開けるのを補佐した」
コルクを耳の裏側に当てて、ニードルの位置を安定させている。
痛みをなるべく抑えるための方法と言う事らしい。
「今回は、私とエリサベト、二人の作業になるな。今更だが、テオドル大公でなくて良かったのか?婚約届の証人署名をして下さったくらいなら、ピアスの穴開けとて手伝って下さっただろうに」
ニードルを耳たぶに対して直角に当て、ニードルをゆっくりと押し込む傍らで聞くと言うことは、あくまで聞いてみただけ、と言うスタンスな気がした。
「……今更だな」
エドヴァルドの耳を触るフォルシアン公爵、と言うのは絵面的にちょっとシュールな気もしたけど、何せエドヴァルドが頑なに、私のピアスホールを開けるのは女性でないと許可しないと言い張ったのだ。
結果、私のピアスホールはエリサベト夫人に開けて貰う形になった。
「まあ、おまえのココロの狭さはよく分かったから、とりあえず正しい面子とやり方は覚えておけ?自分が私の側に回った時に、間違ったコトは伝えるなよ」
そもそもは、互いの両親が集うユティラ嬢の時のやり方が正しい。
ただ、私もエドヴァルドも実両親を顔合わせさせることが出来ない。
だから、あくまでイレギュラーとして認識しておけば良いと言うことなんだろう。
「ごめんなさいね、少し我慢してね?誰もが通る道だと思って」
ニードルを手に、エリサベト夫人が申し訳なさそうにしている。
いえいえ!と私は首を横に振った。
「お二人に開けて貰えて光栄です」
「まあ」
仮止め期間中のピアスは、これも「フリードリーン」で用意をしてくれていたらしい。
エドヴァルドの側に続いて、私の方もゆっくりと、ニードルが耳たぶに押し込まれた。
なので、主に三通りの使われ方をしていると説明をしておいた。
・仕事の場においては、まだまだ未熟であることを謙遜の意味もこめて表現する。
・婚姻の場において、本人が自分のことを謙遜して述べる場合はもちろん、女性側の家族が新婦のことを謙遜して述べる場合にも使う。
・目上の人にお願いをする時にも使われる、へりくだり――自分自身を謙遜して、相手に敬意を示すための表現
「いずれにせよ謙遜の意味が主軸になると言うことかな」
「あらあら。義理とは言えこれから親子になるのだから、気にしなくて良いのよ?」
私の説明を聞いたフォルシアン公爵夫妻は、そう言って微笑った。
「さて、場所を変えようか。婚約届の保証人署名もそうだが、その後の予定もざっくり相談しないとな」
「それと、ピアスですわね」
フォルシアン公爵の隣で、エリサベト夫人がやんわりとそう言葉を足していた。
何だろう、こう、テンション上がりまくりの夫を上手くフォローしている感が凄い。
「ふふ、ごめんなさいね?この人、忙しすぎるイデオン公爵様に手を貸せない自分をもどかしく思っている期間が結構あったものだから、今は嬉しくて仕方がないのよ」
「――――」
どストレートなことを言われたエドヴァルドがさすがにちょっと固まっていて、フォルシアン公爵はと言えば「エリサベト……」と、困った様に眉を下げていた。
「イル……前にも言ったが、私がフォルシアン公爵領内を静かにしたのはあくまで結果論で……」
「その話なら、私も同じことを言うぞ、エドヴァルド。周囲の雑音が、若すぎる公爵家当主に向いたからこそ、私は私の地盤の足固めが出来た。本来であれば、私がその立場にいただろうからな」
「…………」
どうやらこのやりとりは、随分と前から繰り返されているらしい。
「はいはい、行きますわよアナタ。レイナ嬢がお好きなチョコレートドリンクも用意したのでしょう?」
そして埒が明かないと判断したエリサベト夫人が、素早く夫の腕を取って、前を歩き出した。
……こちらに向かって片目を閉じながら。
「美女のウインクって破壊力抜群ですね……」
「何の話だ」
理解不能、と顔に書いたままエドヴァルドが、エスコートではなく私の手を握った。
「えっと……」
「心配せずとも、貴女に同じことは求めていない。むしろあんなことをされて、万一にでも余計な虫が寄ってきたらどうしてくれる。貴女は何もせず私だけを見ていればそれで良い」
「……っ」
いや、変われば変わるものだ――なんて歩く先で笑うフォルシアン公爵の声は、聞こえなかったことにしてもイイでしょうか……。
* * *
移動した部屋のテーブルの上には、やれニードルだなんだと、明らかにピアス穴を開けるための小道具類が並べられていた。
聞けばアンジェスでも、穴を開けた初日からいきなり婚約の証のピアスを付けたりはしないんだそうだ。
まずは開けた穴を安定させる――仮止めの考え方が、こちらでも根付いているとのことだった。
「三週間ほどしたところで、再度つけ合うべきピアスを持って、またおいで。それまでに婚約届は提出して、高等法院の認可を仰ぐんだ。まあ犯罪歴でもない限りは、却下されることもないさ」
そう言いながらフォルシアン公爵とエリサベト夫人が、ニードルの先に軟膏を塗った。
軟膏を塗ることでニードルの滑りが良くなって、穴を開ける痛みも軽減できると言うことらしい。
「ユティラの時は、アムレアン侯爵夫妻が領からここへ来たんだ。そしてレクセル君とユティラがピアス用の穴を開けるのを補佐した」
コルクを耳の裏側に当てて、ニードルの位置を安定させている。
痛みをなるべく抑えるための方法と言う事らしい。
「今回は、私とエリサベト、二人の作業になるな。今更だが、テオドル大公でなくて良かったのか?婚約届の証人署名をして下さったくらいなら、ピアスの穴開けとて手伝って下さっただろうに」
ニードルを耳たぶに対して直角に当て、ニードルをゆっくりと押し込む傍らで聞くと言うことは、あくまで聞いてみただけ、と言うスタンスな気がした。
「……今更だな」
エドヴァルドの耳を触るフォルシアン公爵、と言うのは絵面的にちょっとシュールな気もしたけど、何せエドヴァルドが頑なに、私のピアスホールを開けるのは女性でないと許可しないと言い張ったのだ。
結果、私のピアスホールはエリサベト夫人に開けて貰う形になった。
「まあ、おまえのココロの狭さはよく分かったから、とりあえず正しい面子とやり方は覚えておけ?自分が私の側に回った時に、間違ったコトは伝えるなよ」
そもそもは、互いの両親が集うユティラ嬢の時のやり方が正しい。
ただ、私もエドヴァルドも実両親を顔合わせさせることが出来ない。
だから、あくまでイレギュラーとして認識しておけば良いと言うことなんだろう。
「ごめんなさいね、少し我慢してね?誰もが通る道だと思って」
ニードルを手に、エリサベト夫人が申し訳なさそうにしている。
いえいえ!と私は首を横に振った。
「お二人に開けて貰えて光栄です」
「まあ」
仮止め期間中のピアスは、これも「フリードリーン」で用意をしてくれていたらしい。
エドヴァルドの側に続いて、私の方もゆっくりと、ニードルが耳たぶに押し込まれた。
726
685 忘れじの膝枕 とも連動!
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
書籍刊行記念 書き下ろし番外編小説「森のピクニック」は下記ページ バックナンバー2022年6月欄に掲載中!
2巻刊行記念「オムレツ狂騒曲」は2023年4月のバックナンバーに、3巻刊行記念「星の影響-コクリュシュ-」は2024年3月のバックナンバーに掲載中です!
そして4巻刊行記念「月と白い鳥」はコミックス第1巻と連動!
https://www.regina-books.com/extra
今回から見方が変わりました。何か一話、アルファポリス作品をレンタル頂くことで全てご覧いただけますので宜しくお願いしますm(_ _)m
お気に入りに追加
12,979
あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます
音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。
「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」
遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。
こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。
その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

お前のせいで不幸になったと姉が乗り込んできました、ご自分から彼を奪っておいて何なの?
coco
恋愛
お前のせいで不幸になった、責任取りなさいと、姉が押しかけてきました。
ご自分から彼を奪っておいて、一体何なの─?

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。